表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/23

10.襲撃

 皆が眠っている間も、馬車は順調に走り続けていたらしい。

 ハナエが目を覚ました時、周囲はまるで違う景色になっていた。


 遠くまでなだらかな丘が続き、一面に広がる金色の穂が風に波打っている。

 高く澄んだ青空の下、明るい日の光が草原に反射してきらめいている。


「すごい……きれい」


「このあたりは田園地帯のようですね――見てください、あの美しい麦の穂を! なんと豊かな土地なのでしょう」


「あ、アデル。おはよう」


 だが、それには答えずに、アデルは目を潤ませてハナエを見つめている。


「ど、どうしたの?」


「僕、このような景色を見たのは初めてです! 僕の暮らす国がこんなに美しいなんて、これまで知りませんでした」


「そっか、アデルはお城の外に出たことがなかったんだっけ」


「はい! このような景色を見られたのも、ハナエ様のおかげです。ありがとうございます!」


「そんな、大げさだよ」


「いいえ!」


 アデルはうっとりと周囲を見渡した。


「あなたに出会えなければ、僕はこの景色を見ることはなかった――もっと見たい。この世界の姿を、もっと見てみたい――ああ、いけませんね、欲が出てきてしまいます」


 ハナエはふふっと笑った。


「もっと見られるよ。だって、この先もまだまだ付き合ってもらうんだから。ちゃんと事件が解決するまで、一緒にいてもらうんだからね!」


「……それ、俺も?」


 樽の影から、のそりと大きな体が起きる。


「あっ、ヨシュア。おはよう」


「朝から元気だね、お前ら」


 馬車がスピードを落とす。馭者ぎょしゃが振り返ってニカッと笑った。


「よう、みんな起きたな。そろそろ朝飯にしようか」


 三人は頷くと、止まった馬車から飛び降りた。




 そうやって何度かの休憩をはさみながら、馬車は快適に走り続けた。


 田園地帯を抜け、森の小道へと乗り入れる。この森を超えれば、リペルの村はもう目の前だという。


「このぶんだと、少し早めに到着できるかもしれませんね」


「どうだかな」


 ヨシュアの表情が厳しくなる。

 薄暗い森に、夜が迫っていた。



   ***



 うっそうと茂る森は、夜の訪れとともに色彩を失っていく。

 影絵のような木々の枝がひどく不気味に見えて、ハナエはぞくりと肩を震わせた。


「ハナエ様、大丈夫ですか」


「うん、大丈夫」


「不安ですか?」


「……うん」


「何かあったとしても、ヨシュア様から離れないでくださいね」


 アデルが優しくそう言ったが、ヨシュアはめんどくさそうにため息をつく。


「おい、なんで俺なんだよ。お前が面倒見ろよ」


「僕よりあなたの方が頼りになるからです」


「他の奴を頼る必要なんかねえだろ、コイツは自分で戦えるんだから」


「そういう問題ではありませんよ」


「はぁ? めんどくせえな」


 ――その時であった。


 がくん! と、馬車が大きく揺れる。

 沈黙の森に、馬のいななきが響き渡った。


「――やっぱり来やがったか」


 ヨシュアはすばやく剣の柄に手をかける。


「ひ、ひぃぃっ!」


 馭者が声にならない声を上げる。

 暗がりの中、剣を抜く音がいくつも聞こえた。


 ヨシュアは木箱を思い切り蹴り飛ばすと、そのまま荷台から飛び出した。


「ハナエ様、こちらへ」


 アデルはハナエの手を取ると、荷台の裏へと回る。

 ヨシュアは剣の腹で馬の尻を打つと、大声で叫んだ。


「行け!」


 馭者は無我夢中でむちを振る。馬車はあっという間に森の奥へと消えた。


 1、2、3……全部で6人の人影が、じりじりと三人に近づいてくる。


「馬車を追わねえってことは、荷物や金が目的じゃないってことだ。狙いは俺たちか?」


 賊はそれには答えず、一斉に襲い掛かる。


 ――だが。

 あっという間に勝負はついた。


 ヨシュアの鋭い剣が、賊どもの合間を縫って走り抜ける。

 賊はなすすべもなく、うめき声を上げながら次々と倒れていく。


「すごい、強いのね」


「別に。こいつらが弱いだけだろ」


 ハナエの問いに息も乱さず、ヨシュアは倒れている男を見下ろしている。


「ヨシュアって、てっきり口だけ偉そうなんだと思ってた。ごめんね」


「お前……!」


 にらみ合うふたりの横で、アデルはしゃがみ込むと、賊の一人の肩を掴む。


「さて、あなたたちの雇い主について、話してもらいましょうか」


 そのときアデルは気づいた――男の視線が、ほんの少し逸れたことに。


「後ろです! まだいる!」


 暗がりで、白刃がひらめいた。

 剣がぶつかり、火花が散る。


「くそ!」


 現れた三人の賊が、一気にヨシュアに襲い掛かる。

 ヨシュアは絡みつく刃を振り払い――目を見開いて叫んだ。


「ハナエ! よけろ!」


 その声に、ハナエはとっさにしゃがみ込んだ。

 頭の上で、鋭く風を切る音がした。


 敵だ。


 立ち上がらなければ、逃げなければ――それなのに。

 足が震えて動けない。


「バカ! 剣を抜け!」


 ヨシュアの声がする。


(そうだ、白い剣――)


 びくりと、柄にかけた手が止まる。


 脳裏に浮かぶ、赤――白い刀身を伝う血。

 ハナエがその手で、誰かを傷つけた証。


「……ぃや、だ……」


 立ち上がることもできず、柄にかけた手も震えている。

 剣を抜くことさえできないハナエを見下ろして、賊はニタリと笑った。


 剣を逆手に構え、そして――。

 賊は一気に剣を振り下ろす!


 鋭い切っ先は、ハナエの喉に突き立てられた。

 ――そうならなかったのは、誰かが飛び込んできたから。


「……っ!」


「あ、でる?」


 ハナエの目の前で、アデルは倒れて動かない。


「アデルっ!」


「ハ、ナエ、さま……」


 アデルの太腿に深く突き立てられた剣が、ぎらりと冷たく光を跳ねた。

 賊がゲラゲラと笑いながら、腰からもう一本剣を抜いた。


「死ねェ!」


 その時。

 ハナエの右手が、白い剣を掴んだ。


 一陣の突風。

 何が起きたか分からないまま、賊はがくりと膝をついた。


 その胸に、じわりと血が滲んでいく。


「ぎゃああああ!」


 賊が悲鳴を上げる。


 ハナエの右手で、白い光が燃えている。その手の甲で、白い紋章が輝いている。

 握られた白い剣からも輝きがあふれ、あたりを強く照らし出す。


「許さない……」


 ハナエがキッと顔を上げた。


「あんたたち、許さないから!」


 白い剣が、ひときわ強く輝いた。

 ――その右手を、温かい手が包む。


「ハナエ、様、落ち着いて……」


 優しいその声に――そのぬくもりに、ハナエはハッと我に返る。

 白い光は、音もなくふっと消えた。


「痛ぇ、痛ぇよ! いつ切られたんだよ、ちくしょう!」

「まちがいねえ、奴が『白の騎士』だ!」

「急げ、あの方に報告だ!」


 賊どもは口々に騒ぎながら、森の奥へと姿を消していった。




「アデル、アデル! しっかりして!」


 逃げる賊には目もくれず、ハナエは無我夢中で、倒れたままのアデルにすがりつく。


「だいじょうぶ、です……それよりも、はやくここから、離れないと……」


「バカ野郎、しゃべるな!」


 ヨシュアも駆け寄ると、手早く足に布を巻きつけ、強く縛る。


「ヨシュア、さま、ハナエさまを連れて、はやく……」


「うるせえっつってんだろ! お前どうすんだよ!」


「ぼくは、ここへ、このまま……」


「勝手なこと言ってんじゃねえぞ! このまま死なれてたまるかよ!」


 その間、ハナエは震えることしかできなかった。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう……!)


 アデルが、死ぬ?

 そんなの嘘だ。そんなわけがない。だって、だって……。


「おいっ、姉ちゃん!」


 突然、暗がりから甲高い声がした。

 振り返ったハナエの目の前に、藪から小さな人影が飛び出してきた。


「きゃあ!」


「こっち、早く!」


 暗くて顔が見えないが、声からすると子供のようだ。


「あ、あなたは……?」


「話はあとだ、新手が来ちまうぞ。ついてきな。そっちの兄さんたちも、早く」


 ヨシュアはアデルを背負うと、大きく頷いた。


「行くぞ、ハナエ」


「う、うん」


 少年は早足で森の中を歩いて行く。

 その背中を見失わないように、ハナエも懸命に足を動かした。



   ***



 岩場に口を開けた洞窟の前で、少年は立ち止まった。


「こっちだ」


「こ……ここに入るの?」


 ハナエは恐々、中をのぞく。月明りも届かない洞窟は、ただ漆黒の闇が広がっているばかりだ。


「中は真っ暗だけど、一本道だから迷うことはないよ。壁伝いに歩けば大丈夫だから」


「わ、わかった」


 少年は頷くと、先に洞窟へと踏み込んだ。


「ハナエ、行けるか?」


 ヨシュアの背中で、アデルがぐったりと目を閉じている。

 足にはまだ、深々と凶刃が刺さったままだ。


「あたしは大丈夫――急がなきゃね」


 ハナエは自分の頬をバチンと叩くと、腹を決めて漆黒の闇へと飛び込んだ。

毎日投稿がんばってます!次は3/10の夜に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ