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第7話「サキュバス魔法使い、朝食と杖選び」

「イアナ起きて!」


 部屋の扉を叩く音が聞こえる。


 私は布団から出て、日差しを浴びながら体を伸ばした。


「良い天気」


「入るわよ」


 リタが入ってきた。


「げぇ!?」


 リタが私の後ろ姿を見て驚いている。


「朝っぱらから何でしょうか?」

「……サキュバスに戻ってる」

「はい? そんなわけないじゃないですか」


 私は頭を触った。


「うわっ!?」


 立派に生えた角が手に刺さる。血が出るほどではないが少し痛い。 


「今から助けに行くぞイアナ!」


 壁の向こうから勇者が言ってきた。思ったよりも私の驚いた声が出たために隣の部屋にいる勇者に聞かれてしまった。これはあまりの不覚。

 

 早く人間の女の子にならなくちゃ。


 しかし、焦るほど上手くいかない。アタリウスさんも言っていた、この魔法は心の持ちようによっては化けることが難しくなると。まさか、そんな状況が来るとは思わなかった。


「……あーしの背中に隠れて。なんとか時間稼ぐから」

「お……お願いします」


 とにかく私は人間の女の子になるため意識を集中させる。角がなく、尻尾もない、そして黒い翼も生えていない姿。


「イアナ何かあったか?」


 勇者が勢いよく扉を開けた。


「勇者様!?」

「どうして……リタの背後に隠れているんだ?」

「はっ、裸なんです。今!」


 リタの背後から顔だけひょこっと出し、とっさに嘘を叫んだ。


「ごっ……ごめん」


 勇者は顔を隠し、すぐさま部屋を退出した。


「いい嘘持ってるじゃん。イアナちゃん」


 リタはニコッと微笑んだ。


「そんなことないです」


 私もそれを見て少し恥ずかしがった。


 数分後……。


 何とか人間の女の子に化けることに成功した。ここまで人間の女の子に化けるのに時間がかかったのは初めてだった。


「イアナ様、リタ様。朝食の用意ができました。勇者様とタシール様は既におります」


 サタルージ王に仕えている執事が扉の向こう側から聞こえた。


「「今すぐ向かいます」」


 私たちは部屋を出て廊下を歩き出した。煌びやかな廊下と芸術的な絵が飾られていて夢中で見てしまう。


「イアナさん……イアナ!」

「はい!」

「ここだよ」


 絵に夢中で見ていた私は食事ができる部屋を通り過ぎていた。


「あっ……ごめん。絵に夢中になってました」

「そうよね……夢中になっちゃうよね……」


 リタは顔を引きずりつつ扉を開けた。彼女には悪いことしちゃったなと心の中で呟いた。


「おお……」


 部屋に入ると、長机に置いてある料理に目が入った。

 机の上には大きい皿と小さい皿が四人分置いてある。大きい皿には、こんがりと焼いたベーコン、豆のトマト煮、ソーセージ二本、焼きトマト、目玉焼き。小さい皿には、二等分になった黄金色のトーストが入っていて、その隣には、良い匂いがする紅茶が入ったティーカップが置かれていている。


「では、皆さんお召し上がりください」


 私はフォークとナイフを手に取り、ちらっと勇者を見た。勇者は手と手を合わせてしみじみと「いただきます」と言った。今、食べ物として提供される食材に感謝をしているように見える。勇者がいた世界では食事のたびに感謝をしているのかもしれない。私もその行為をやってみたい。


 ナイフとフォークを置き、手と手を合わせる。勇者以外の方を見たら、みんな手と手を合わせていた。


「「「いただきます」」」


 さて、フォークとナイフを使うか……ちょっと不安だ。私はあまりこの形で食事を片手で数えるほどしか経験しかいない。確か……親指と中指でナイフを挟み人差し指を上に乗せる。そして左手にはフォークを背を表にするって感じだった気がする。私は周りを眺めた。

三人ともナイフとフォークを器用に使っている。私もそれに習って食べなければ――。


 まずはベーコンにフォークで刺し、切っていく。私がよく食べている薄いベーコンと違ってステーキのような厚みだ。フォークで刺したベーコン口に運ぶ。ガツンと来る塩味の後から来る肉汁に口の中が歓喜している。こんなに美味いベーコンを食べたのは初めて。後で父と母にも食べて欲しい……いや作っていただきたい。


 次に手が伸びたのは目玉焼き。程よい黄身の色にシルクのような白身。フォークで白身を刺し、黄身にナイフを入れる。黄身はあふれだし、他の料理に浸食していく。急いで白身で拭き取り、口に入れる。黄身の濃厚さと白身の香ばしさが口に広がった。目玉焼きだけでここまで満足できるのは生まれて初めて体験した。サタルージ王は毎日これを体験しているなんてうらやましい。目玉焼きを半分残して、フォークに刺したのは焼いたトマト。私はトマトが嫌い。中の液体がとにかく嫌で、サラダを装うときトマトを省いている。しかし、今回は食べようと思う。あれだけ目玉焼きが旨かったんだ。あの独特の味は軽減されているだろう。トマトの液体が他の料理に入らないように注意しながら口に入れる。


「――ん。まずい……」


 焼きトマトになったことで、私が唯一食べられる皮の部分が柔らかくなりあの食感が消えていた。すかさず紅茶を飲みこんだ。紅茶の良さがトマトの風味にかき消され、不協和音が口の中で流れていた。


「――はあ」

 あの大きなトマトを口の中で細切れにし、飲み込んだ。紅茶のおかげもあって、後味は紅茶の風味だけになった。


 お口直しにトーストを口に入れる。サクサクとした食感にバターの甘さが乗っかる。沈んでいた気持ちが前向きになるのを感じた。


 最後に豆のトマト煮だ。これをみんなはどうやって食べているのだろう。フォークで掬って食べているのかな? 三人がどうやって食べているのか確認すると、ナイフを添えて豆を

フォークに刺して食べていた。なんて綺麗な食べ方だろう。父と母とは大違いだ。ナイフを添えてフォークで豆を刺し、口に運んだ。豆の苦みとトマトの酸味で打ち消していてとてもおいしい。食卓に並んでいたら小躍りしてしまうだろう。


 その後、残りのトーストと半分残していた目玉焼きを食べ、朝食は食べ終えた。


「イアナさん。こっちに来て」


 サタルージ王が少し扉を開け、手招いている。


「あっ……行きます」


 サタルージ王が直接言いに来るって、どんな内容だろう。私はサタルージ王がいる扉の向こう側に向かった。


「では、行こうか」


 サタルージ王は歩き出した。私も後ろをついて行く。


「どこに?」

「たくさん杖があるところだよ。君に合う杖を見つけて貰おうと思ってね」

「……え? いいんですか?」


 まさか、サタルージ王に杖を貰う機会があるなんて思わなかった。こんな経験ができるなんて光栄なことだ。親に報告したい。


「……それはお金がかかりますか?」

「どうしてその事を聞くんだね?」

「だって……サタルージ王が集めてくれたものって高い杖ばかりだと思って……」

「……なるほど。そこは気にしなくて良いぞ」


 サタルージは後ろを振り向き私に優しく諭した。


「どの杖もお金の価値では推し量れないものたちです。もちろん商売を営んでいる人はその中でお金を付けていますが、私はその立場ではないので金額という付加価値は付けておりません。だから気にしなくていいんですよ」

「……はあ」


 何を言っているかよくわかなかった。大人になればサタルージ王が言ったことがわかるようになるのだろう。だとしたら、私は一体どんな魔法使う女性になっているのかな。アタリウスみたいな女性だったらなと頭の中で妄想する。


「ここですね」

「ここですか……?」


 扉を開けると目の前には人形が置かれていて、周りに四カ所の杖立てがあり、そこに色々な杖が差してある。


「ここにある杖から君に合う杖を選びなさい」

「わかりました!」


 私の明るい声は部屋に響いた。


「よいしょ……っと」

「サタルージ王……?」


 サタルージ王は近くにあった椅子に座った。


「あの……」

「選んでいいんですよ?」

「それは……そうなのですが」

「あっ、わかりました。人間の女の子の魔法をほどきたいのですね。いいですよ。私はそのことを知っていますから」

「……わかりました。解きます」


 歯がゆい気持ちになりながら人間の女の子からサキュバスに戻った。


「ほお……これが本来の姿か」

「なんか恥ずかしいです……」

「私のことは気にしなくていいから。杖を選びなさい」


 やっぱり気になる。どうして、サタルージ王と二人っきりで杖を選ぶことになったのか。執事ではなく、王自らなのか尋ねたい。


「付かぬ事をお聞きしますが、どうして王自ら見守って下さるのですか?」

「それはだね……ナタリーという娘がおってね。今、魔界に遊びに行っちゃって寂しくて、君と娘を重ねていても立ってもいられなかった……というのが一つ。勇者がこの部屋に来ないようにするための見守り役というのもある」


 最後の一言はやや言い訳に聞こえるが、父として娘と重ねてしまうのは親特有の愛情って解釈すれば納得はできる。


 私は一本の杖を引っ張り出した。三日月みたいな形で神秘的。この杖を一回試してみよう。


 人形に杖を向けた。


「雷撃玉!」


 昨日よりも手が震えることはなく。昨日よりも大きくなる速度が速い。この杖は良いかもと思った瞬間杖が破裂した。


「うわっ!」


 杖の破片が私の頭めがけて飛んでくる。あまりの早さに手でかばうことができない。


「へえ……?」


 私の周りに膜が張られて破片が膜にくっついていた。


「あっ……りがとうございます。サタルージ様」


 私はサタルージ王の方に振り向き感謝を伝えた。「続けておくれ」


「はい!」


 違うやり方で杖を選んでみる。


「杖さーん。私に合う杖はどこにありましゅか?」 あざとい振る舞いをしながら色々な杖に話しかけていく。


「これがわたしの杖かな?」


 返事はない。


「これかな?」


 返事はない。


「これだよね……」


 返事はない。


 私はよく大人がごまかす咳払いぽいのをし、一つの杖を引っ張り出した。この杖がなんとなく気になった。持ってみると握りやすさに驚いた。ずっと触っていたい持ち手に程よい重さで構えるとしっくりくる。これが私の合う杖なのかも。


 人形に向かって杖を向けて、魔法を放った。


「自然の源よ。私に力を貸して! ファランジュワール・フラビュフューズ」


 机に花が咲き始め、花畑が生まれた。そこから二本の大きい花がにょきにょきと生え、空気が吐き出された。その空気で、人形が木端微塵になった。

「ひぃ……」


 私は恐ろしくなり腰が抜け床に座り込んでしまった。


「ようやく見つけたようですね。あなたにあった杖が……」

「私はこの杖を貰ってもよろしいのでしょうか? 色々な者を傷つける魔法使いになってしまはないでしょうか?」

「今、結論をつけられる話でもない」

「……」

「でも……杖は道具。使う側が律して使えば傷つける者ではなく救済をするものになる。だから、落ち込む心配はない」


 サタルージ王の言葉に救われる気がした。この未知なる魔法で人々を傷つけてしまうんだと一瞬頭を悩ませていたが、今から誰かを救うと考えれて魔法を扱えばそんな未来は訪れない。


「これで準備完了だな」

「――準備?」

「これから峡谷に留まっているドラゴンを追い出す旅に出るんだよ」

「……え? 聞いてないです」

「誰も伝えなかったのか……あと三時間後に出発なんだけれど」

「今から準備します!」


 私は部屋を飛び出した。

次の話は5月28日に投稿します

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