#2
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せっかくだから一緒に飲もうぜ、愁の声を振り切って冬馬は自宅へと一人で帰った。
飲むってったって、どうせ三人ともアルコールは厳禁じゃないか。他人の私生活なんて知らない。踏み込みたくもない。
ちょっとだけ苦い思いに冬馬はとらわれていた。帰りがけのコンビニで買ったミネラルウォーターでいくつもの錠剤を飲み下す。もう食欲なんて全くありはしなかった。
一人で拗ねてて、これじゃ僕はまるっきりのガキだ。
ベッドに入って布団をかぶっても眠れそうにない。もとよりこんな時間に寝たことなんてない。
ため息とともにごそごそと起き出すと、あきらめて冬馬は今日のレコーダーの文字起こしを始めた。
「冬馬さーん!」
あゆみが駅構内の端から大きく手を振る。清楚な女子高生。人目を惹く美少女。それだけで冬馬はすっかりご機嫌だった。周りは、チビで童顔の二十七の男と高校生のカップルに少しばかりうらやましげな視線を向けているはず。
少なくとも冬馬はそう信じて、スイカを取り出す。ここから指定された事務所まで二人きりで電車で行ける。どうしても顔がにやけてくる。
イヤこれは取材だ、取材。
時間的にゆとりのある電車内で、僕は彼女の自己実現の夢をじっくり聞かせてもらわなければいけないんだから。
冬馬は両手で自分の頬をびしびし叩いて気合いを入れた。よっしゃ、ここはフリーライターの意地にかけても。
さっとあゆみの手を引いて男気を見せようと冬馬がそっと腕を伸ばそうとしたとき、背後にとてもイヤな雰囲気を感じた。
おそるおそる振り返ると、そこにいたのはやっぱりあの二人。
「だ!だから何でおまえらがいつも僕の仕事の邪魔を!!」
愁はマナー良く携帯灰皿に吸い殻をねじ込むと、ふふんと笑った。今日は甚平を着ていない。カジュアルなスーツ姿。こんな愁、見たことない。あゆみと目を合わせ、にっこりする。
はあ?何だこの二人?
新之介は腕を曲げ、さっと彼女の前に差し出す。ごく自然なその動きにあゆみは思わず彼のひじに自分の右手を預ける。優雅な仕草。これがまた似合うんだ、こいつ。
これから社交界にデビューする令嬢をエスコートするかのように、改札口を通り抜けてゆく。周りはあきらかに先程の冬馬のときとは違って、ため息まじりの憧れの視線。
「メアド交換したんですよねー、愁さんと新之介さんと」
「な、何で?」
おどおどと冬馬があゆみに問う。かなり情けない声だったに違いない。
「ボディーガードは多い方がいいと思ってさ。これから敵陣に乗り込むんだから」
敵陣?きょとんとした顔の冬馬は、呆れて天を仰ぐ愁を見るばかりだった。
「これだから冬バカって言われるんだよ。おまえちったあ、これがどういう状況か考えろよ」
と…冬バカって呼んでるのは愁だけじゃないか!!むくれる冬馬は哀しげに三人の後をとぼとぼついて行った。
電車の中で、それでも果敢に冬馬は自分の職務を果たそうと努力した。うるさい車内でもとりあえず音は拾えるはず。僕の記憶力だってそんなに悪い方ではない。大事なのは骨子だ。マスコミ研でも文学部でもいやと言うほどたたき込まれた。
あゆみは饒舌だった。
「今の若者は刹那的で自分の半径数キロ圏内のことしかわからない。果たしてそれでいいんでしょうか。私はこの目で世界を見たいし、見たことをどんどん発信していきたい。そう思っているんです。でもただの女子高生にそんな力なんてない。もし私が売れっ子のアーティストだったら、どうですか?誰かは耳を傾けてくれるかもしれない。私の歌が武器になるんです。こんなわくわくすることなんてないじゃないですか」
あの日にも見せたあゆみのキラキラ光る瞳。自分に自信があって自分の未来を信じていて、これからの将来をひとかけらも疑わない。
なんてまぶしい存在。
いい子には違いないさ。こんなに物事を真剣に考えている子もそういないだろう。
けれど冬馬はどんどん胸苦しさを覚えていた。電車がまずかったか。この揺れか。ちがう、飛び乗ったこれが特別快速だったからだ。思い当たった瞬間、冬馬は冷や汗をかき始めた。
やばい。
冬馬が口元を押さえるのと、愁がインタビュアーを取って代わろうとあゆみのそばに寄ってきたのは同時だった。
新之介が何かを冬馬に手渡す。柔らかい香りがほんの少し辺りにただよう。それは真っ白いハンドタオルだった。
「ラベンダーの、香り?」
あゆみが話を止めて顔を上げる。素敵でしょう、北海道の友人にいただいたんです。三人がにこやかに笑い合う。僕も仲間に、その一言が言えない。愁も新も僕の時間稼ぎをしてくれているんだ。
ここは感謝すべきところだろう。彼女に気づかれぬようクスリを口に放り込み、素直に目をつぶったら何だか連日の疲れがどっと出てきて、知らないうちに冬馬はぐっすりと寝入ってしまった。
「どうする?これ」
「このまま乗せておけば、北関東の最果てにでも連れてってくれることでしょう」
「まあ一晩車庫行きでもいいか。こいつがいない方が話は早いからなあ」
二人の冷静なやりとりに、思わずあゆみは吹き出した。
「お友達なんでしょう?起こしてあげなきゃとか、心配なんじゃないんですか?」
彼らは顔を見合わせ、あゆみに向かって同時に言った。
「相手は冬バカだぜ?」
「なにしろ冬馬さんですよ?」
目的の駅に近づくと、本気で二人はさっさと降りる準備を始めた。
…この人たちって、ホントに置いてくつもりだったんだ…
あゆみは焦って、寝ぼけまなこの冬馬を何とか引き起こした。
(つづく)
北川圭 Copyright© 2009-2011 keikitagawa All Rights Reserved