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#22

#22


「君ぃ、お兄さんか何かいる?」


前と同じような貸事務所の片隅で、EXエージェンシー社長の日浦は少しばかり眉をひそめた。誰かに似てるんだよなあ。こういうアイドルいたっけかなあ。ぶつくさ独り言が聞こえる。


…なんだこいつ、何だってこんなときだけ勘がいいんだよ…


今日はたった一人でここへ乗り込んだ冬馬は、気づかれないように汗をぬぐった。


「い、いえ。ぼ…あたし一人っ子で」


書かされた書類には、安達冬美と書いておいた。忘れそうな偽名だといつボロを出すかわからないからと。つくづく周りから信用されていないのだと、冬馬は内心むっとした。


「ねえ、冬美ちゃん。冬美ちゃん?」


「え?えっ!?は、はい!!」


冬馬と冬美では、呼ばれた感じは全く違う。自分の名前を言われたのだと理解するまでに数秒、一人で来てよかったと冬馬の動揺は隠せない。こんなの愁や新に見られでもしたら。

それをどう勘違いしたのか、日浦は満足そうにうなずいた。


「いやあ、初々しくていいねえ。緊張してるの?」


「社長さん!!あたしお金が欲しいんです!!それと、えとあの、とにかく早く有名になりたくて!!」


どうしてお金が欲しいの?日浦の声が低くなる。それは疑いというよりも、鴨が葱を背負って来たとでも思ったのか。そんなニュアンスさえ感じさせる。


「ほ、欲しいものがあるから」


しどろもどろでどうにか答える。冬馬としては必死だったが、結果、業界慣れしていない騙しやすい娘と見えたのだろう。日浦と自称専務の片山が再びにっこりとうなずく。


「何が欲しいんだい?」


そんなところに突っ込むなよ。そりゃ普通の会社員よりかは若い子のことは知ってるつもりだけどさ。冬馬が怖がっているのは、ここでのやりとりにへまをして……あとで愁から雪駄でぶん殴られることだけだった。


「やっぱ、化粧品とか。ブランドのバッグとか」


「今一番欲しいバッグって何?」


やたら突っ込んでくるのは、まさか疑われてる?冬馬の顔が引きつり出す。冗談じゃないっ!こんな初っぱなからくじけてるようじゃ、僕のこの格好の意味が全くないじゃないか!!


うすクリーム色のカーディガンにチェックのミニスカ。膝丈の紺ハイに焦げ茶のローファー。とにかくスカートってのはあっちこっちがすうすうして落ち着きゃしねえ!!

座れば腿があらわになる。色が白いのは女の子には自慢になるのだろうが、冬馬にはただのコンプレックスでしかない。スカートの裾をけなげに引っ張ってできるだけ隠そうとする。その仕草も目の前の大人たちからすれば「うぶ」に映るのだろう。


二十七の男だということも知らずに。てか知らずにいてくれなきゃ困るのはこっちだ。



「そうだなあ。今さらって言われるかもだけどぉ、ヴィトンのマルチカラー?」


まともに買ったら三十万だ。たかが大して物も入らないバッグ一つに。


「ブランド好きなんだねぇ、冬美ちゃんは」


「だって、歌手になったらそういうのいくらでも買ってもらえるでしょ?今欲しいし、だから急いでるんだし。買ってくれそうな彼氏もいくらもできそうだし」


勢いづいてまくし立てる冬馬に、だったらさ、と日浦はまたもや笑顔を見せた。


「こっちに登録してもらっても、すぐに仕事が来るとは限らないし。なんていっても冬美ちゃんかわいいし。今からちょっとつきあってもらえば、今日一日でヴィトンが買えるかもしれないよ。どうする?」



来た。



そうか。女子高生の分際でブランド好き、何十万相当のバッグを欲しがっているとなれば、この娘は落としやすいと考えたのだろう。それであの質問攻めか。

EXが資金繰りに困り果て、日銭の現金が欲しいことは調べがついてる。目の前に世間知らずのカモが来たらすぐさま別の業者に話を持ちかけ、何百万単位の金をふんだくるつもりだ。

その別の業者も押さえてある。新之介が札束で頬を叩くようにしてその気にさせ、愁が彼らの違法性を蕩々と述べて、もとい脅しをかけて封じているのだから。


…あいつら二人の方を、よほど取り締まってもらった方がいいんじゃ…


言えるはずもない繰り言を飲み込んで、冬馬は引きつった笑顔を返した。



別の業者…それだってかなりいかがわしい。いや、かなりどころかとんでもなくいかがわしい。だからこそ、その辺の女子高生には気軽に頼めなかったのだ。冬馬なら安全で安心で、何をされてもまあ…こいつならいいかと。

むかつく言葉を並べ立てられ作戦の概要を聞かされても、むっとはしたけど冬馬は「どうせ断れないし」とだけしか言わなかった。

彼の胸の内を知っているのかどうか、愁も新もあえて何も言わず、「実行部隊長だもんな」とはしゃいでみせる。


この関係だけでいいよ。彼らだって痛いほどわかってるだろう。冬馬がこんな格好をすることでしんどかった高校時代を思い出すんじゃなかろうかと。

冬馬にしてみれば、そんな風に気を遣われることの方が嫌だった。笑えるなら笑い飛ばしてもらった方がいい。相手の気分まで沈ませるくらいなら自分だけがあとでいくらでもへこめばいい。

へこんでることさえも、最近は感じなくなってきた。あきらめ、諦観。どこへ行ってもそんな役回り。だったらその役をちゃんと演じてみせるさ。周りが僕に期待する役割をね。




冬馬の沈黙をためらいと見たのか、日浦は気が変わらないうちにと彼…彼女をせき立てるように手を引いた。


「あの、どこへ?」


できるだけ高い声が出るように冬馬はか細くつぶやく。もっとも元から十分間違われそうな声色ではあるけれど。


「もちろんスタジオだよ」


安心していいから。日浦は上機嫌で外へと連れだし、空車を探す。

全く…どんなスタジオだか。

だてにこんな業界にいる訳じゃない。冬馬はこれから連れて行かれるスタジオがただのレコーディングブースだとは、これっぽっちも思っちゃいなかった。別の意味で録音機材はあるだろうけど。

別の意味で、ね。


タクシーから降り、古いけれど作りのしっかりしたビルへと三人は入ってゆく。冬馬はできるだけきょろきょろしないように、おどおどとした態度を崩さないように気をつけていた。

案の定、手招きされた「スタジオ」は、防音完備と言うよりはフラッシュがたきやすいような高い天井と、マンションの一室みたいちゃちなセット。これじゃただの撮影スタジオだ。


「今日はさ、自然な感じでプロフ写真が撮りたいから。できるだけ普段の生活に近い方がリラックスできるだろ?」


日浦が口もなめらかにまくし立てるのを、冬馬は少しばかりげんなりと見つめていた。


…生活感出すために、何でまたセミダブルのベッドがいるんだろうなあ…


絵に描いたような展開と、それを読み切っていた愁らの得意顔がすぐに浮かぶ。

浮かぶのも道理だ。


目の前で仰々しい三脚に固定されたビデオカメラを構えるのは……その高崎愁に他ならないからだ。

横で涼しい顔でフレ板を持つのは、もちろん安達新之介。二人とも悪のりして穴だらけのデニムにキャップを横気味にかぶってやがる。


…カーディガンを肩にかけてないだけ、ほめてやるよ…


絶対に口にはできそうもない悪態をついて、冬馬はため息をついた。

こっからは、この僕が末嗣あゆみばりの演技力を必要とされる。てか、一挙手一投足を細かくチェックされ証拠が撮影されてゆく。


女子高生姿の冬馬が。


どうにでもなれ、とヤケになった彼は、日浦と片山にはにかむような笑顔を向けてやった。


(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2011  keikitagawa All Rights Reserved

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