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3.白の騎士

 森は、意外なほど明るかった。


 (こずえ)から差し込む光が、きらきらと踊る。

 古めかしい灰色の木々にも、それに巻き付くつる植物にも、光の粒が舞い降りてくる。


 あたりを見渡せば、白や桃色の小さな花々が、そこかしこに咲いている。

 ひんやりと湿った空気を吸い込むと、ほのかに甘い香りがした。

 

「すごい……とってもきれい」


 ウサギは時折振り返りながら、ハナエを誘うように耳をぴこぴこ動かしては、また先へと進む。 

 森の美しさに目を奪われながらも、ハナエは茶色い背中を見失わないように歩くのだった。




 どれくらい歩いただろう。

 急に視界が開けた。


 どこまでも澄んだ青。

 降り注ぐ光を水面で遊ばせながら、目の前に広がる泉は静かに水をたたえていた。


 ハナエは息をするのも忘れ、吸い込まれるように目の前の景色を見つめていた。


 何と美しい光景だろうか。

 鮮やかな木々の緑も、金の光を揺らめかせる水面のさざめきも、まるで名画を見ているようだ。


 そして――名画の中心に、ひとりの少女がいた。


 水に濡れた長い銀髪は、精巧な宝石細工のようにきらめいている。

 一糸まとわぬその肌は、色づき始めたばかりの果実のように、ごく淡い桃色を帯びている。


 もし、彼女が泉の女神だと言われても、ハナエは驚かなかっただろう。

 憂いの浮かんだ顔立ちも、細くてすらりと伸びた腕も、この世のものとは思えないほど美しい。


 その腕の先――華奢(きゃしゃ)な指先には、小さな石の留められた指輪がひとつ()められていた。


「あっ!」


 ハナエは思わず声を上げる。

 あの指輪には見覚えがあった。そう、あのとき掴めなかった手にも、同じ指輪が()められていたのだ。


 声に驚いたのか、少女ははっと顔を上げる。バイオレットの瞳が、ハナエの視線とぶつかった。


「あ、あのっ、ごめんなさい! のぞくつもりはなくて、その……」


 あわあわとうろたえるハナエの方へと、少女は水を蹴立(けた)てて駆け寄ってくる。

 そして、うっすら涙を浮かべると、花が咲くように笑ったのだった。


「あ、あの……」


 戸惑うハナエの背後から、声がした。


「王女様、どうかなさいましたか……? きゃあああッ!」


 森の静かな空気を引き裂いて、女性の悲鳴が響き渡った。




「どうなさいました、ラーム様!」


「曲者です! 曲者です!」


「なんだと?!」


 バタバタと足音が集まってくる。

 世話役らしい女性たちだけでなく、鎧を着た男たちもいる。


「なんだ、お前は!」


「王女様から離れなさい!」


 殺気立つ人々を前に、ハナエが慌てて弁解しようとした――その時だった。


 少女は間に割って入ると、ハナエをかばうように両手を広げた。

 木漏(こも)れ日の下、白い素肌がさらけ出される。


「お、王女様! そのようなお姿で!」


 鎧の兵士たちは慌てて後ろを向き、世話役らしい女性たちはその場にひれ伏す。

 少女は裸のまま、毅然(きぜん)とその場に立ち続けている。


「えっと……とにかく、なにか羽織(はお)るものを……」


 ハナエは慌てて周りを見渡す。

 そしてその時、気が付いた。


 自分の腰に、白い剣が吊り下げられていることに。


 何の装飾もない、刃渡り四十センチほどの剣。

 (つか)(さや)も真っ白な、簡素な剣。


 間違いない、あの剣だ。

 だが、これはさっき確かに投げ捨てたはずだ。


 背筋がぞくりと凍り付く。


「どうして、これがここに……?」


 ハナエの言葉と同時に、人々が大きくざわめいた。


「こ、これは!」


「まさか……まさか!」


「これは、まさか『白い剣』?」


「なんと! では儀式が()ったのか?」


 両手で口を押さえる者。互いの(ほほ)を叩き合っている者。

 誰もが信じられないといった様子である。


 そんな中、銀髪の少女だけは、(ほほ)を染めて嬉しそうに笑っている。


「……白い剣?」


 見たままの名前である。

 そんなに騒ぐことだろうかと、ハナエが首をかしげたときだった。


 世話役の侍女たちも、鎧姿の兵士も、皆が一斉に(かしづ)いた。


「え?」


 何が何だかわからないままのハナエに、先頭の女性がうやうやしく言った。


「ようこそおいでくださいました、『白の騎士』様」


「は?」


 音もなくゆらめく泉のそばで、ハナエはただ立ち尽くすばかりだった。

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