13.潜入
日が落ちた森の闇に、いくつもの松明が揺れている。
「絶対に探し出せ! 捕まえて『あの方』に引き渡せば、一生遊んで暮らせる金が手に入るんだぞ!」
賊どもは十人近くいるだろうか。それぞれ武器を手にして、木々をかき分けながら必死の捜索を行っている。
「くそ……今日の夜中にも『あの方』が来られるってのに!」
リーダー格と見られる男が、苛立った様子で吐き捨てた。
その時である。
「ねえ、誰を探してるの?」
背後から、若い女の声が聞こえた。
「て、てめえは!」
「おっと、動かない方がいいわよ。あんたたちが何人いようと、あたしの敵じゃないんだから」
ハナエは白い剣を構えてみせた。
その刀身は淡い光をまとって、夜の森を仄かに照らす。
男たちはハナエを囲むように、じりじりと近づいてくる。
だが、あと一歩が踏み込めない。なにせ、伝説の剣の見事な一閃を見た後なのだ。うかつに近づけないのだろう。
ハナエはその様子を見て、ふんと笑った。
「ねえ、アンタが親分?」
「そうだ」
「だったら、取引しない? あたしを捕まえて、誰かに引き渡したいんでしょ? いいわよ、別に」
「……どういうつもりだ」
「昨日アンタたちが傷つけた、あたしの従者。彼の手当てをしたいけど、薬や包帯が足りないの。だからアンタたちのアジトに行って、彼の手当てをさせてもらう――それが交換条件よ。悪い話じゃないと思うけど?」
「このまま、力づくで連れていくと言ったら?」
「無理無理、白い剣の力を甘く見てるんじゃない? アンタたちじゃ相手にもならないわよ」
「どうかな。お前はその従者とやらが刺されるまで、何もできなかったじゃないか」
「白い剣は、鞘から抜いて力を発揮するまでに、少し時間がかかるのよ」
嘘である。
だが、賊のリーダーは「なに?」と焦った顔をした。
「だけど今はこのとおり、もう戦闘準備は万端よ」
ハナエは柄を強く握った。白い紋章が、その手の甲に浮かび上がる。
そのまま、ハナエは右手を横一閃に振りぬいた。
「うわっ!」
口々に上がる悲鳴と共に、あたりがフッと暗くなる。
目の前の松明だけではない。
とても切っ先が届かない位置の灯りさえ、その一太刀に切り裂かれて消えたのだ。
「ね? 分かったでしょ。アンタたちじゃあたしには敵わないって」
「……わかった、お前の条件を飲もう。だが、剣は没収させてもらうぞ」
「それも無理。白い剣はあたしから離れないもの。ほら」
ハナエはそう言うと、白い剣を男の足元へと投げ捨てた。
男が慌てて拾い上げようとした刹那、白い剣はいくつもの光の粒へと変わる。
大粒の白い光は、すぐにハナエの右手へと集う。ハナエがそれに触れると、光は一振りの剣へと姿を変えた。
「あんたたちが乱暴な真似をしなければ、あたしもおとなしくしててあげるわよ。さあ、どうする?」
男は少し黙っていたが、やがて自分の剣を鞘に収め、両手を上げた。
「わかった。お前の条件を飲もう。今夜遅く、ある方がお前を連れに来る。それまでアジトでゆっくりするといい」
「交渉成立ね。言っとくけど、従者に手を出したらこの取引はナシ。そのときは全員、覚悟してもらうから」
ハナエは鷹揚に頷くと、隠れていたアデルに合図を送る。
「親方、いいんですかい?」
「信用できますかね、あの娘」
「いいじゃねえか、向こうが乗ってきてくれたんだ。俺たちはあの方に引き渡せばそれでいいんだ。手段はどうでもいい」
賊たちも、さすがにためらっている様子だった。が、やがて剣をしまうと、新たな松明を灯して歩き出した。
「こっちだ、ついてこい」
リーダーの男が顎で示す。トトの住処とは逆方向のようだ。
「アデル、歩ける?」
「ええ。平気です」
アデルは木の棒を杖にしてなんとか立ち上がる。ハナエはアデルを守るように、剣を構えたまま歩き出した。
夜の森をしばらく歩くと、石造りのアジトが見えてきた。
中には数名の見張りがいるだけであった。白の騎士を探し出すために、ほとんどの人数を割いていたらしい。
リーダーの男が先頭に立って扉をくぐり、狭い廊下を歩いて行く。ハナエはアデルを先に行かせ、自分は背後から守るようについていく。
男は立ち止まると、突き当りの鉄のドアを開いた。
「この部屋を使いな」
「何よ、倉庫じゃない」
「今は牢がいっぱいでな。白の騎士には無意味だろうが、一応カギをかけさせてもらうぞ」
「どうぞ、ご勝手に」
「そこに薬箱がある。勝手に使え」
ハナエが部屋に入ったのを確かめて、男はドアを強く閉めた。
ガチャリと錠をかける音が響き、そのあとは静かになった。
アデルはドアににじり寄ると、耳を寄せて様子をうかがう。
「……見張りはいるようですが、大声で話さなければ聞かれることはないでしょう」
ハナエは大きく息を吐き出すと、その場にへたり込んでしまった。
「大丈夫ですか? ハナエ様、名演技でしたね」
「ずーっとドキドキしてたよ。嘘がバレちゃったらどうしようかと思って」
「ここまで来たら、もう大丈夫です。あとは『あの方』が来るまで、ゆっくりさせてもらいましょう」
「うん」
ハナエはアデルの側に座り直すと、格子窓から外を見上げた。
月が高い位置に見える。真夜中が近づいていた。
***
どれくらい時が経っただろうか。
突然、ガチャガチャと錠が鳴った。
「おい、出ろ。『あの方』がもうすぐお見えになる」
リーダー格の男が、そう言って扉をぐいと開いた。
ハナエとアデルは頷き合うと、男に続いて部屋を出た。
いくつもの蝋燭が揺れる広い部屋には、派手な調度品が陳列されていた。大きな壺や、獣の毛皮、天井まで届きそうな龍の彫刻など……左右対称に並んでいるあたり、一応のこだわりは感じられる。
「おい、ガキもそろそろ連れて来い」
「へい」
賊がふたり、部屋を出て行く。
玄関の扉が、ごとり、と音を立てた。
開いた扉から姿を見せたのは、背の高い人物だった。
黒いマントを羽織り、頭にはフードをかぶっているので、顔は分からない。
「ようこそお越しくださいました、今回はご連絡のとおり、白の騎士も捕らえております。それで、報酬の方ですが――」
リーダー格の男がすべてを言い終わる前だった。
フードの男が消えた。
いや、消えたのではない。
体をかがめ、一瞬で賊の間をすり抜けたのだ。
「ぎゃあああッ!」
耳障りな悲鳴を上げて、リーダー格の男が膝をついた。それに続いて、ほかの賊たちも次々に倒れていく。
「て、てめえ!」
「どういうつもりだ!」
マントがばさりと床に落ちる。
「悪いな、お前らのお客さんは来ねえよ!」
フードを脱いだヨシュアが、にやりと笑った。
ハナエはアデルを壁際に押しやると、その前に立って剣を抜く。
「手筈通りだね、ヨシュア!」
「んー、そうでもねえけど……まあ、それは後だ。とりあえずコイツらを片付ける」
「ちくしょう、だましやがったな!」
「てめえら、覚悟しろ!」
賊は口々に騒ぎ、武器を取って向かってくる。
だが、リーダーがやられた動揺からか、攻撃にまとまりがない。ただ数が多いだけでは、ヨシュアの敵にもならなかった。
賊の数は十数人。ヨシュアはたった一人で、そのすべてを制圧してしまった。
おかげで、ハナエは時折、敵の剣を弾くだけでよかった。
「よし、こんなもんかな」
ヨシュアがふう、と息をつく。
その直後、入口からトトが飛び込んできた。
「ハナエ姉ちゃん! 弟たちは?」
ハナエは笑いかけようとして、そして見た。
トトの後ろ。倒れていた賊が、斧を掲げて立ち上がったのを――。
「トト!」
ハナエはとっさに白い剣を掴む。
(トトを守って、白い剣!)
右手の甲が、輝いた。
トトとハナエの間は、四メートルほどあっただろう。
切っ先が届く距離ではない。
けれど。
斧の男は、その場に倒れた。
しかもたった一太刀で、足と手、そして斧の持ち手の三か所を切られて。
「くそっ……これが『白い剣』……なんて、恐ろしい……」
男はうめくようにそう言うと、気を失ってしまった。
「トト、無事……?」
「う、うん。俺は大丈夫……」
そう言いつつも、トトはへなへなとその場に座り込んでしまった。
「よか……った」
右手が重い。まぶたも、なんだか重い。
「ハナエ様?」
アデルの声がする。けれど――。
体がぐらりと揺れる。
(あれ? あたし――)
ハナエはそのまま意識を失った。
***
目を開けた。
壁際に、趣味の悪い調度品が並んでいる。
「あたし――」
自分はまだ、あの広い部屋にいるらしい。見たところ、賊の姿はなかった。
横になったままぼんやりしていると、肩に温かい手が触れた。
「ハナエ様、意識が戻りましたか? 僕が誰だか分かりますか?」
「うん。アデルでしょ」
「ええ、正解です」
アデルは安心した様子で笑った。
「あたし、どうしたの?」
「急に気を失って、倒れてしまわれたのですよ。気分はどうですか?」
「大丈夫、なんともない」
そこまで答えた後、ハナエはがばっと起き上がった。
「トトは無事? 賊はどうなったの? 子どもたちは? ヨシュアは? 敵の黒幕は? それから――」
「落ち着いてください。順番にご説明いたしますよ。けれど、その前に――」
アデルの指が、ハナエの目の下を軽く引っ張った。
「アデル?」
手首を取って脈を数え、額に触れて熱がないか確認する。
やがて手を離すと、アデルは「ふう」と息を吐いた。
「ハナエ様が倒れた原因は、恐らく白い剣の力を使い過ぎたせいでしょう」
ハナエが驚いた顔をすると、アデルは安心させるように笑った。
「心配いりませんよ、お命を削るようなものではないようです。少し休めば問題ないでしょう」
「そっかぁ」
ハナエの顔がほっと緩んだ。が、それをすぐに引っ込める。
「ね、トトは? 子どもたちは?」
「トトは無事ですよ。子どもたちにも怪我はありません。賊どもは全員、閉じこめておきました」
「よかった……」
「ヨシュア様は、事件をリペルの駐屯兵に知らせるため、賊の所有していた馬を使って村に向かいました。たぶんもうすぐ戻ってきますよ」
背後の床が、キイ、と小さく音を立てた。
「ハナエ姉ちゃん」
振り返ると、トトが申し訳なさそうに立っている。
「どうしたの、トト?」
「ごめん、俺のせいで倒れちゃったんだろ?」
「そんなわけないでしょ! それより、ケガはないのね?」
「うん」
トトは遠慮がちに部屋へと足を踏み入れる。後ろからは、小さな子どもたちがぞろぞろとついてきた。みんな、どこか不安そうな顔をしている。助かったという実感が沸かないのかもしれない。
「こっちの六人が、俺の弟と妹たち。そっちの五人は、よその村からさらわれてきた子たちだって」
「そっか……みんな、もう大丈夫よ! ねえアデル」
「ええ。もう心配いりませんよ」
アデルの優しい言葉で、子供たちの表情がやっと明るくなった――ひとりの少女を除いて。
「……あとふたり、いたはずなの」
少女はうつむいたままで、小さく口を開いた。
「ふたり?」
「うん、双子の男の子と女の子」
「おかしいですね、すべての部屋を見たはずなのですが」
少女はうなだれてしまった。足元に、ぽとりと涙の雫が落ちる。
「あの子たち、ずっとあたしを励ましてくれたの。大丈夫だよ、絶対帰れるよって。だからあたし、がんばれたの……なのに、あの子たちがいなくなっちゃうなんて」
ハナエは少女の顔をのぞき込んだ。綺麗な緑色の瞳に、涙がいっぱい溜まっている。
「もう一度、探してみようか」
ハナエが言うと、少女は「うん」と頷いた。
「アデルはいいよ。ここで座ってて」
立ち上がろうとしたアデルを制して、ハナエが言う。
「しかし、ハナエ様」
「足が痛いんだから駄目だよ。白の騎士の命令!」
アデルはぽかんとしていたが、やがてふふっと笑った。
「はい、白の騎士様。おっしゃるとおりにいたします」
「うむ!」
ハナエもふふっと笑った。
「じゃあ、探しに行こう! トトは向こうから探して」
「わかった! 一番奥の部屋には、賊を放り込んであるから開けるなよ」
「了解!」
トトは弟たちを連れて、ハナエは五人の子どもたちを連れて、部屋を探して回った。
けれどやはり、どの部屋からも双子の子どもたちは見つからなかった。
次回は3/12夜に更新予定です。




