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#12

#12


「冬馬ちゃーん、こないだの記事よかったよお。軽めの文だし読みやすいし、イマドキの女子高生の言葉うまく拾えてたしね」


付き合いのある編集部に顔を出すと、冬馬は担当の編集者から珍しくお褒めの言葉をいただいた。


「あの、あのそれでですね、あの話には続きがあってぜひその先の取材を…」


言いかけた冬馬をさえぎるように、担当の広沢は彼にどさっと資料を渡した。


「今度はこれ、オネエに群がる女たちって題でさ、頼むよ軽めに」


広沢さん!冬馬に最後まで言わせず、彼はさっさと自分の仕事に戻り、電話をかけまくり始めた。こうなればもう話しかける隙すらなくなる。



はあ。

冬馬は大きなため息をついた。幸せが一つ逃げると言われそうだけど、僕にはもともと幸せ自体がないんだから、減るものがない分にはかまわないだろう。ものすごい自虐的な考え方。

続きを書かせてもらえないのに取材する意味があるのだろうか。

いや、たとえ麻美子のことがわかっても大手の媒体に載せることができるのだろうか。


ものすごいジレンマ。でも僕は慈善事業をしている訳じゃない。

何の力もない零細業者。仕事をこなして次につなげることだけを考える。それが今できる僕の精一杯だ。


でも……一度だけ、彼女に会えないだろうか。



浅倉麻美子。



住所は手に入れてある。もっとも実際あの副校長から聞き出したのは愁だけれど。

どうしよう。麻美子が孤立していたかどうかなんて実際にはわからない。一人が本当に好きだったのかもしれない。


愁の怒鳴り声。…おまえは浅倉麻美子じゃねえ…


わかってるよ、そんなこと。僕みたいに田舎の男子高で全くなじめず、三年間ただ一人で過ごしたのとは訳が違う。だいいち麻美子には末嗣あゆみがいた。そうだろ?辛いかどうかなんて、わかるはずがない。


でも、二週間も休んでいるなんて。


冬馬は資料をとりあえず開けると、聞きっかじりの情報でとりあえずラフな原稿を仕上げた。あとはこれに裏を取って、メールで送れば終わりにしておけるように。これくらいの情報なら冬馬にだってすぐ調べられる。それなりの情報網もある。あの二人には信じてもらえないだろうけれど。


少しでも時間に余裕を作ると、冬馬は立ち上がった。もちろん麻美子の家に向かうためにだ。電車でもバスでも自転車でもいい。乗り物恐怖は克服したんだ。こうなりゃ一人ででも調べてやる。そして、麻美子の力に少しでもなれたら…。


いつもの取材バッグに常備薬とエビアンを入れると、冬馬は部屋を飛び出した。一階まで降りきったところで、優雅なクラクションが鳴る。

ハッとして振り向くと、…やっぱり。


「暇なんだな!金持ちのニートは!!僕のこと張ってたっていうのかよ?」


そんな言葉に堪えるような愁と新であるはずがない。愁は助手席から身を乗り出すと明るく声をかけてきた。


「おめえの行動パターンなんて読めまくりなんだよ。さっさと乗れ!」


今日はまたいつもの甚平と雪駄。寒くなればこれに半纏が加わる。いったい何時代のヤツなんだ?

新之介は無駄に広い後部座席で長い脚をゆったりと組み、メールを打ち続けていた。

白いカッターシャツに黒いデニム。短く借り上げた黒髪。細いメガネが知的度をアップしている。ちきしょう、こんなヤツのとなりになんか座りたかねえ!

ぱたんと携帯を閉じた新が、有無も言わさず冬馬に向かって指示を出す。


「時間がないんです。待ち合わせもぎりぎりに設定しましたから。とにかく早く乗ってください」


こいつは静かな口調のくせに、何か言われるととても断れない。

それに、冬馬は元婚約者だというピンクナースの真鍋のことが頭から離れなかった。べ、別に好みって訳じゃないよ!?事情が飲み込めてないのが冬馬だけだというシチュエーションがイヤなだけだ。今に始まったことではないけれど。



ボルボは広い大通りからどんどん都心を離れてゆく。住宅街を抜け、路地を通り、角に人影を認めるとそこで車を止めた。


「こっからは歩きだ。大丈夫かあ?また、乗り物恐怖症再発じゃねえだろうなあ」


愁のにやにや声が腹ただしい。それに、うっせえ!と言い返すが、冬馬の声はもうすでに力がなかった。

閉所恐怖も、乗り物恐怖も克服したんだい!こちとら生活がかかってるんだ。いつまでも発作だなんだって言ってられるか!


青白い顔のまま冬馬が車からはい出ると、ぴかぴかに磨いたローファーと、エナメルのピンヒールが目に入った。とてつもなくイヤな予感がして、おそるおそる顔を上げるとそこには…。


「ごきげんよう青少年。じゃなかった、同級生。お目覚めはいかが?」


ピンクナースのコスプレこそしていなかったけれど、今年微妙に流行ってるアニマル柄が胸元をぐいっと開けて迫ってきた。


「あ、あの真鍋先生?もうちょっと近くで話してもらえると…」


冬馬の腕を取ろうとした真鍋とのあいだに、あゆみが滑り込む。


「嫌がってらっしゃるようですよ?真鍋センセ。やっぱり二十代後半はそのスタイルは無理があるんじゃ?」


「誰が二十代後半ですって?まだ二十六なんですけど」


余裕を見せようとにっこり笑った真鍋の顔が引きつっている。


「そうですかあ?四捨五入すれば三十代……」



「急ぎましょう!」


放っておけばいつまでも続きそうな真鍋とあゆみのやり取りを、びしっと止めたのは意外にも新之介だった。


「あのさ、どうして真鍋先生とあゆみちゃんまでいる訳?」


自分の間抜けさと一人のけ者にされているのをさらけ出すようでイヤだったが、冬馬は素直に訊いてみた。だいたい真鍋など勤務時間内だろうに。


「そうよ、あたくしなんかわざわざ有給とってここに来たのよ。人を探すには人手が多い方がいいって」


ピンヒールで人捜しですか?そこには突っ込まずに誰を捜すのかと聞いた冬馬に、愁の雪駄が飛んできた。


「いってえ、頭叩くなよ、頭。これ以上バカになったらどうすんだよ!」


「てめえの限界値なんざとうに超えてるから、バカの底地だよ!!浅倉麻美子に決まってるだろ?」


冬馬は黙った。それは彼だって探そうと思ってこうやって行動している。でもそれは彼女に会いたいからであって、こんな大捜索を考えていた訳じゃない。何があったんだ?


「あの配信、携帯サイトでEXがやってたって言ったでしょう?あれが今朝になって削除されちゃったんです」


あゆみの心細げな声。


「どういうこと?」


あゆみの話によれば、あの歌唱力に惹かれた流行に敏感な若者も多くてけっこう人気があったのだそうだ。それで誰が歌ってるの?と噂になるのと同時に、大手が動き出したって話を掴んだのが昨日までの状況。なのに、今朝になってみると麻美子と思われるあの曲だけが消されていた。残っていたのは言っちゃ何だけどレヴェルの低いカラオケ程度の歌声だけ。

もちろん、愁と新はすぐさまそれを聞いてEXをねじ上げようと事務所に出向いたがもぬけの殻だった。


「どうしてそのとき教えてくれなかったんだよ!!」


「何度もメールも携帯もかけたぜ?履歴見るか?」


ドスの利いた声で愁が睨め付ける。そうか、僕が新しい仕事をとにかく形にしちまおうと携帯をバイブにして、ヘッドフォンで音楽聞きながら集中してた頃…だ。


僕はいつも、肝心なときに役に立たない。


冬馬の顔がこわばるのを見て、真鍋はにっこり笑っただけでなくいい香りのする形のよい両手で彼の頬を包み込んだ。



「大丈夫よ。今からあなたが彼女を助けてあげればいい」


「助ける?どういうことですか…」


真鍋のアイラインに縁取られたくっきりとした大きな瞳が、潤んで冬馬を見つめる。

今までよく見てはいなかったけど、この人ってとても綺麗な人なんだな。新之介と並べばそれはそれは絵になることだろう。

そんな思いを振り切り、二人がなぜか見つめ合ったその瞬間、真鍋はあゆみに冬馬は愁にそれぞれ首根っこを掴まれて、ハイハイ急ぎましょうね、と先を急がされた。

いいとこだったのに。



歩きで川沿いのごつごつした出来の悪い舗装路を進む。さっきまで高級マンションが建ち並ぶ都心だったはずなのに、ここはまるで別世界のように景色が違っていた。

一軒家の貸家が建ち並ぶ一角。どれも築何十年も経つようなトタンとベニヤがヤケに目立つ。一つ一つは独立しているが、わずかなスペースに人が押し込まれたような空間。

ランニングにジャージの親父が自転車で走りすぎる。窓を開け放した室内には、多頭飼いの猫と犬が何のしつけもされず放置状態だ。

小さい子が駆け回り、そこかしこから高い声が聞こえる。


まるで何十年も昔の昭和にタイムスリップしてしまったような感覚。今でもこんな地域が都内にもあるのか。


「ここが、浅倉さんの家。ちゃんと担任にも確認してきたから間違いないわ」


「えっ!?」


冬馬は驚いて真鍋を見返した。貸家の中でも特に手入れもしていないようなボロボロの建物じゃないか。そこには彼らを見上げる小さい子どもらの敵意を持った瞳が光っていた。


「麻美子お姉ちゃんいる?」


いない、一番大きい子がすぐに答える。


「じゃあ、お父さんかお母さんは?」


今度は黙って家の中を指さす。一同は顔を見合わせながら、それでも意を決して玄関らしき入り口に向かっていった。


(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2011  keikitagawa All Rights Reserved

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