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永遠に咲く花を君と。  作者: ChaCha


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出逢い

扉が、ゆっくりと開いた。


――大広間。


思ったほど、派手ではない。

魔物もいない。


「安全地帯、か」


よくある。

だからこそ、油断しない。


中央に祭壇。

その背後に、女神をかたどった壁画。


近づくと分かる。

何百、何千年を経ても、変わらない美しさ。


石なのに、時間が止まっているみたいだ。


調査を進める。

魔力の流れ、床の刻印、壁の継ぎ目。


俺も祭壇の前へ――

一歩。


その瞬間。


魔術陣が、幾重にも浮かび上がった。


「……は?」


誰かの詠唱が、頭の中に直接流れ込む。

キーン、と耳鳴り。

魔力が揺さぶられ、視界が歪む。


世界が、スローモーションになる。

先輩たちが慌てて動くのが見えた。


目を開けた瞬間、胸がひどく軽かった。

いや、正確には――軽すぎた。


空気が、薄い。


「……っ」


反射的に息を吸って、むせる。

肺の奥がじんと痺れ、遅れて鼓動が強く打った。


「……?」


身体を起こそうとして、止まる。

周囲に、誰の気配もない。


「……先輩?」


返事はない。

声が、石壁に吸われて消える。


「転送……トラップか……」


喉が乾く。

舌が、口内に張り付く。


「嘘だろ……冗談きつい」


頭を振る。

考えろ。まずは状況確認。


大広間は……同じだ。

祭壇も、壁画もある。

だが――空気が違う。


魔力の流れが、濁っている。


「……は?」


広間の外、回廊の向こう。

気配が、動いている。


魔物だ。


(前衛、後衛、治癒……)


いない。


「……俺ひとり、か」


喉が鳴る。

背中に、じっとりと汗が滲んだ。


「……いけるか」


いや、行くしかない。

立ち止まっても、状況は変わらない。


剣を抜き、魔力を整える。

足音を殺して、回廊へ。


……魔物は、確かに減っていない。

むしろ、活性化している。


「やば……」


避けて、切って、焼く。

一体ずつ。

だが、休む暇はない。


時間が、削られていく。


(……地図)


脳裏に、先輩たちの手元が浮かぶ。

各自、黙々と書き込んでいたあの線。


(……書いときゃ、よかった)


後悔先に立たず。

それでも、不思議と 戻れている 気がした。


壁画が、道標みたいに現れる。

女神と、王様。


「……なんだよ。案内してんのか?」


独り言が増える。

じゃないと、心が折れそうだ。


体力は、もう限界に近い。

魔力も、削れている。


(出口……あと少しのはずだ)


そう思った瞬間。


ズン……。


床が、低く唸った。


「……あー」


闇の奥から、複数の影。

ダイアウルフの群れ。


牙が光り、唸り声が重なる。


乾いた笑いが出る。


「神様、ひどくない?」


……数が、多い。


腕が重い。

息が、荒い。


(最後……)


残り一体。

踏み込んだ、その瞬間。


咆哮。


視界の端が、赤く弾けた。


「――っ!!」


脇腹に、鋭い衝撃。

熱が、走る。


赤が舞う。


「……く、そ……!」


歯を食いしばり、剣を突き出す。

喉元。


魔術陣を展開。

内部を――爆破。


轟音。


そのまま、膝が折れた。


「……やば…い…」


視界が、揺れる。


「あー……これ……死んだわ、俺……」


仰向けに倒れ、天井を見る。

呼吸が、浅い。

血の匂いが、濃い。


走馬灯が、始まった。


母さんの声。

父さんの背中。

妹と弟の、うるさい笑い。

友人たちとの、くだらない日々。


(……悪くなかったな)


息が、詰まる。

視界が、霞む。


女神が、見えた。


白く、眩しい。

……迎えに来た、のか?


引っ張られる感覚。

魂を、掴まれるみたいな。


「って……俺は童貞のまま、死んでたまるか!!!」


叫んで、拳を握った。


――意識が、浮上する。


「……っ」


眩しい。


瞼を開けると、

そこには、本当に女神さまがいた。


金色の髪。

碧い瞳。

柔らかな光。


「あ……天国か……」


喉が勝手に動く。


この女神さまは…俺の妻だ…


「俺と……結婚してくれ……」


――パーン!!


鋭い衝撃。

頬が、燃える。


「はーい! 戻ってこーい!」


耳元で、はっきりした声。


目の前で、超絶どタイプの美女が――

俺だけを見て、微笑んでいた。


……破壊力。


理解するより先に、身体が反応した。

鼻血が止まらないまま、勝手に口が動いた。


「……ありがとう」


自然に、言葉が出た。


「俺を助けてくれて。

 君は……命の恩人だ」


少し照れくさくて、最後は声が小さくなる。

でも、誤魔化したくなかった。


彼女は目を瞬かせ、それから大きく頷いた。


「どういたしまして!」


その返事が、やけに明るい。

重く受け取られなかったことに、なぜかほっとする。


「正直、びっくりしたよー」


彼女は周囲を見回しながら、身振りを交えて話し始めた。


「遺跡、ちょっと観光しようかなって進んだら、

 あ、ここダンジョン化してる!って気づいて……」


一拍、間を置く。


「やばい! 引き返そう!って思ったんだけど、

 奥から戦闘音が聞こえてきて……」


視線が、ほんの一瞬泳ぐ。


「その……好奇心で……」


言い切らずに、語尾が消えた。


俺は思わず、息を漏らした。


「……君の好奇心に、救われたわけだ」


冗談めかして言ったつもりだったけど、

声は思ったより真剣だった。


彼女は一瞬きょとんとしてから、くすっと笑った。


「結果オーライ、だね!」


その笑顔を見て、胸の奥がきゅっと縮む。

理由は分からない。

でも、目が離せなかった。


「とりあえず……脱出しよ?」


そう言って、彼女は先を指差す。

あまりにも自然で、まるで最初から一緒にいたみたいだった。


「ああ」


剣を納め、姿勢を正す。


「俺はクオン。戦闘魔術師だ」


名乗ると、彼女は胸の前で手を合わせた。


「私はトワ。ルクス王国から旅をしてきたの」


彼女から目を離せなかった。

これが…一目惚れか。


――――


彼はクオンと名乗った。


懐かしい人に、

逢いたかった人にやっと逢えたような感覚がした。


――不思議。


初対面のはずなのに。

命のやり取りを挟んだせいか、距離の測り方が、分からない。


私は一歩踏み出した。


躊躇いは、ほんの一瞬。

差し出した手に、自分でも驚くくらい迷いがなかった。


「行こ」


短い言葉。

それだけで十分だと思った。


クオンが、その手を取る。


握った瞬間、指先に熱が伝わる。

怪我の熱じゃない。

生きている温度が、確かにそこにあった。


――視線が、絡む。


近い。

思ったより、ずっと。


私は、にこっと笑った。


クオンは一瞬、呼吸を忘れたみたいな顔をして、すぐに前を向く。

そして肩越しに、指で合図を送ってきた。


――手信号。


(……似てるな)


アグナス王国とルクス王国。

細部は違うのに、意味は同じ。


思わず口元が緩む。

それに気づいたのか、クオンがちらりとこちらを見て、目を細めた。


……笑ってる。


一緒に壁際へ身を寄せる。

石の冷たさが背中に伝わる。

気配が近づく。

魔物の足音が、湿った床に鈍く響く。


合図。


同時に、走る。


私は反射で、クオンの袖を掴んだ。

引いた。


次の瞬間、私は抱き留められていた。


息が、重なる。


目が合う。

近すぎて、世界が狭い。


でも怖くない。

言葉はなくても、分かる。


頷き合って、また動く。


……不思議だ。


ダンジョンを脱出しているはずなのに、

まるで踊っているみたいだった。


潜み、進み、すれ違い。

止まって、確かめて、また歩く。


呼吸の速さ。

視線の高さ。

足音の間隔。


全部が、自然に揃っていく。


ふと、壁画が目に入った。


女神と王が、手を取り合い、

静かに舞っている姿。


(……ああ)


私たちも、同じだ。


目線が絡んで、動きが重なって、

次の一歩が分かる。


クオンが笑う。

私も、笑う。


――この人、変な人だ。


そう思ったのに、なぜか嫌じゃない。


魔物をやり過ごした先で、

ふっと静寂が落ちた。


クオンが息を整えてから、口を開く。


「……一目惚れしたんだ」


声が、少しだけ震えている。


そして次の瞬間。


「抱かせてください!!」


……え?


私は固まった。


クオンも固まった。


慌てて自分の口を押さえて、咳払い。


「トワ。俺と……付き合ってくれないか?」


今度は、ちゃんと言い直した。


私は一瞬きょとんとして――


「ぷはっ」


吹き出した。


だって、あまりにも、勢いが可笑しい。

必死なのに、言葉の方向だけが迷子だ。


その音と同時に、空気が揺れた。


――気づかれた。


魔物が、こちらを向く。


「っ……!」


判断は一瞬だった。


クオンが剣を抜き、踏み込む。

足元に魔術陣が展開される。


牙を弾き、爪を避け、魔力を叩き込む。

私は後方から、迷いなく治癒を展開する。


淡い光が降り、削れた感覚が即座に塞がる。


(……速い)


――そう思ったのは、クオンの動きのこと。

「戦闘」と「判断」が、一直線で、速い。


視線を送ると、クオンが頷いた。

それだけで、役割が噛み合う。


最後の一体。


クオンが剣を振り抜き、

血を払って、静かに納める。



胸の奥で、ほんの少しだけ、

何かが引っかかる。


不思議と、惹かれてしまう人。


助け合って、命を拾って、進んだ。

声を交わさなくても、次の動きが分かる。


踏み出す間合い。

剣の軌道。

息を吸う、吐く、その切り替え。


呼吸も、身体も、感覚も。

不思議なくらい、ぴたりと揃っていく。


――まるで。


愛しい人に、また逢えた喜びが、

舞うみたいに重なっていく。


胸が熱くなり、身体が軽い。

足が、勝手に前へ出る。


……本当に。

変な人だ。


最後の魔物を倒し、素材を回収して。

出口の光が、すぐそこに見えた、その直前。


彼が、何も言わずに手を差し出した。


一瞬の、間。


私は迷わず、その手に自分の手を重ねる。

指が触れ、体温が伝わる。


一緒に、

陽の光を浴びる。


私たちは眩しさに、目を細めた。


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