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#4

#4


「何で黙ってあゆみちゃんに五万も払わせたんだよ!!どう考えたって怪しいだろあそこ!!」


事務所を出るなり冬馬は大声を出した。自分の失態は完全に棚に上げている。


「どこをどう見てもただの貸事務所、社員は二人、サイトに載せるプロフィールは写メ。それで五万?あの金は完全にドブに捨てたようなもんだ。絶対に戻ってこないし連絡もないし、取られ損だってわかってるじゃないか?」


「おめえがあの場でそれを口走らなかっただけで、よしとしてやるよ」


愁はにやにやと笑いながらタバコに火をつけた。冬馬の顔が引きつる。


「大丈夫ですよ、冬馬さん。ちゃんとスポンサー付きですから」


あゆみはにっこりと微笑んだ。冬馬にではなく、新之介に。

新之介はこれ見よがしにブルガリの財布をちらつかせた。ちきしょう、新が出したって訳か。

一番年上でさらに取材責任者の僕の立場はどうなる?叫んだ冬馬の言葉など、誰も聞いちゃいなかった。


「さあ、どうやって取り返す?あの五万」


「どうせなら十倍くらいにして返していただきたいものですね」


「私もお手伝いしていいですか?何だかわくわくしちゃう、こういうの」


三人はすっかりチームを組んだように、密談をかわし始めた。

僕だけ蚊帳の外…か。冬馬は突然ものすごい疎外感に襲われた。もともとそういった感情に異様に弱いタイプだ。それをあゆみはともかく、この二人はいやと言うほど知っているくせに。


表情をなくして下を向き、とぼとぼ歩く冬馬の姿を見て、二人は目を見合わせた。


「どうする?あれ。また始まったよ」


「マイナス思考は彼の超得意技ですからね」


「マイナス思考って、何ですか?」


無邪気にあゆみが新に聞き返す。いつも前向きに夢に向かって突っ込んでいく彼女には想像もつかないだろう。


「自信喪失、自己否定。自分がすべて悪いんだという自責感。そのうち自分なんていない方が世の中のためだって始まるんだよ、あいつの場合はさ」


愁はタバコの煙が彼女にかからないようにそっと吐き出した。あいつだけじゃないけどな。その言葉はあゆみに聞こえないようにつぶやく。


「そんな、やってみなくちゃわからないじゃないですか!失敗したって次がある。努力することがまず大切でしょう?」


あゆみは語気も強く言いきった。その若さがまぶしい。

新之介も愁も、優しげに笑うとそうだねと同意した。どこか寂しげな表情に、でもあゆみが気づくことはなかった。


「さて、うちのご長男をどう持ち上げて差し上げますかね!」


「全く手のかかるお兄様ですよ」


二人は苦笑いをすると、冬馬を優しく振り返った。


あゆみさん、と新が彼女にそっと耳打ちをする。彼女はわかったという顔つきでうなずくと冬馬に駆けよっていった。


「冬馬さん!お願いがあるんですけど」


「……えっ?僕に?」


もうすっかりへこみきった冬馬はようやくその声に顔を上げた。


「あの怪しい事務所にお金を取られたのは私だけじゃないと思うんです。現に知ってるだけでも同じ学校の友達が三人も行ったって聞いてるし。冬馬さん、どうか調べて彼女たちを助けてもらえませんか?きっとそれってフリーライターの冬馬さんにしかできないことだと思うんです!」


「僕にしか…できないこと?」


そうですよ!ここぞとばかりにあゆみは強調した。


「取材をするなんて、素人の私たちじゃ絶対にできません。ここは一つ、プロである冬馬さんに協力していただいて、友達を助けてもらえませんか?」


とどめにあゆみは極上の表情で、冬馬に向かってにっこり微笑んだ。

バカがつくほどの単純な彼は、すっかりその気になってあゆみの手を握りしめた。


「わかった!僕が絶対に友達を助けてあげるから!まかしてくれないか?」


「ホントですか?あゆみうれしいなあ!」


ねえ、あの娘さ、絶対歌手よりも女優に向いてるよ。ぼそっと愁がつぶやく。

女はいくつもの顔を持つと言いますからねえ。悟りきった様子で新之介もささやいた。


「しっかし、単細胞にも程があるよな。冬バカはさ」


「まあそれが、冬馬さんの良さですから」


二人に言われているとも知らず、冬馬はさっそく携帯を取りだしてあちこち連絡し始めた。少しはライターらしいところを見せなくちゃとでも思ったのだ。それをあゆみがうっとりと見つめる。演技にも熱が入ってきた。


「まずはその友達への取材だね。名前を教えてくれるかな」


噂だけだから…というあゆみの言葉に、じゃあ学校へ乗り込むかと冬馬はきっぱりと言った。


「とうみねって言ってたよね、学園だっけ。どんな字を書くの?」


「えっと、わたくしりつで、ひがしのみねと書きます」


その言葉を聞いた途端、新之介は持っていたバッグを取り落とした。びっくりして皆が振り返るのに、大きく一つため息をつくと、さっといつものポーカーフェイスを取り戻す。


それでも冬馬も愁も内心驚きを隠せなかった。


…新之介が動揺するなんて…


先をすたすた歩く新の後ろ姿を見ながら、二人は複雑な心境だった。


(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2011  keikitagawa All Rights Reserved

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