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9.旅立ち

 三人が足を止めたのは、古風な(たたず)まいの大衆食堂であった。

 あたりに漂う香辛料の刺激的な香りが、猛烈に食欲をそそる――。


「ここです。入りましょう」


 慣れた様子で、アデルが古めかしい扉を引く。


「いらっしゃい!」


 すぐに景気の良い声が飛んでくる。

 厨房から顔を出した男は、笑顔から一転、大きく目を見開いた。


「お、お、お? もしかしてお前さん、アデルバードじゃねえのか?」


「お久しぶりです、親父さん」


 アデルが笑って会釈する。

 店の親父は一目散に駆け寄ると、アデルの手をぐいっと取った。


「久しぶりなんてもんじゃねえや! 懐かしいなぁ……どうだ、しっかり宮仕えしてるのか?」


「まあ、何とか……ところで、個室は空いてますか?」


「ああ。二階の右の部屋を使いな」


「ありがとうございます」


 アデルに促され、ハナエとヨシュアも階段を上っていく。


「おい、アデル。あのオッサンと知り合いなのか?」


「ええ。父の友人で、昔は城で料理長をしておられた方です。あの方は信頼できますから」


「なるほどね」


 ヨシュアは納得した様子で頷いている。ハナエは不思議そうに首を傾げた。


「ヨシュア、何が『なるほど』なの?」


「お前は知らなくていい」


「もー」


 ハナエがふくれていると、アデルが振り向いて笑った。


「続きは部屋の中で話しましょう。さ、お入りください」




 アデルが招き入れたのは、木の香りがする居心地の良い部屋だった。

 緑色の丸テーブルの真ん中には、白いバラが一輪、小さなグラスに活けてある。


 三人が席についたところで、扉がコンコンと音を立てた。


「失礼するよ、っと。アデル、晩メシまだだろ。ほれ!」


「親父さん、まだ注文していませんよ」


「いいってことよ! コイツは俺のおごり。お前はコレ好きだったもんな」


 机に置かれたのは、根菜や魚がたっぷり入った、ほかほかのミルクシチュー。

 とろんと優しい乳白色から、ふわりと漂う香ばしい匂い――。


「わあ、おいしそう!」


「へえ、こりゃうまそうだ」


 ハナエばかりか、ヨシュアも嬉しそうに笑う。


「親父さん、ありがとうございます」


「いいってことよ! お前が立派になった姿を見せてくれたんだ、俺は嬉しいぜ」


 親父は笑ってアデルの肩を叩くと、お盆を片手にくるりと踵を返す。


「じゃあ、冷めないうちに食えよ」


「親父さん、ちょっと待ってください」


 部屋から出て行こうとした親父を、アデルが慌てて引き留める。


「なんだ?」


「ここ最近の食材の入荷についてですが、量はどんな具合ですか?」


「量? そうだなぁ……前ほどではないにしろ、一時に比べたらずいぶん増えたぜ。ちょっと前までは、ぜんぜん食材が手に入らなくて困ってたのに」


「それ、最近ですか?」


「ああ。ここ数日で急に増えた。不作は解決したんじゃねえかな」


「産地はどこか分かりますか?」


 アデルの目が鋭さを増す。親父はにやりと笑った。


「はっは! 興味があることはとことん調べるってか? 変わらねえな、お前は――農作物はリペル、魚介はモーラ、肉や卵はトッカ産が多いかな。参考になったか?」


「ええ、ありがとうございます」


 親父は嬉しそうに笑うと「ごゆっくり」と言い残して出て行った。




 シチューをひとさじ掬い、息を吹きかけて少し冷ます。

 木のスプーンで湯気(ゆげ)ごと頬張(ほおば)ると、じんわりしみるような優しい味がした。


「んー、おいしい!」


 ハナエが顔を上げると、アデルもヨシュアも、夢中で(さじ)を口へと運んでいる。


「城のメシより旨いじゃねえかよ」


「ええ、本当に――でも」


 アデルはおもむろに匙を置く。


「おかしいと思いませんか? なぜ城では食材不足が続いているのに、町にはこんなにたくさんの食料が行きわたっているのか」


「まあ、確かにな」


「それと……ヨシュア様、あなたもお気づきだったのでしょう」


「ああ」


 ふたりは真剣な表情で頷き合っている。


「何のこと?」


 ハナエが不思議そうに尋ねると、ヨシュアは呆れ顔で口を開いた。


「気づいてねえのかよ、この平和ボケ」


「なんですって?」


「尾行されてただろ」


「えっ?」


 驚いたハナエを見つめて、アデルも頷いた。


「城から出てずっと、僕たちをつけている者がいました。だからこの店に来たのですよ」


「確かに、あのオッサンなら不審な(やから)を店に入れねえだろうからな」


「そうだったんだ……」


 ハナエはカバンからメモ帳と鉛筆を取り出した。


――――――――――――――――――――

 ・町には食料がたくさんある

 ・尾行されていた

――――――――――――――――――――


「あと、町の人たちも白の騎士が現れたことを知っていましたね」


「ああ、イモ屋のオヤジがそう言ってたな」


――――――――――――――――――――

 ・白の騎士が現れたと噂

――――――――――――――――――――


「ふたりは、どう思いますか?」


「どう、って。何がだよ」


 ヨシュアはシチューを平らげると、眉をしかめながらハナエに視線を送る。


「……食料は、最近急に増えたって言ってたよね」


 ハナエはじっとメモを見つめている。


――――――――――――――――――――

 ・町には食料がたくさんある

 ・尾行されていた

 ・白の騎士が現れたと噂

――――――――――――――――――――


「白の騎士が現れて、食料がいっぱいあって……みんな、もう安心だって思ってる」


 そして、白の騎士であるハナエは、何者かに尾行されていた。


「誰かがわざと、町の人たちを安心させてる――ううん、()()()()()()みたいだ」


「は? そんなことして何になるんだよ」


「わかんないけど、変じゃない? だって、お城には食料が届いていないんだよ? なんで町にだけ食料があるの?」


「そんなこと知るかよ。たまたまじゃねえの?」


 ヨシュアはそう言って笑ったが、アデルは左右に首を振った。


「僕も違和感を覚えています」


「は? マジかよ」


「ええ、白の騎士が現れたという噂が流れていることも、食料が不当に市場に溢れていることも、誰かが意図的に仕向けているように思えるのです」


「ふーん、お前らホント似た者どうしだな。けど、さすがに考え過ぎじゃねえの?」


「考え過ぎだというのなら、尾行についてはどう説明するのですか? あなたは僕よりはるかに優れた兵士です。そのあなたが尾行に対して『たまたま』などとは、まさか思っていないですよね」


「それは……まあ、確かに」


「慎重すぎるくらいの方がいいと思います。僕たちには明確な敵がいる――そう思った方がいいでしょう」


 アデルは頬杖をついて、小さくため息をついた。


「実はこの先、リペルの村に向かうつもりでした」


「はぁ? あんな遠くまで? なんでだよ!」


「城に搬入される農作物の量を調べたところ、最も減少が大きかったのがリペルの村だったからですよ。つまり、ここ数年の異変の影響を強く受けている土地だということです」


「お前、そんなの調べてたのかよ」


「ええ――それと、リペルは『黒の国』との国境沿いの村です。白の騎士や魔女の噂は、辺境の村にも広がっているのか……情報の違いを知りたいのです。あと、リペルは『外の森』にも近いですから、森の様子も調べられますし……」


「へえ」


 ハナエもヨシュアも、感心してアデルの横顔を眺めていた。だが、当のアデルはそこで頭を抱えてしまった。


「ですが、一連の出来事がすべて意図されたものだとしたら、素直にリペルの村へ向かうのは危険かもしれません」


「どうして?」


 ハナエは首をかしげる。その隣で、ヨシュアがぽんと膝を叩いた。


「分かったぜ。俺たちがリペルに向かうことも、()()()()()()()かもしれないって言いたいんだろ」


 アデルは頷いた。


「そうです。リペルに向かえば、罠が仕掛けられているのではないかと」


「ええ? そんな、どうしよう……」


 困っているハナエをよそに、ヨシュアはにやりと笑う。


「上等じゃねえか。罠ってのは、逆に尻尾をつかむチャンスだろ」


「でも、危なくない?」


 ハナエの不安を、ヨシュアはふんと鼻で笑った。


「アホか、危ないに決まってんだろ。けど、もし全部仕組んでるヤツがいるなら、そこで一網打尽にできるかもしれねえ。そうすりゃ不作も魔女の噂も、一気にカタがつく。俺たちは晴れてお役御免ってわけだ」


「でも、王女様は? 王女様の口がきけなくなったことまで、その『誰かさん』の仕業とは思えないわ。別の原因があるはずよ」


「それは……あれだ。魔女が片付きゃなんとかなるって」


 ハナエはあきれてため息をついた。


「もう、ちゃんと考えなよ」


「なんだよ、考えてるだろ」


「考えてない! 魔女が片付いたら王女様が元気になるなんて、誰かの話をなぞってるだけじゃない。あたしもアデルも、ヨシュアがどう思ってるのかを聞きたいんだよ」


「俺がどう思ってるか、だと?」


 ヨシュアは一瞬目を閉じて天を仰いだ。

 が、すぐにハナエに向き直ると、ひとこと言った。


「分からん!」


「もう、全然ダメじゃないの」


「うるせえな、俺は頭良くないんだよ!」


「そんなことは分かってるけど」


「なんだと?」


 バチバチとにらみ合うふたりを前に、アデルは苦笑いを浮かべている。


「まあまあ、落ち着いてください。『分からない』ということが分かるというのは、大事なことです」


「お前、バカにしてんだろ」


「してないですよ。話を戻しますが、ヨシュア様はリペルに向かうべきだとお考えなのですね」


「ああ」


「……」


 アデルは腕組みをすると、眉をしかめて目を閉じた。


 ――コン、コン

 ノックの音がして、扉が開いた。


「よう、茶でもどうだ……って、まーた難しい顔して考え込んでやがる」


「親父さん」


 親父はニッと笑うと、カップに茶を注いでいく。

 華やかな香りが、ふわりと部屋に広がる。


「お前はすぐ一人で悩むけど、今は仲間もいるんだろ? 詳しいことは知らないけどよ、信じて任せてみるのもチームの醍醐味ってやつじゃねえの?」


「あ……」


 戸惑ったようなアデルの視線が、ヨシュアとぶつかる。

 ヨシュアはふんと横を向くと、ぶっきらぼうに言った。


「まあ、あれだ。お前らふたりの面倒ぐらいは見てやるよ」


 その様子を見て、ハナエは思わず笑ってしまう。


「ねえアデル、ヨシュアが『俺にまかせとけ』ってさ!」


「うるせえ!」


 アデルもつられて笑う。そして、一度深く頷くと、店の親父を見上げた。


「親父さん、リペル行きの馬車はありませんか?」


「ここんとこ流通が多いから、多分あると思うぜ。ちょっと待ってろ」


 親父は部屋を飛び出していった。


「行くんだね、アデル」


 ハナエの言葉に、アデルはしっかりと頷く。


「ええ、危険ではありますが」


「ねえ、リペルってどのあたり? ここから遠いの?」


「王都から北西のほうですね。馬車で丸二日ほどかかります」


「けっこう遠いね」


 ノックの音。

 ドアが開いて、親父がひょこっと顔を出した。


「今晩九時すぎに、リペル行きの馬車が出るってさ」


「ありがとうございます」


「気を付けてな。あのへんは今ちょっと治安が悪いみたいだぜ。ま、王都の近衛兵なら問題ないか!」


 親父は明るく笑うと、そのまま部屋から出ていった。


「では、夜までゆっくりしましょう。少し長旅になりますから、しっかり準備してください」


 そう言うと、アデルは立ち上がる。


「あれ? アデル、どこへ行くの?」


「僕は少し別行動を取ります。夜九時前に町の入口で落ち合いましょう。ハナエ様はヨシュア様から離れないでくださいね」


「えー、アデルと一緒がいいなー」


「……てめえ、どういう意味だ」


 相も変わらずにらみ合うふたりを前に、アデルは困ったように笑うのだった。



   ***



 食堂を出ると、アデルはひとり、市場へと足を向けた。


 剣術は苦手でも、アデルは近衛兵である。むしろ臆病な分、周囲の気配には敏感かもしれない。

 だから今も、はっきり感じていた。何者かの視線、何者かの足音。


(ハナエ様ではなく、僕をつけている――?)


 素人ではない。かなりの訓練を受けている。


(殺気は感じない、か)


 アデルは気づいていない風を装って、夜まで市場を見て回ることにした。




 それぞれが思い思いの時間を過ごした後――。


 夜九時すぎ。

 三人を乗せたリペル行きの荷馬車が、町を離れて走り出した。


「貨物馬車なので乗り心地は悪いですが、歩くよりはずっと楽です。明後日の夜には着きますよ」


 ゴトゴトと大きく揺れる荷台に座って、ハナエは落ち着きなく周囲を見回している。


「じっとしてろよ、落ち着きのないヤツだな」


 ヨシュアはあきれてそう言うが、ハナエはキラキラと目を輝かせている。


「あたし、荷馬車なんて初めて!」


「はぁ? マジかよ、世間知らずなお嬢ちゃんだな。こんな奴が本当に白の……」


「ヨシュア様!」


 アデルが手を伸ばして、ヨシュアの口をむぎゅっと抑える。


「ウグゥ……」


「もう、それは内緒だと言ったはずですよ! ハナエ様も、今のうちに少しお休みになってくださいね。まだまだ先は長いですから」


「うん、わかった」


 ハナエは樽にもたれかかると、空を見上げる。


 闇に浮かんだ満天の星。暗い波間に、光の粉が揺れているみたいだ。

 そんな風に見えるのは、馬車の揺れのせいだろうか。


「今日は虹、出てないんだ」


「虹?」


 隣のヨシュアが訝し気に言う。


「なんで夜に虹が出るんだよ」


「あたし、見たことあるんだ。きれいだよ。月の光が七色にみえた……」


「ばーか、そんなわけ……オイ」


 ことん、とハナエの頭がヨシュアの肩に落ちる。

 ほどなく、すーすーと寝息が聞こえはじめた。


「……気楽なモンだぜ、全く」


「じゃあ、僕も少し眠りますね。ヨシュア様、あとよろしくお願いします」


「おい……」


 アデルも目を閉じると、側の木箱に寄りかかった。


「……ったく、仕方ねえな」


 ヨシュアは大きくため息をつくと、馬車の揺れに背中をあずけたのだった。

次回は3/9の夜に更新予定です。

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