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永遠に咲く花を君と。  作者: ChaCha


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君が好きな花を

転送魔術陣が、なかった。


彼が推測したのは、

この時代より後に描かれたものか、

あるいは――ダンジョンコアがまだ幼く、

魔術陣が生まれていなかった可能性。


なら、まだまだ先の話なのかと思ったら。


「……記憶を鮮明に呼び起こす魔術の研究をする」


胸の奥が、わずかに軋んだ。


彼は、魔術陣を見ている。

だからこそ、この時代へ来た。


記憶を鮮明に呼び起こすことができれば、

あの魔術陣の構造が――。


……チッ。


自分でも驚くほど、はっきりとした舌打ちが、

心の中で鳴った。


どうして、そこまで帰りたいのだろう。


その先に、

私のいない未来があるから?


シュタットへドライフードの納品を済ませ、

二人で買い出しをして、拠点へ戻る道。


並んで歩く距離は近いのに、

胸の奥だけが、妙に遠かった。


クオンは……

彼は……


私のいない未来へ、何のために帰るのだろう。


足音を揃えたまま、

私は、ぽつりと尋ねた。


「……未来へ帰れたら、どうするの?」


彼はすぐに答えなかった。

ほんの一拍、考える時間。


その沈黙が、

なぜか少しだけ、怖かった。


「……トワ」


名前を呼ばれる。


「なーに?」


なるべく、いつも通りに返す。


「もし、そうなったら――君も、俺についてきてほしい」


胸の奥が、きゅっと縮む。


私は立ち止まり、

わざと軽い仕草で考えてみせた。


「えー! 未来の世界も興味あるけど……どうしようかなー。考えておくね!」


冗談めかした声。

でも、その言葉は嘘じゃなかった。


クオンの時代へ一緒に行く。

それは、確かに魅力的だ。


もし、もしも魔術陣が完成したら――

着いて行くのも、ありかもしれない。


そんなふうに、

自然に「一緒に行く未来」を考えている自分に、

少しだけ驚いた。


千年後なら、

さすがに……両親は生きていない。


行く前には、

顔を出しておかないと。


そんな現実的な考えが頭をよぎった。


次の瞬間、

視界が紫に染まった。


大量の、スターチスの花束。


思考が一瞬、止まる。


「わっ! 急にどうしたの? お腹、痛いの?」


反射的に心配してしまう。


クオンは咳払いをして、

背筋を正した。


「……トワ。好きだ」


その一言と一緒に、

花束を差し出される。


「ありがとう!」


笑顔が、勝手に零れた。


……変だ。


この光景。

この距離。

この温度。


とても、懐かしい。


スターチス。

薬効は下痢止め。

変わらない想い、

途切れない記憶。

永遠を意味する花。


彼の手から花束を受け取った瞬間、

胸の奥が、じんわりと熱くなった。


嬉しい。

ただ、それだけじゃない。


お礼に、

彼の新しいローブを作ろう。

スターチスの刺繍を入れて。


彼が書を読む横で、

私は、ひと針ひと針、指を動かす。


彼のために。


この日から、

シュタットを訪れるたびに、

クオンはスターチスの花束を持ってきた。


「……好きだから」


「好きなんだ」


「これ。好きだよ」


そんなに、この花が好きなの?


花屋の店主も、

クオンの顔を見るだけで、

黙って花束を作り始める。


それが可笑しくて、

思わず笑ってしまう。


気づけば、拠点はスターチスで溢れていた。


クオンが、好きな花。


――増やそう。


きっと、喜ぶ。


私は、治癒魔術を応用して、

大地と花へ魔力を展開した。


数日後、

庭は紫の花海に変わった。


……少し、やりすぎたかもしれない。


研究が一段落した彼が、

庭を見て立ち止まる。


「……植えたのか?」


「クオンが、そんなに好きな花なら、私が咲かせてあげようと思って!」


胸を張る。

ちゃんと、頑張った。


「ああ。たしかに、大好きだ」


抱きしめられた。


腕の中は、温かい。


「花農家に転職できるね」


「ぷはっ!」


笑い声が重なる。


一面の、紫。


どこか、懐かしい。

とても――本当に、懐かしい。


花海を見つめたあと、

クオンの瞳から、綺麗な雫が零れ落ちた。


「泣くほど、嬉しかったの?」


感動してくれた。

私が、彼の嬉し涙を作れた。


「ああ。本当に……好きだよ」


「よかった!」


クオンが喜ぶと、私も嬉しい。


すると、突然。


「……指、貸して」


なんだろう?


手を差し出すと、

クオンは無言で、指をなぞる。


指先が触れるたび、

温度が、皮膚の奥へゆっくり沈んでいく。


心臓が、一段ずつ跳ね上がる。


(……近い)


喉が、勝手に鳴った。


「……ありがとう」


彼の声が、少しだけ掠れていた。


「ん? うん」


もう、いいの?

もっと、重ねてくれてもいいのに。


すると、すっとクオンの頭が落ちてきた。


「わっ、ぶつかる」


反射的に、一歩引く。


「なに? なに?」


クオンを見ると、

さっきまでの笑顔が嘘みたいに、悲しげだった。


彼は、息を一度止めてから、

「……なんでもない」


そう言って、私の手を引き、拠点へ戻る。


また、何かを真剣に考えている背中。


私は、ふわふわとした気持ちのまま。


彼のために、

木苺のパイを作り始めた。


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