8.城下町へ
「町を見に行きたい、ですと?」
ラームは不機嫌そうに眉をひそめた。
謁見の間。
王女をはじめ、城の重鎮たちが集まっている。
ハナエは、ラームたちからの無言の圧に負けないように、わざとふてぶてしい笑顔を浮かべる。
「このままお城にいたって、世界の異常は見えてこないもの。外へ行って、世界に何が起きているのか調べてくるわ」
「……ガーラントの者よ。一兵卒のくせに、お前がそう進言したのか」
ラームの厳しい声に、アデルの肩がびくりと跳ねた。
「ふたりで一緒に考えたの。これからどうしたらいいか、話し合ったのよ」
ハナエがそう言うと、背後からフッと笑う声がした。
振り返ると、ヨシュアの意地悪な笑顔と視線がぶつかる。
「何がおかしいのよ、ヨシュア」
「アデルを選ぶとは、いい人選だと思ってさ。お前もなかなか小狡いんだな」
「どういう意味?」
「ガーラントといえば有力な貴族だ。町では顔が利く。ま、そいつには他に取り柄がないんだし、適当に利用すればいいんじゃねえの」
「いいかげんにしなさいよ。何なの、アデルに意地悪ばっかりして」
ハナエはヨシュアに詰め寄っていく。その肩を、アデルが慌てて押しとどめる。
「ハナエ様、僕なら大丈夫です。落ち着いて」
ヨシュアは、そんなふたりを見下ろして冷たく笑う。
「町へ出るとか言って、逃げ出すんじゃねえのか?」
「いちいち絡むわね、何が言いたいわけ?」
「弱虫ふたりがなれ合ったところで、どうせ何もできねえって言ってんだよ」
ハナエはキッと顔を上げ、勢いよく右手を振り上げた。
周囲の人々が、思わず息を飲む。
――だが。
頬を叩くでもなく、拳を振り下ろすでもなく。
ハナエは、ヨシュアの目の前に人さし指をピタリと突きつけると、こう言ったのだ。
「だったら、あんたも来なさいよ!」
「……は?」
「一緒に来て、見届ければいいじゃない――アデルに何ができるのか。あんたなんて偉そうなコトばっかり言ってるけど、どうせ口だけじゃないの?」
「なんだと?」
「言っときますけどね、アデルはあんたなんかより、ずーっと頼りになるんだから!」
「冗談だろ? この弱虫のどこが頼りになるってんだよ」
「なーんだ、何にも分かってないじゃない。そもそもアデルは弱虫じゃないですよーだ! ふん、やっぱり口だけね」
「あァ?」
ヨシュアはハナエをにらみ付け、ハナエも真正面から視線を返す。
静まり返る謁見の間――ひりついた空気に、その場の誰もが息を飲んで動けない。
そうやって火花を散らすふたりを止めたのは、陽気で豪快な笑い声であった。
「はっはっは! いやあ、なんと威勢の良いことだ!」
「ガルシアさん」
「白の騎士殿。兵士の不敬は、上官であるこの私が謝罪いたします。申し訳ない――どうか、ここらで許してやってはもらえませぬかな?」
ハナエがしぶしぶ頷くのを見ると、次にガルシアはヨシュアに向き直った。
「ヨシュアよ」
「はっ!」
「お前も白の騎士様に同行しろ」
「は? し、しかし……」
「ガーラントの小僧に剣術は期待できんが、お前ならば腕が立つ。白の騎士殿をお守りすることもできよう。まあ、白の騎士殿に護衛は不要かもしれぬがな! はっはっは!」
周囲の皆も陽気に笑い、ラームが苦々しい顔をする。
そんな中で、ハナエだけは真剣な表情で王女を見つめていた。
(必ず、あなたを助けるから)
思いが伝わったのだろうか。
王女は微笑むと、ハナエを見つめて頷いてみせた。
***
「何よあいつら、ムカつくっ! アデルが何したっていうのよ!」
夕刻には旅の準備を終え、ハナエはアデルと共に城門へと向かっていた。
まだ怒りが収まらないハナエの隣で、アデルは困ったように笑っている。
「気にしないでください。いつものことですよ」
「いつもって何? 酷すぎるよ。特にヨシュア! ちょっと顔がいいからって、性格が悪すぎよ、アイツ!」
「ははは! 確かに、あの方は言葉が過ぎるところがありますね。でも、ヨシュア様は一応、僕を認めてくださっているんですよ」
「どこが? 悪口ばっかり言ってたのに?」
ハナエがしかめっ面で振り返ると、アデルは少しだけ目を伏せた。
「……ガルシア様が僕をなんと呼んだか、聞いていましたか?」
「えっと、確か――ガーラントの小僧、って」
「そう。他の方々も同じ――僕を名前で呼ぶのは、ヨシュア様だけなのです」
「あ……」
一瞬、その横顔が寂し気に曇る。
けれどアデルはすぐに、気を取り直したように笑ってみせた。
「さあ、急ぎましょう。あまり待たせると、またヨシュア様が文句を言いますよ」
白い城壁を照らす、茜の空の下。
ふたりは足早に城門へと向かうのであった。
城門の前では、ヨシュアが仁王立ちでふたりを待っていた。
「遅えんだよ!」
開口一番、不機嫌そのもののヨシュアの声に、ハナエとアデルは顔を見合わせて「ほらね」と笑った。
「何笑ってんだよ、さっさと行くぞ」
なんで俺まで……と、ぶつくさ文句を言いながら、ヨシュアは荷物を背負ってさっさと歩き出す。
「さあ、我々も行きましょう」
ハナエは大きく頷くと、アデルと肩を並べて城門をくぐった。
***
太陽はもう、遠くに臨む山の稜線へと沈みはじめている。やがて紫から紺へと色を変える空は、今は燃え上がるような朱色に染まっている。
城門から橋を渡り、城下町へと続く道へと至る。
三人は、なだらかに続く下り坂を歩いていた。
「で? これからどこへ行くんだよ」
ヨシュアは相も変わらず不機嫌そうな声で、アデルに尋ねる。
「ひとまず城下町の食堂へ。そこで詳細をご説明いたします。が、その前にひとつ……」
アデルは足を止めると、ふたりに向き直った。
「この先、ハナエ様が白の騎士だということは伏せておきたいのです」
「は? なんでだよ」
ヨシュアは怪訝な顔をしている。
「それと、僕が貴族の出身だということも知られない方がいいです」
「だから、なんでだよ」
「我々の目的は、この世界に何が起きているのかを知ることです。ありのままの世界を知るには、身分が邪魔をすることもあるのです」
「ふーん。ま、いいけど」
「ですから、ヨシュア様も『白の騎士』ではなく、ハナエ様とお呼びくださいね」
「はいはい。ヨロシクどーぞ、ハナエサマ」
「ハナエでいいわよ。よろしくね、ヨシュア」
差し出したハナエの手をちらりと見てから、ヨシュアはふんとそっぽを向いた。
「勘違いすんな。俺はお前らを監視するために来たんだ。なれ合うつもりはない」
そうしてさっさと歩き出し――ヨシュアは背を向けたまま言った。
「ぼさっとしてんじゃねえ! 行くぞ、ハナエ!」
ハナエはアデルと顔を見合わせると、やれやれとため息をついた。
「なによ、あいつ――結局『ハナエ』って呼んでるくせに」
「素直じゃないですね、あの人は……さあ、我々も行きましょうか」
「うん!」
先に行ってしまったヨシュアの背中を追いかけて、ハナエとアデルも町へと向かうのだった。
***
「わあ、すごい!」
目の前に広がる光景に、ハナエは目を輝かせた。
そこは、大通りに面した市場であった。
レンガ敷の広い道を、荷馬車がガラガラと音を立て、忙しく行き交っている。
道の脇には色とりどりの天幕が立てられ、商人たちが思い思いに品物を並べては、陽気にお客を呼び込んでいる。
人々はひっきりなしに行き交い、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
城の荘厳な雰囲気とは全く違う――活気にあふれた街の風景に、ハナエも思わず笑顔を浮かべる。
「賑やかだね!」
「ここは王都の中心街ですからね。この国で一番の繁華街です」
アデルもどこか楽しそうだ。
「ね、アデル。ちょっとだけ覗いてもいいかな」
ハナエがうきうきと言うと、ヨシュアが眉間にしわを寄せる。
「お前なぁ、遊びにきたわけじゃねーんだぞ」
「えー、そんなぁ……ね、ちょっとだけ!」
ハナエの期待に満ちたまなざしに、アデルは笑って頷いた。
「ええ。では、少しだけ」
「わぁ、やったぁ!」
ハナエはアデルを引っ張って、市場の方へと駆けていく。
「……ハァ」
ヨシュアは肩を落とすと、仕方なくふたりの後を追うのであった。
山積みになった赤い果実。香ばしいにおいを振りまくたくさんのパン。ピカピカうろこの大きな魚――。
ハナエはきょろきょろと忙しく視線を動かす。
なんて色とりどりなんだろう――ここにあるのは、面白いものばかりだ。
「おや。嬢ちゃん、買い物かい?」
店の奥から、ヒゲの店主が顔を出した。
げんこつよりも大きなイモが、大きなバケツにごろごろと積まれている。
「すごいね! こんなにたくさんのお芋!」
「そうだろ? こいつはリぺル産さ!」
「ねえ、おじさん。ここはすごく活気があるのね! びっくりしちゃった」
「そりゃあそうさ。あんたたち、噂を聞いてないのかい?」
「噂?」
「何でも、白の騎士様が現れなすったそうだ。これでもう安心、魔女なんざァひとひねりさ!」
「あ……」
「すぐに王女様も良くなられるだろうよ。そうすりゃ、この国は元通りだ。黒の国なんか怖くねえや!」
「……そっか」
ハナエは小さく肩を落とす。芋屋の主人はそれには気づかず、別の客に向かって愛想よく声をかけている。
「白の騎士が現れたから安心――って、ここでもみんな、お城の人たちと同じことを言うのね」
ハナエはぽつりと言った。
ヨシュアは腕組みをしながら、「はぁ?」と怪訝な顔をする。
「当たり前だろ。なんのために白の騎士がいると思ってんだよ」
「ヨシュアもそう思うの?」
「白の騎士がお前じゃなきゃ、そう思ってただろうよ」
「……そうなんだ」
耳の奥で、アデルの言葉が蘇る。
(僕は魔女の呪いより、考えないひとたちが作る未来のほうが怖いのです――)
「ハナエ様?」
はっと顔を上げると、隣でアデルが心配そうに見つめている。
「ごめんごめん、大丈夫だよ」
「そうですか……あ、そうだ。何か欲しいものはありませんか?」
「えーっと――紙と筆記用具!」
「それならば、僕がお城から持ってきました。あとでお渡ししますね」
それを聞いて、ヨシュアがふんと笑った。
「お前なあ、そんなもんが市場にあるわけねえだろ」
「どうして?」
首をかしげるハナエに、アデルが代わりに答える。
「この国では、文字の読み書きができる者はそう多くないのですよ」
「へえ、そうなんだ」
ヨシュアは大きく伸びをすると、ふあぁ、とあくびをしながら言った。
「もういいだろ、そろそろ行こうぜ」
ハナエも頷くと、ヨシュアに続いて歩き出した。
と、アデルが急に足を止める。
「アデル、どうかした?」
「……いえ、何でもありません。行きましょうか」
日没はもう、目の前まで迫っている。
レンガの道に長く伸びた影を引き連れて、三人は目的地の食堂へと足を向けた。
次回は3/8の夜に公開予定です。




