#24
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「裏動画ー!?」
思わずでかい声を出した冬馬に、周囲はしいいーと人差し指を口に当てた。愁に至ってはすでに雪駄を構えている。
沙織に腕を引っ張られ、無理やり顔をつきあわせられた冬馬は、あゆみからのひそめられた声に顔を引きつらせていった。
「あ、あのさ。あゆみちゃんそれって」
うら若い女子高生の言っていい言葉なの?言いかけた冬馬にやっぱり雪駄が飛んでくる。
「いいですか?今はそんなのんきな状況じゃないんです。裏動画の存在なんてマスコミ関係の冬馬さんが一番よく知ってるでしょう?」
零細も零細、末端のはじっこすみっこくらいとこにいる自称フリーライターだけどな。愁の台詞は意地悪くもにやけていた。
「うっせーな!悪かったな零細末端自称ライターで!!そりゃ存在はよっく知ってるけどさ、それとEXと何の関係があるんだよ!?」
さかのぼること数日前、冬馬が制服を着せられるハメになった始まりは、こんな会話がきっかけだった。
「うちの学園には表だって被害者はいないんですけど、近隣の女子校にはもう動画がネットに流出してるって子も何人かいます。被害届を出すかどうか、もめているという話もつかんでいます」
「裏動画って」
おずおずと口にする麻美子に、一瞬みながはっとする。決して世間知らずではないとはいえ、この清純な彼女に伝えていいものかどうかと。けれど沙織はにっこり笑ってから麻美子に向き合った。
「そうよね、これからアーティストとして世の中に出ようとしている麻美ちゃんにとっては大切なことかも。そもそもあなたに持ちかけられたおいしい話の正体をね」
EXから曲配信を続けるには三百万払えと要求され、できないのなら仕事先を紹介すると現実に言われたのは、確かにここにいる麻美子だったのだ。
「彼らが関わっているとされるのは、俗に言われる『アダルトDVDのナンパもの』ですよ。街中でいきなり素人の女性に声をかけて口説き、AV出演を納得させてしまうという。どう考えても無理のあるやらせですが、あわよくばという男性の心理を突いているのでしょうね。人気と需要は高いと聞いています」
相も変わらず玉露を上品そうにすすりながら、新之介はさらりと言ってのけた。顔を赤くしたり青くしたり忙しかったのは冬馬だ。
「新!!あのなあ!!」
「何でしょう、冬馬さん」
本人はもちろんしれっとしている。その新に向かって麻美子は問いかけた。
「私はそれに出演させられるところだったんですか?」
「可能性は高いと思います。本来はあれはほとんどが無名のタレントさんです。打ち合わせをしておいてナンパしたと見せかける。でなければカメラが回っている時点でおかしいと逃げるでしょう?けれど、EXとさらに結託している業者の悪質なところは…」
「歌手にしてやる…つう甘い話、か」
愁が嫌悪感まるだしにうなる。
「EXで女の子を集めて、見込みのありそうな話題につながりそうな子を業者に紹介する。その手口で荒稼ぎをしていたそうです」
プロデューサーと寝れば仕事がもらえる、だなんて寝言を信じている素人も多いんだろう。告白もののゴーストを何度もしたことがある冬馬には良心の痛む話だった。
…あの程度の子が売れて、あたしが世の中に出ないはずがないじゃん。きっと裏で何かしてるに違いないんだ…
焦燥感に駆られている「何も持たない」女の子たちや、裏を知ってるんだぜと得意顔をしたい親父どものために、そんな適当なでっち上げ記事をいくつ書いたことだろう。
冬馬は周りと別の意味で一人沈んでいた。
「今時そんな手口に引っかかるのって思うでしょ?それが、ナンパ役の男優はホスト崩れだったり本当の俳優志望だったりするらしくて、顔はいいみたいなのよね。もちろん口がうまいのは当然として。AV出身からタレントになった例だって珍しくないし、名前を売らないことにはって言いくるめられちゃうみたいよ」
そんな…。麻美子が今さらながら青ざめる。
「今はネットで無料動画がいくらでも見られる時代です。その裏専門業者は生き残りをかけて、本物の素人ナンパものというジャンルを確立させて売り上げを図ろうと動いているようなのです」
話を聞きながら覚える違和感。冬馬は淡々と話し続ける新に不審そうな視線を向けた。
…なんでこいつが、そんなことまで知ってるんだよ…
知ってるということもそうだけれど、まるでその悪徳業者を自分たちで摘発しそうな勢いの話じゃないか。
勘のいい愁がちらりを彼を見やると、雪駄代わりにヘッドロックをかけてきた。
「な!何すんだよ!!だいたいさあ、何でそんなことを僕らがここで相談しなきゃならねえんだよ!?」
「忘れたのですか冬馬さん。僕たちはEXエージェンシーから五万円を取り返さなくてはならないのですよ」
五万ごとき!!そりゃ僕にとっては大金だけれど、新にとったら単なるはした金だろうに。口には出さないけれど心の中で悪態をつく。そんな些細なことでこんなでかい話になるはずがない!
「冬バカにしたら、えらくいい勘してんじゃないの?少しはライター業も板についてきたようで」
にやにや笑いの愁の態度も気に入らない。また一人、置いてきぼりをくらうのか。
急に押し黙ってしまった冬馬に、愁と新は目配せを交わす。あゆみも麻美子にさえももうおなじみの光景だ。当然…沙織にも。
「どうする?だれがこのいじけネコに鈴をつけるか、よねえ」
「沙織先生じゃない方がいいと思いますけど?」
別に冬馬を巡ってでは決してないだろうけれど、二人の間に火花が散り始める。それに穏やかに声をかけるのは新之介だ。
「適役なのはやはり、麻美子さんではないでしょうか」
静かだけれど説得力のある声に促され、麻美子は冬馬の背中をそっと叩く。
「私は皆さんのおかげで、冬馬さんのおかげで無事だったけれど、これ以上被害者が出るなんてイヤです。力を貸してもらえませんか」
「…力?僕にできることなんか何もないし」
はあ、とため息をつくのは愁か。めんどくせー男、と言いたげに天を仰ぐ。
「それどこか、これは冬馬さんでなくてはできない作戦なんです。あなた抜きではとうてい実現不可能です」
新が言い添える。僕でなくてはならない?冬馬にとっては何よりの欲しい言葉だ。
「ねえ、それってどういうこと?僕に何かできることがあるっての?」
切り替えが早いというよりも単純バカの冬馬は、もうすでに身を乗り出している。その目の前に差し出されたのが…制服だった。
「おまえがおとりになれ。その現場を証拠に残せばEXをぶっ潰すことができるんだぜ?こんなあぶねえ役回り、普通のオンナノコに頼めると思うか?」
愁はそう言いきった。冬馬の覚えた違和感が吹っ飛ぶ。…何でこんなことまで…という、危険予知の本能から来たであろう違和感が。
つまり、うまそうな話に乗ってEXに裏業者を紹介させ、そのものずばりの場面を記録する。そのエサ役を冬馬がやれという流れができていたようなのだ。迫られたところでその点はノーマルな冬馬のことだ、何一つ被害はない。脅し返すためだけに使うんだから、ビデオテープも写真も表には出ない。まあ、何かにつけ冬馬の制服姿が笑いのネタにはされるのだろうけれど。
だからせいいっぱいアホな女子高生を演じろと厳命されたというのに……。
セミダブルのベッド上では、冬馬と相手役が凍り付いたままだ。せっかく色っぽいシーンへとつながるはずだったのに。
愁が冬馬へと雪駄代わりに投げるものを探そうとするのを、新は意味ありげにそっと止めた。
制服姿の冬馬は、男の目をじっとのぞき込んだまま真剣に問いかけた。
「自分なりに真剣に考えた末の言葉や行動を、天然とからかう、笑う。ぼ、あたしはいつもそうされてきました。そんなにずれてますか、あたし」
「…冬美ちゃん」
相手役の名前も知らない。それどころかいつから横に座っていたのかも。でも彼もまた、冬馬の言葉に表情を引き締めた。
(つづく)
北川圭 Copyright© 2009-2011 keikitagawa All Rights Reserved