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19.嘘と誓い

 アデルの宣言通り、三日後には分析結果が出た。


「やはり、かなり土地が痩せていますね」


 アデルはびっしりと数字で埋め尽くされた紙を、テーブルに並べて言った。


「栄養分が少なくなってるてこと?」


 紙を眺めてみたものの、ハナエには意味が分からない。ハナエの問いかけに、アデルは軽くかぶりを振った。


「正確には、奪われている、と言った方が正しいでしょう。土壌に栄養分を抱え込む力はあるのですが、強制的に何かに奪われているような感じですね。土の組成が変わってしまったというわけではないです」


「植物の方はどうだった?」


「同じです。植物体そのものの変異ではなく、土の栄養が足りていないために、収穫量が落ちてしまっているのでしょう」


 アデルは説明しながら、手際よく試験道具を洗っていく。ハナエはその背中を見ながら、ふと浮かんだ疑問を口にした。


「『外の森』は元気に見えたけど、あっちはどうなってるのかな」


 ヨシュアは椅子に座ると、からかうように口を開く。


「ばーか。あんな妙な森に生えてるモンなんて、普通の植物と違うに決まってんだろ」


「でも、土から生えてることに違いはないでしょ?」


 ハナエが唇を尖らせていると、アデルが振り向いて言った。


「ハナエ様の疑問は正しいと思いますよ」


 濡れた両手を布で拭いながら、アデルも椅子に腰かけた。


「畑地ではない土地――街道脇の土を比較したのですが、栄養分の減り方が穏やかであることが分かりました」


「どういうこと?」


「栄養分の失い方は、均一ではない。畑地から進んでいるということです」


 けれど、その理由まではアデルにも分からないようだった。


 ハナエは鉛筆を持つと、メモ帳を開いた。

 リペルまでの旅で分かったことを、思いつくままに書き出してみる。


――――――――――――――――――――――

・王女様の病気の原因は、不明のまま

・不作の原因は、土地の栄養欠乏の進行(奪われている?)

・鉱石の質も落ちている(黒の国にも影響?)

・『外の森』でときどき変な雲が現れる(三年前くらいから。不作に関係あり?)

・王城へ送られる作物のうち、二割を王都の市場へ流した者がいる(人々を安心させておくため?)

・尾行してきた奴がいる(王都で噂を流した奴と同一人物?)

・子どもをさらって連れ去っていた奴がいる(魔女の弟子?)

・『あの方』=魔女の弟子は、ヨシュアの剣で大けがを負っている

―――――――――――――――――――――――


 ハナエは自分で書いた文字を読みながら、うーんと首をひねった。


「進展があったのかどうなのか、分かんないね」


「間違いなく、進展はありましたよ。かなりのことが分かりました。まずは第一歩、成果ありです」


 アデルは力強く頷く。その様子に、ハナエは安心したように笑った。


「で? 次はどうするつもりなんだよ」


 ヨシュアが聞くと、アデルは少し考えてから口を開いた。


「やはり『外の森』の調査でしょうね。土の成分も調べたいですし、何より黒い雲の発生した方角へ行ってみない事には……」


「だったら、もう少し人数がいたほうがいいな。何があるか分かんねえ場所だし」


「ええ。とりあえず、今は王都に戻るべきでしょうね」


 これ以上はここで考えても仕方ない。

 三人は明日、白の王城へと戻ることに決めた。



   ***



 翌日は、朝からよく晴れていた。


 村の人たちにあいさつ回りをしてから出発するつもりだったが、その必要はなかったらしい。

 ドアを開けたハナエが見たのは、宿舎前に詰めかけた人だかりだった。


 何事かと目を丸くしているハナエの袖をぎゅっと握って、トトが申し訳なさそうにうなだれる。


「ごめん、ハナエ姉ちゃん。俺、うっかり「姉ちゃんが白の騎士だ」って言っちゃったんだ……」


 バムじいが大きな手で、ハナエの肩をバシンと叩く。


「何だよ、水くせえ! 先に言っておけってんだ!」


 チーズ屋のおかみさんもニコニコ笑っている。


「そうだよ、あんた。大変な使命を背負ってるんだから、せめてあたしたちにできることをしてあげたかったのに」


 そうだそうだと、皆が頷き合っている。

 その表情は明るく、希望に満ちている。白の騎士が現れたのだから、この不作ももうすぐ終わるはず――誰もがそんな顔をしている。


 ハナエは思った。


 アデルみたいに頭が良いわけでもなく、ヨシュアのように腕が立つわけでもない。それどころか、足を引っ張っていることの方が多い自分。


 そんな自分でも、存在することでみんなの希望になるなら。

 みんなの気持ちが明るくなるなら――。


「みなさん、ありがとうございます!」


 ハナエは朗々と響く声で言った。


「白の騎士の名に懸けて、必ず不作の謎を解き明かし、みんなの生活が元通りになるようにします! だからもう少し、どうかがんばってください!」


 ワッと観衆が沸き立つ。

 ハナエは堂々とした笑顔で、周囲の人々に大きく手を振った。本当は膝が震えていたけれど、誰にも気づかれていないはずだ。


(ああ、あたしは嘘つきだ……そんな大それたことなんて、できる気がしないのに)


 けれどハナエは笑う。

 泣くのは馬車が走り出した後だ。そう心に決めていた。





 走り出した馬車はリペルの村を後にして、坂道を力強く登っていく。


(ここまで来たら、もういいかな)


 ハナエは深く息を吐いた。気を緩めた瞬間に、じわっと涙がにじんでくる。


「ハナエ様」


 アデルがいたわるように言葉をかける。


「先ほどはご立派でした。リペルの皆はきっと、心に希望を持てたでしょう」


「……最低だよね、できもしない約束をしてカッコつけるだけで、結局ふたりに頼りっぱなしにくせにさ」


 ハナエの言葉が終わらぬうちに、ヨシュアが隣に腰かける。

 そして、ハナエの頬をぎゅうっとつまんだ。


「痛たたた! 何すんのよ」


「めそめそしてんじゃねえよ、今は嘘でもいいだろ」


 顔をしかめるハナエに向かって、ヨシュアはにやりと笑ってみせた。


「お前の嘘、俺が本当にしてやるよ。だからお前は、お飾りとしての務めを果たせ。いいな?」


「お飾りって……」


 分かっている。けど、そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない――ハナエはうつむいてしまった。が、突然アデルがくくっと笑いだした。


「ハナエ様、落ち込むことはありません。ヨシュア様は、自分が守ってやるから安心しろと言っているんですよ」


「おい、アデル! 勝手なこと言ってんじゃねえよ!」


「はいはい。申し訳ございません、ヨシュア様」


 アデルは笑いながら頭を下げた。

 だが、ヨシュアは苛立った様子で腕を伸ばし、乱暴にアデルの胸ぐらをつかみ上げた。


「アデル! てめえは、いいかげんにその『様』ってのをやめろ!」


 突然の出来事に、アデルはあっけにとられている。ヨシュアは手を離すと、そっぽを向いてこう吐き捨てた。


「次に『様』付けで呼んでみろ、ぶっとばすからな!」


 今度はハナエが噴き出した。

 そして、ぽかんとしたままのアデルに教えてあげた。


「ヨシュアが、アデルと友達になりたいってさ」


 向こうを向いたままのヨシュアの耳が、真っ赤に染まる。


「ハナエ! てめえも勝手なこと言ってんじゃねえ!」


「はいはい、分かった分かった」


「ちっとも分かってねえ!」


 ゴトゴトと揺れながら、荷馬車は走る。

 帰りの道程は、至って穏やかだった。


 天気も良く、もちろん賊も出てこない。

 馬車は王都へ向かって、軽快に走り続けた。



   ***



 王都についたのは、リペルを出発して二日後であった。

 城門に足を踏み入れてから、異変に気付いたのはアデルだった。


「どうも皆に落ち着きがないようですね。何かあったのでしょうか」


 言われてみると、兵士たちがどうも浮足立っている。そわそわと落ち着きがなく、何か別のものに関心を持っていかれている様子だ。

 ヨシュアもいぶかし気に周囲を見回している。


「おお、白の騎士殿! お戻りになったのですな!」


 聞き覚えのある大声がして、ハナエは振り返った。

 鎧を着た大柄な男が、人なつっこい笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。


「ただいま、ガルシアさん!」


「聞きましたぞ、人さらいの賊を退治したとか。さすがは白の騎士殿! すばらしいご活躍ですな!」


 ガルシアはそう言って、廊下の端まで届く大声で笑っている。ハナエはその音圧に押されつつも、何かあったのかと訊ねた。


「おお、そうです。ちょうどよかった! 白の騎士殿、今すぐ謁見の間へとお越しください」


「えっ、どうして?」


「今朝、黒の国より勅使ちょくしが到着したのです。そのうちのひとりが、黒の騎士だと申しておるそうで――」


「黒の騎士――?」


 三人は顔を見合わせる。

 ふいに木々をざわめかせ、冷たい風が吹き抜けていった。

次回は3/19の夜に更新予定です。

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