表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

15.リペルの村

 馬のいななきが聞こえて、ハナエは目を覚ました。


 あのまま焚火のそばで眠ってしまったハナエを、ヨシュアが部屋まで運んでくれたのだろう。ハナエは長椅子から身を起こす。

 外からは小鳥の歌と、明るい笑い声が聞こえてくる。


(みんな、外にいるのかな)


 ハナエは立ち上がると、扉のほうへと足を向けた。




 外には、見覚えのある荷馬車が止まっていた。


「よう、姉ちゃん! 無事だったか!」


 都からハナエ達を乗せてくれた、あの馭者ぎょしゃだ。


「おじさん!」


 ハナエは思わず馬車に駆け寄っていく。


「おじさんも無事だったのね、よかった」


「おう、あんたたちのおかげでな! こいつらも無事よ。まったく、感謝してもしきれねえぜ」


 馭者は顔をくしゃくしゃにして笑いながら、栗毛の馬の鼻面を撫でた。馬はされるがままで知らん顔をしている。


 荷台の影から、アデルが顔を出した。


「ハナエ様、おはようございます」


「おはよ、アデル! 足の具合はどう?」


「傷口はなんとか付いてくれたようです。無理をしなければ大丈夫ですよ」


 そう言ってアデルは笑う。言葉の通り、顔色はだいぶ良くなったように見える。


「起きたのか、ハナエ」


 アデルの後ろから、ヨシュアの長身がぬっと現れた。こちらはずいぶん眠そうだ。徹夜で見張りをしていたのだから当然か。


「おはよ、ヨシュア」


「おう」


 ヨシュアは大きくあくびをしながら、周囲をきょろきょろと見渡した。


「ガキどもはどうした」


「あたしが起きたときは、部屋にいなかったけど」


「あの野郎、逃げちまったか」


 ヨシュアがチッと舌打ちをしたとき、建物の扉が勢いよく開いた。


「待てって! 置いて行くなよ!」


「トト!」


 トトは弟たちの手を引いて、ヨシュアの前まで駆けて来る。

 アデルはニッと笑った。


「決めたのですね」


 トトは頷くと、挑むようにヨシュアを見上げた。


「俺、リペルの村へ行く。許してもらえるように謝って、何年かかっても罪を償うよ。弟たちが心配だけど、村の人たちになんとか頼んでみる。どこまでできるか分かんねえけど……俺、このままの自分でいたくない!」


「……さっさと乗れ。行くぞ」


 ふいっと背を向けたヨシュアに変わって、ハナエはトトの背中をぽんと叩いた。


「素直じゃないからね、ヨシュアは」


 アデルは荷台に登ると、トトに手を差し伸べる。


「さ、行きましょうか」


「……おう」


 トトはその手をぎゅっと掴むと、荷台に飛び込んだ。


 子供たちを全員乗せて、最後にハナエが乗り込む。

 狭い荷台は満員だ。馭者は楽し気に声を張り上げた。


「当馬車はリペル行きィ! 振り落とされないよう、ご注意くださぁい! しゅっぱーつ!」


 木の車輪が、ごろりと動き出した。



   ***



 リズミカルに足音を立てながら、馬たちが少しずつ速度を上げていく。

 それにつれて、うっそうと茂った暗い森に少しずつ明るさが増していく。


 だんだんと木漏れ日がさし込みはじめ、日に透ける緑の葉が光の粒を弾く。頬をかすめてそよ風が吹いていく。


 あんなに怖かった森はすっかり表情を変え、今は心躍るような緑のトンネルだ。

 ハナエはきらきらと降り注ぐ木漏れ日を眺めていた。


 そんな時だ。

 突如、光が降ってきた。


 ハナエは反射的に目を閉じる。

 次にゆっくり目を開くと、視界いっぱいに広がっていたのは一面の青空だった。


「わあっ!」


 馬車の揺れがおだやかになる。見ると、ヨシュアと子供たちはぐっすり眠っている。アデルは起きていたようで、ゆっくりと身を起こした。


「見えたぜェ、リペルの村だ!」


 馭者が景気よく呼びかける。ハナエはアデルと並んで荷台から身を乗り出した。


 わだちの残る道が、なだらかに下りのカーブを描いている。その両側に広がっているのは、色とりどりの広大な農地だった。


 金色、茶色、黄緑、クリーム……中には真紅の区画もある。それぞれの作物が、ちょうどセンスのいいパッチワークのように地面を塗り分けているのだ。それらが空の青と競い合うように、鮮やかに大地を彩っている。


 ところどころに、とんがり屋根の風車が建っている。ゆったりと回る羽根が、時間の流れを表しているようだ。

 鳥が一羽、すべるように青空を横切っていく。吹き渡る風からも、香ばしい穀物のにおいが漂ってくる。


 道のずっと先には、円柱形のずんぐりした建物がいくつも並んでいる。あれが村の居住区なのだろう。


「どうだい、すげえだろう?」


 馭者は、まるで自分のことのように自慢げに言った。


 とっさに返事が出てこない。それほどまでに、目の前の景色は雄大だった。アデルも圧倒された様子で、感極まったようなため息を吐くばかりだ。


「あとちょっとさァ。さあ、行こうか!」


 ハナエが頷くと、馬車は再びスピードを上げた。



   ***



 村の建物は皆、同じようなずん胴の円筒形をしていた。灰色の石造りで素朴な印象だが、それがいくつも並んでいる様子は、どことなくかわいらしく見える。

 小さいながら市場もあるようだ。だが、天幕を張った店先には誰もいない。


「どうしたのでしょうか」


 アデルも不思議そうな顔をしている。


 しばらく村の中を進んで、馬車はゆっくり止まった。

 ひときわ大きな円柱が3つ、くっつきあうような形でそびえ立っている。その入り口付近に、大勢の人々が集まっていた。


「さあ、着いたぜ! ここがリペルの駐屯地……うわぁ!」


 馭者の言葉を遮って、集まっていた人の群れが一斉に押し寄せ、荷台を取り囲んだ。


「リーシャ! 無事だったか?!」

「ロイくん、ケガはない?!」

「ああ、よかった! 子どもたちは無事だわ!」


 口々にわが子の名を呼び、手を伸ばして抱きしめる。涙が、歓声が、叫び声が、狭い荷台を駆け巡る。その中でかき回されつつも、ハナエも自然と頬が緩んでくる。


「ほらほら、みなさーん。ちょっと下がってくださいよ。お城の兵隊さんたちがつぶれちゃいますよー」


 奥の建物から出て来た若い兵士が、村人たちを荷台から引き離してくれた。


「長旅でお疲れなのに、大騒ぎしてすいません。僕はリペル駐屯兵のハンスといいます」


「近衛隊のアデルバード=ガーラントと申します。こちらは王女様のお客人で、ハナエ様とおっしゃいます」


 ハナエが頭を下げると、ハンスは少し緊張した顔で会釈を返す。


「ヨシュア殿からお伺いしております。アデルバード殿は賊と交戦した際、足にお怪我をなされたとか」


「ええ、しくじりました」


 アデルは「あはは」と笑っているが、まだ足の腫れは引いていない。見ているだけで痛いのか、ハンスのほうが顔をゆがめている。


「なんとまあ……何もない田舎ですが、ゆっくりお体を休めてください」


「ありがとうございます。お世話になります」


 ハンスの手を借りて、アデルは荷台から降りる。続いてハナエも、やっと地面に降り立った。これまでずっとゆられていたせいか、まだ地面がぐらぐらする気がする。


 ヨシュアは大きくあくびをすると、トトを抱えて荷台から飛び降りた。それからヨシュアとハンスで、子どもたちを次々に降ろしていく。


 全員が荷台から降りたのを確認すると、馭者は改めて深く頭を下げた。


「あんたらは命の恩人だ。本当に何度礼を言っても足りねえよ」


「おじさんこそ、ここまで運んでくれてありがとう」


「お安い御用さ! また王都に戻るときは声かけてくれや。じゃあ、またな!」


 馭者はちょっと寂しそうに笑うと、手綱を引いた。馬車はUターンすると勢いよく走り出す。

 それを合図に、集まっていた村人もゆっくりと散りはじめた。


「さて。ひとまずお部屋に案内しますね。あ、アデル殿あての荷物も届いていましたよ」


 そう言いながら、ハンスが歩き出そうとした時だった。


「ちょっと待ってくれ!」


 転がるように飛び出したのは、硬い表情のトトだった。

 きょとんとした顔のハンスの前で、トトは少しのためらいの後、地面にひざをつくと深く頭を下げた。


「俺……この村で盗みを働きました!」


 立ち去ろうとしていた人々が立ち止まる。

 しんと静まり返った広場で、トトの震える声だけが響いている。


「かならず、償います。なんでもします。だからどうか、俺に仕事をください。お願いします、村においてください。雨をしのげたらどこでもいいです。お願いします、お願いします!」


「やれやれ、困ったな」


 ハンスはその場にしゃがむと、トトの顔をのぞき込んだ。


「盗みを働いたって、それはいつのことだい?」


「去年の冬、食べるものがなくなって……」


「盗んだものは何?」


「パンとチーズ、ハムも」


「困ったなあ」


 ハンスは本当に参った様子だった。眉毛が八の字になっている。


「どうしたんですか?」


 たまりかねてハナエが訊ねると、ハンスは立ち上がって言った。


「被害届が出ていないから、盗んだと言われても困るんだよね」


「え?」


 ハンスは村人の集団に向かって声を張り上げる。


「おーい! バムじい、ちょっと来てくれ!」


 一人の老人が、険しい顔をしてこっちへ歩いてくる。

 老人と言っても背はしゃんと伸び、恰幅かっぷくの良い体格は弱々しさなど微塵みじんも感じさせない。ふさふさのヒゲだけが年齢相応に白いけれど、ぎょろっとした灰色の目は命の力に溢れている。


「なんじゃ、ハンス。お前もやかましい男じゃの」


「この子が去年の冬に食べ物を盗んだっていうんだけど、記憶あるかい?」


「なんじゃと?」


 バムじいにギロッと見つめられて、トトはびくっと肩を震わせた。けれど、逃げずにしっかり目を見返すと、深く頭を下げた。


「ごめんなさい。大事な品物を盗んだこと、本当にごめんなさい」


 細い肩が震えている。バムじいはトトをじっと見つめていたが、やがて口元を緩めて言った。


「盗んだ? はて? なんのことかの」


 驚いて顔を上げたトトが見たのは、老人の包み込むような笑顔だった。


「おお、新作パンの試作品のことかの? あれなら、誰かに試食してもらおうと思って、店先に置いていたものじゃよ」


 バムじいの後ろから、ふくよかなおばさんがひょこっと顔をのぞかせた。


「あら、うちは変わったフレーバーのチーズを作ったんだけど、作りすぎちゃったのよね。捨てるのももったいなくて、誰か食べてくれたらいいなと思っておいていたの」


「ウチのハムは、ちょっと古くなったヤツを売り場から下げたんだよ 自分で作った食べ物を捨てるのが忍びなかったんだけど、一人で食べきれる量じゃなかったし、持って行った奴は腹壊してなきゃいいけど」


 駆け寄ってきたおじさんも、そう言って笑う。

 いつの間にか、トトの回りには村人たちの輪ができていた。誰もがニコニコ笑っている。


「どうして……?」


 そうつぶやいたトトの目には、涙が浮かんでいた。

 ハム屋のおじさんが、トトの肩をばしんと叩く。


「坊主、味はどうだったよ」


 トトは擦り切れた袖で、ごしごしと顔を拭った。


「うまかったです、最高に」


「だろぉ?」


 叔父さんが自慢げに言うと、人々がどっと笑った。

 バムじいが改まった声で、トトに言う。


「おまえさんたち、孤児か」


「うん」


「行くとこがないなら、ワシらを手伝ってくれんかの」


「手伝う?」


「おう。この村は農地の割に人が少なくてなあ 村の子どもたちもみんな仕事を手伝っておるが、いかんせん手が足りん おまえさんたち、行くところがないなら、この村で手を貸してくれや 高い賃金は払えんが、住むところと食うことぐらいは保証するぜ。どうだい?」


 トトは声にならない声を上げて、泣き出してしまった。地面に座り込み、深く頭を下げる。


「ありがとう……ありがとうございます!」

「おい、男がそんな簡単に頭を下げるもんじゃねえ。男が頭を下げるのはな、嫁さんをもらうときと、嫁さんを怒らせた時だけよ! ほら、顔を上げな」

 バムじいが笑いながら、トトの手を引いて立ちあがらせる。弟たちは泣きながら、バムじいの周りにわっと駆け寄ってきた。


「じいちゃん、ありがとう!」

「兄ちゃんを許してくれてありがとう!」

「ごめんなさい、パンうまかった!」

「チーズも!」

「ハムも!」


 バムじいはハナエたちに向き合うと、深く頷いた。


「お前らは、子どもたちを救い出してくれた恩人だ。何しに来たかは知らんが、俺たちは何だって協力するぜ。手伝えることがあったら、気軽に言ってくれ」


「ありがとうございます」


 アデルに続いて、ハナエも頭を下げる。


「じゃあ、子どもたちは俺についてきな。まずは住む家から用意しねえとな。さ、みんなは仕事に戻れよ!」


 バムじいの一声で、村人たちはぞろぞろと戻っていく。


 ハナエはヨシュアに駆け寄ると、小さく囁いた。


「もしかして、こうなることが分かってた――とか?」

「さあな」


 そっけない返事だが、ヨシュアの口元は、心なしかほころんでいるように見えた。

 ヨシュアは続けて言う。


「ここは王都から離れているから、物流の末端だろ? 病が流行る年なんかは、薬が間に合わなくて亡くなる人も多いんだ。だから孤児も多い。孤児の受け入れには慣れてるのさ。まあ、国内屈指の農産地だから、食料が豊かなのも理由だと思うけど」


「きっと大丈夫よね、トトは」


「さあね、どうだかな」


 口ではそう言いながらも、ヨシュアは明るい顔をしている。


「みなさんはこちらですよ。お部屋にご案内しますね」


 ハンスが手招きしている。

 ハナエたちは荷物を担ぐと、アデルを支えて歩き出した。

次回は3/15の夜に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ