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21.アヤとハナエ

「でもまさか、景山さんが黒の騎士になっているなんて思わなかったな」 


 ハナエがそう言うと、アデルは少し首をかしげた。


「白の国に白の騎士が現れたように、黒の国にも黒の騎士が現れた。考えられないことではありません。ですが――」


「ですが?」


「彼女たちは、なぜ白の国へとやってきたのでしょうか」


「えっ? それは――白の国との和平交渉のため、って言ってた気がするけど」


「そこです。なぜ和平交渉なのか、です」


 アデルは厳しい表情で言った。


「黒の国は、白の国よりも軍事力が強いのです。もし戦争になれば、白の国に勝ち目はないでしょう。つまり、わざわざ交渉をして和平を取り付けなくても、白の国には黒の国を侵略する力がない。黒の国が攻め入らなければ、今の平和が乱れることはないはずなのです」


「じゃあ……ほかに何か、手を組みたい理由があるってこと?」


 ハナエが言うと、アデルは深く頷いた。


「さっき黒の騎士は『王様を救うため、国に平和を取り戻すため』と言っていましたよね。その言葉が本当なら、『黒の王の身に何かが起きている、国の平和が乱れている』ということになります」


「じゃあ、白の国と協力することで、それが解決するかもしれないってこと?」


 ハナエはメモ束を拾い上げると、鉛筆を走らせはじめる。


―――――――――――――――――

・黒の国にも黒の騎士が現れた

・黒の騎士が和平交渉にやってきた

・王様を救うため、国に平和を取り戻すため

―――――――――――――――――


「ねえ、アデル。リペルの村で、バムじいが見せてくれた鉱石を覚えてる?」


「ええ。不純物が多すぎて、もろくなった黒輝石くろきせきですね」


「もしかして黒の国でとれる鉱石も、あんな感じになっちゃってるのかな」


「十分考えられます。リペルは黒の国にほど近いですからね。あのような鉱石しか取れなくなったのならば、国の経済に大きな打撃となるでしょう」


「白の国と同じように、黒の国にも異変が起きている……」


 ハナエははっと身を乗り出した。


「じゃあ、もしかして王様も、王女様と同じように原因不明の病に侵されてるかもしれないってこと?」


「白の国で起きていることが、黒の国でも起きているとしたら、ありえないことではないでしょうね」


 ならば、景山が言っていたことにも合点がいく。


―――――――――――――――――

・黒の国に起きている異変――鉱石の異常?

・王様を救う――王女様と同じような病気?

―――――――――――――――――


「だとしたら、怪しいのはやっぱり魔女なのかな……魔女の弟子っていうのも怪しいし」


 頭を抱えてしまったハナエに、アデルは思わず微笑みをこぼす。


「分からないことを考えるのは、今はよしましょう。使者が来ているということは、話をするつもりがあるということです。彼らの話を聞いてから、改めて考えてみましょう」


 ハナエは素直に頷いた。

 アデルの言う通りだ。この段階ではまだ、何も確かなことはないのだ。


「ただ、ひとつだけ知っておきたいことがあるのです」


 アデルが真剣な表情で言った。


「なに?」


「今回の使者は、誰が差し向けたのか――ということです」


 ハナエは目をぱちぱちさせた。アデルが口を開く。


「黒の国は軍事力が強いと申し上げましたが、おそらく王とは別に、国の中枢を握っている軍部の人間がいるはずです。もし、この和平交渉が軍部の意思だとしたら、裏があると考えるほうがよいでしょう」


「裏?」


「簡単に言うと、白の国が欲しい――戦争を始めるきっかけが欲しいのです。この場合は、安易に協力することは避けねばなりません。逆に、もし軍部が絡んでいないのなら、この交渉は王の意思に近いと考えられます。その場合は、本当に和平を望んでいる可能性が高い。使者を送ってきたのは軍部か、王か。この点をはっきりさせておきたいのです。ですが、どうやって確かめたらよいのか……」


 そう言ったきり、今度はアデルが頭を抱えてしまった。

 ハナエは思わずふふっと笑う――その時ひらめいた。


「ね、アデル。いいこと考えた!」


「なんでしょう?」


「私、これから景山さんと話してくる!」


「黒の騎士とですか? ああ、ハナエ様は以前から、彼女をご存じなのでしたね」


「……向こうはあまり、私のことを認識してなかったと思うけど。でも、景山さんは悪い人じゃないよ。きっと、ちゃんと聞けば話してくれると思う」


 アデルは目を閉じると、しばらく何か考え込んでいた。

 だが、やがて顔を上げると、大きく一度頷いた。


「分かりました。では、黒の騎士とのお話は、ハナエ様にお任せいたします」


「うん!」


 ハナエは一息に紅茶を飲み干すと、勢いよく立ち上がった。



   ***



 客室の場所は、アデルが教えてくれた。

 ハナエは少し緊張しながらも、早足で廊下を進んでいく。


 何から話そうか――この世界にはいつ来たの? とか。やっぱり目が覚めたらこの世界に来ていたの? とか……。


 ハナエは夢中で考えながら歩いていたため、ろくに前を見ていなかった。角を曲がったところで、どん、と何かにぶつかり、ハナエは思わず声を上げる。


「わっ、ごめんなさい!」


「おっ、悪い」


 同時に声が上がった。

 お互いに顔を見つめ合う。


「なんだ、ヨシュアじゃない」


「お前こそ何やってんだよ、こんなとこで。この先は黒の勅使ちょくしの客室だぞ」


「分かってる。黒の騎士に会いに行くの」


 ハナエがそういうと、ヨシュアは「は?」と目を剥いた。


「やめとけ、あいつら敵なんだぞ」


「でも、聞かなきゃいけないことがあるの」


「どうしてもか?」


「どうしても!」


 ヨシュアはしばらくじっとハナエを見据えていた。が、やがてあきらめたように軽く息を吐いた。


「黒の騎士はともかく、ふたりの従者には気をつけろ。若い男は知らないヤツだが、あごヒゲの方は見たことがある。あいつは黒の国、第四師団のナンバー3だ」


 ハナエは首をかしげている。第四師団とは何なのだろう。


「第四師団は監査役だ。怪しい人物の監視や逮捕、尋問なんかを行っている。つまり黒の国の奴らは、黒の騎士を信用していないってことさ」


 ハナエは想った。


 知らない国にやってきて、誰からも信用されていない寂しさ、悲しみ、不安――。

 そんな中で、それでも国のために敵国までやってきた景山の勇気を想った。


 圧倒されるほど堂々とした立ち居振る舞いも、もしかしたら無理をしていたのかもしれない。どんなにしっかりしていても、彼女もハナエと同じ十六歳の少女なのだ。


 黙ってしまったハナエの目の前に、小さな包みが差し出される。

 焼き菓子の甘い香りがした。


「やるよ。侍女からもらったけど、俺は甘いもの好きじゃねえし」


 包みを開けると、小ぶりなクッキーが何枚か並んでいる。


「おいしそう……」


 ハナエが思わずつぶやくと、ヨシュアはふっと笑った。


「今日はいい月だ。黒の騎士と一緒に、中庭あたりで食えばいい。今はバラの花が見ごろだし、黒の騎士も気晴らしになるんじゃねえの?」


「……」


 ハナエは目をぱちぱちさせて、ヨシュアを見上げた。


「何だよ、その顔は」


「アデルも変わったけど、ヨシュアも変わったよね」


「うるせえよ。ほら、さっさと行ってこい。くれぐれも余計なことは言うんじゃねえぞ」


「わかった、ありがとう」


 そう言ってぱたぱたと走り出すハナエの背中を、ヨシュアは心配そうに見送った。



   ***



 客室の前で、ハナエは一度深呼吸する。


 思い切ってドアを叩いたハナエの前に、男が姿を現した。

 背が高く、整った顔立ちをした青年だ。彼は無表情のまま言った。


「何か御用か」


 冷たい瞳に気圧されそうになりながら、ハナエは口を開く。


「景山さん、いますか? 会いたいんですけど」


 青年は黙ったまま体を下げると、扉を開く。どうやら入ってもいいらしい。

 ハナエは「お邪魔します」と言ってから、部屋へと足を踏み入れた。


 中央のテーブルの上では、いくつもの蝋燭ろうそくが炎を揺らしている。


 部屋の片側には長椅子が置かれ、その上に足を投げ出して、男がひとり座っている。ヨシュアの言った通り、長いあごひげを生やしている――この男が監視役か。今もハナエをじろじろと値踏みするように眺めている。第一印象からして嫌な男だった。


 景山はテーブルのそばの椅子に、ひとり座っていた。


「城田さん、何か用?」


 景山は感情のこもっていない声で言った。それはハナエを警戒しているというよりも、従者二人を信頼していないように見えた。どちらにせよ、ここで話をするわけにはいかない。


「景山さん、ちょっと散歩に行かない?」


「散歩?」


 景山はけげんな顔をしている。


「中庭でバラが咲いてるんだって。今日は月も明るいし、散歩したら気持ちいいと思うなあ」


 だが、景山が答える前に、背後からバカにしたような笑い声が聞こえた。


「ハッ! 気楽なものですなァ、騎士様は」


 ムッとして振り返ると、あごヒゲの男が見下したような笑顔で立ち上がった。


「しかし困りますなあ。我々は遊びに来たわけではないのですよ、貴女と違って。なあ、お前もそう思うだろう、ゴウト」


 ゴウトと呼ばれた青年は何も答えず、ただこちらをじっと見ているだけだった。その様子に、あごヒゲは不服そうに鼻を鳴らしたが、意地の悪い笑顔でハナエに向き直る。


「しかもねぇ、貴女は白の騎士でしょうが。我々からしてみれば敵ですからねぇ。そんな簡単に……」


「いいわよ」


 つらつらと続くつまらない言葉をさえぎって、景山はすくっと立ち上がった。


「行きましょう、城田さん」


 そう言うと、景山はさっさと扉へと歩き出す。


「黒の騎士よ、おひとりで行かれるのか」


 扉の前でゴウトが訊ねる。景山は「ええ」とだけ答えると、ドアを開けて出て行ってしまった。


「すぐ戻りますから! ちょっとだけ!」


 ハナエはそう言い残すと、景山を追って廊下へと飛び出した。



   ***



 白の王城は緑が豊富だ。城内のいたるところで、手入れの行き届いた花々が美しい姿を見せている。


 中庭は、その最たるものだった。庭園として作り込まれた花壇の計算された配置。植栽された木々の見事な重なり。足元を彩る愛らしい草花たち。夜露にぬれた花びらが月明かりに照らし出され、まるで自ら輝いているようにさえ見える。


 中でも圧巻だったのは、やはりバラの花だった。

 白の王城にちなんで淡い色が多いが、それでも、白、クリーム、ピンク、紫……中には緑がかったものまである。こんもり茂った低木にも、つるがからみついたアーチにも、あふれんばかりのバラの花。夜風が軽く吹くたびに、高貴な香りがあたりに漂う。


 庭園の中央に置かれたテーブルと、三脚の椅子。

 ハナエと景山は椅子に座って、あたりの光景を見回していた。


「すごいわね」


 景山の口からため息がこぼれる。


「あたしも、ここに来るのは初めてなんだ。こんなにすごいと思わなかった」


 ハナエが笑う。けれど景山は硬い表情のままで、ぽつりとつぶやいた。


「……この国には、花が咲くのね」


 意外なその一言に、ハナエは首をかしげる。


「黒の国には、花が咲かないの?」


「鉱石の含有量が多すぎて、草花はあまり育たないのよ」


「そうなんだ」


 景山は、あらためてハナエに向き直ると、言った。


「それで、私に何の用?」


「用っていうほどでもないんだけど……これ、もらったんだ。一緒に食べない?」


 ハナエがポケットからクッキーの包みを取り出すのを見て、景山は少し険しい表情になる。


「そんなのはどうでもいいから、さっさと要件を言ってくれない?」


「えっ?」


「もういい、こっちから聞くわ。国内の異変について、調査に行ってたそうね。王女様のご病気について、何かつかめたの?」


「それはまだ、わからない」


 ハナエの力ない言葉に、景山の目がきつく吊り上がる。


「じゃあ、作物の不作については? 原因の目星はついたの?」


「それも、今調べてるところで……」


 バン!


 景山の手のひらが、テーブルを思い切り叩く。

 鋭い目でハナエをにらみ付けると、景山は苛立ったように口火を切った。


「何をやってるの! あなた、本当に騎士の自覚があるわけ? 何のためにこの国に呼ばれたと思ってるのよ! 何もつかめないままで、よくのこのこと戻ってこれたわね! 国に危機が迫っているっていうのに、何をのんびりしてるんだか……王様や王女様のお気持ちも知らないで、無責任だと思わないの?」


 それだけ一息に言うと、景山は苛々(いらいら)と爪を噛んでいる。

 ハナエは静かに口を開いた。


「景山さんは、どうして白の国に来たの?」


「和平条約を結びに来たに決まってるでしょう? 今は国同士で争ってる場合じゃないのよ、それくらい分かるでしょう!」


「そうなんだけど、どうして急に? 白の国と黒の国は、緊張状態が続いているって聞いたけど」


「あなたねぇ……!」


 苛立ちが頂点に達したらしい。

 景山はハナエに掴みかかる勢いで怒鳴りつけた。


「これまでそうだったから、問題だらけなんじゃないの! 変えていかなきゃ、何も変わらないじゃない!」


 景山は大きく息を吐くと、ギリッと唇を噛みしめる。


 ハナエは、指先で何かを書くような動作をしながら、景山の苛立ちをじっと見据えていた。

 それから一度視線を落とすと、ぽつりと言った。


「景山さんは、王様を助けてあげたいんだね」


 その言葉に、景山は一瞬目を見開いた。

 戸惑ったように顔を上げる。


 あれほど怒鳴り散らしたのに、目の前のハナエは笑っていた。


「私に怒ってるっていうより、自分や周囲にイライラしてるみたいに見えるよ。うまくいかなくて、焦れてる」


 ハナエは景山の瞳をじっと見つめる――その目の奥が揺れている。

 一度ゆっくり息をしてから、ハナエは静かに口を開く。


「私も、王女様を助けたいよ。この国の人たちを助けたい。私も今、みんなとがんばってるところ」


「みんな?」


「えっと……こっちで友達になったひとたち」


「……そう」


 リー、リー、リー

 どこかで、虫の声がしている。


 大きな月が、バラの庭を煌々(こうこう)と照らす。花だけでなく葉も、棘に覆われた茎をも照らし出す。おとぎ話のワンシーンのような舞台で、ハナエはただ、景山をじっと見つめていた。


 月光に洗われたような黒髪はすべらかで、濡れたような艶が浮かんでいる。伏せた目もとには、長いまつ毛が影を落とす。

 への字に固く結ばれた唇がふいに開くと、景山は言った。


「……ごめん、言い過ぎた」


 景山はハナエの顔を見てから、もう一度「ごめん」と頭を下げた。


「城田さんの言う通りよ。私、焦ってるんだわ――何もできない自分に苛々してる。だからって、こんなの八つ当たりよね。あなたは何も悪くないのに、本当にごめんなさい……」


 ハナエはわざと、少し顔をしかめてみせる。


「じゃあさ、あたしのお願いをひとつ聞いてくれる?」


「いいけど……何?」


 ちょっと不安そうな顔をした景山の目の前に、ハナエは包みを差し出した。


「これ、一緒に食べてくれるよね?」


 そう言って、ハナエはニッと笑う。

 景山は少しはにかんで、うん、と頷いた。




「城田さんには、こっちに友達がいるのね」


「うん。喧嘩もするけどね」


「いいなあ、うらやましい」


「えっ?」


「あたしね、向こうで信頼できるひとっていないんだ」


「そうなの?」


「黒の国は軍が強くて、王様と対立しているの」


 景山は肩を落として、ため息交じりに言葉を紡ぐ。


「王様は戦争をしたくないの。平和を守りたいのよ。でも、軍部は戦争をして白の国を征服したいと思ってる。そんな中で王様がね、私を白の国に遣わしたのよ」


「王様が?」


「そう。自分の呪いのことより、民が戦に巻き込まれるのを避けたいって。あなたの言った通りよ。私、王様をお助けしたいの」


「……王様って、どんなひと?」


「美しい人よ――見た目も、心も。でも、いつも悲しそうな瞳をしておられるわ。魔女の呪いに聴覚を奪われてしまってから、とても気落ちなさっているの」


「えっ、耳が?」


「ええ。それでも、突然この世界に来た私に、あの方はとても優しくしてくださった。なのに私はまだ、何もできなくて……黒の騎士に選ばれたっていうのに、情けなくて……」


「そんなことないよ。「変えていかなきゃ、何も変わらない」って言ってたじゃない。景山さんのおかげで、これまでにらみ合ってきた国が手を結ぼうとしてる。敵国に来るなんて怖かったと思うけど、すごいよ」


 ハナエの言葉に、景山は照れたようにはにかむと、ありがとう、と小さく言った。


「……ねえ、城田さん。下の名前、なんていうの?」


「ハナエ」


「ハナエ、か。私は綾。アヤって呼んでよ」


「う、うん」


「それと、さっきは本当にごめんなさい! 前言撤回する、白の騎士がハナエでよかった」


「あ、あたしも!」


 ハナエは弾かれたように立ち上がる。


「あたしも、黒の騎士がアヤでよかったって思ってる!」


 思わず声が上ずってしまう。


 教室では手の届かない存在だった彼女が、今は目の前にいて、名前を呼んでくれるなんて――はしゃいでいる場合ではないけれど、心が躍り出してしまいそうだ。


「ふふ、嬉しい」


 アヤは微笑んで、右手を差し出す。

 ハナエはその手をしっかりと握り返した。


(きっとうまくいく――あたしたちが、ふたつの国をきっと救うんだ)


 やがて、クッキーを片手に、ふたりの騎士は和やかに話しはじめる。


 そんな姿を遠くから見ていたヨシュアは、安心したように一息つくと、その場から離れて歩き出した。


 時は真夜中――ほどなく、満月が空の真上にさしかかる頃合いであった。

次回は3/21の夜に更新予定です。

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