憧れのひとり旅。
トワ編
ルクス王国は、長命種の国だ。
百年は赤子として過ごし、
神殿で成人式を迎えて、ようやく「大人」になる。
成人後は、神殿で一年の義務教育。
その後、王立学園へ進学し、私は治癒魔術科を選んだ。
理由は単純。
人を治す力が、いちばん好きだったから。
学園生活は順調だった。
基礎も応用も、特に問題なく身につけ、無事に卒業。
そして――
私は、ずっと憧れていた。
ひとり旅。
ルクス王国の外の世界。
生まれてからずっと、
家と神殿と学園しか知らなかった私にとって、
それは胸が躍るほど眩しいものだった。
攻撃魔術が使えない私は、
マジックバックに、詰められるだけ詰め込んだ。
旅に必要なもの。
応急用のポーション。
護身用のスクロール。
万が一の、さらに万が一のための道具。
パンパンだ。
「お母さん! お父さん!
私、ちょっと世界まわってくるね!」
軽い調子で告げると、
「はーい。気を付けて行くのよ?」
「お土産、楽しみにしてるからね」
両親も、軽い。
――この国らしいな、と思った。
踏み出した最初の一歩は、
想像以上にきらきらしていた。
胸が高鳴って、
世界が広がって、
わくわくが止まらない。
さて。
まずは、どこを目指そうかな?
神殿の義務教育で、
他国の歴史を学んだ時のことを思い出す。
アグナス王国。
女神さまが舞い降りたという、史実の残る国。
女神さま。
……会ってみたいな。
そう思った瞬間、
足はもう、アグナス王国の方角へ向いていた。
国を渡るなら、ギルド登録は必須だ。
ルクス王国で冒険者登録を済ませ、
小さな依頼を受けながら、街から街へ。
長命種にとって、一年なんてあっという間。
そして――
港街に辿り着いた。
海だ。
初めて見る、果てしない青。
初めての船旅。
テンションは最高潮。
……だった。
船酔いした。
え?
治癒魔術じゃ治らない系?
そう。
治癒魔術も、万能じゃない。
船旅は続く。
私は銀色のバケツと、親友になった。
そんな船上で、水棲魔物の襲撃。
私は治癒魔術師として、支援に回った。
傷を塞ぎ、血を止め、呼吸を整える。
「助かったよ!」
「ありがとう!」
感謝の言葉が飛び交う。
――役に立てた。
それが、すごく嬉しかった。
人助け。
悪くない。
気持ちいいね。
陸地が見えた時は、心から歓喜した。
さらば、船旅!
さらば、船酔い!!
……降りたあとも、まだ揺れてる気がする。
重症だ。
港街で食事。
海鮮?
いや、今は無理。
「陸の味を寄越せ!!」
香辛料たっぷりの料理を注文。
お腹いっぱい。
宿で一泊し、地図を広げる。
港街から、アグナス王国までは……。
うん。
順調、順調。
翌朝、乗合馬車に乗り、
何度も乗り換えながら進む。
アグナス王国の首都に入ると、
女神さまの石像や絵画が至る所にあった。
神殿は、荘厳。
神官の話を聞く。
「女神さまは、シュタットへ舞い降りられ……」
シュタット。
史実の始まりの地。
――これは、行かなきゃでしょ。
迷いなく、再び馬車へ。
ガタゴト揺られながら、シュタット街を目指す。
アグナス王国は、治安がとても良い。
この国の民は、
女神さまに愛されている。
女神さまと王さまの時代から、
絶対領域として、他国は不可侵を誓っているらしい。
街の人々は、みんな穏やかな顔をしていた。
……まあ、たまに道端で項垂れている人もいるけど。
人生は山あり谷ありだ。
頑張れ。
シュタット街が見えてきた。
首都と変わらないくらい、広大で堅牢。
戦時、
「絶対に落ちない砦」として名を残した街。
一日で、何万もの敵兵を蒸発させた魔術が使われた――
なんて話もある。
嘘みたいだけど、史実らしい。
なにそれ、怖い。
宿を借りて、街を散策。
首都よりも、
女神さまの名残が、色濃く残っている気がした。
街の外に、旧神殿があるらしい。
新しい神殿が建てられてから、
旧神殿は禁足地として定められたとか。
……ふーん。
じゃあ、
絶対に見に行かなきゃね?
翌朝、わくわくしながら向かった。
深い森の隣に佇む、旧神殿。
足を踏み入れた瞬間、
意匠の凝った支柱、壁画、厳かな空気。
「へー……」
前へ、前へ。
――あれ?
魔素?
魔物が……
魔物が、湧いてる。
危険だ。
私は治癒魔術師。
戦闘はできない。
マジックバックから、
護身用に詰め込んだスクロールを取り出す。
戻らなきゃ。
その時――
ドォン。
魔術が発動した音。
え?
誰か、戦ってる?
まさか……
私みたいに、こっそり観光しようとした人が……?
戻るべき?
……なのに。
なぜか、無性に気になる。
音が、止んだ。
……ちょっとだけ。
本当に、ちょっとだけ。
曲がり角から、そっと覗き込む。
その瞬間――
男性が、ふらついて、
どさっと倒れた。
学園での訓練が、即座に判断する。
――命の危機だ。
私は走った。
「今、助けてあげる!
頑張って!!」
治癒魔術を、全力で展開する。
脇腹は抉れ、赤い色が流れている。
急いで。
集中して。
気合。
治れ。
治れ。
戻ってきて。
「……女神……さま?」
……違います。
「……あ……天国か……」
まだ、召されてません。
よし。
傷は塞がった。
意識もある。
……大丈夫。
「俺と……結婚してくれ……」
惚けてる。
あー。
これは、いつものやつだ。
私は、手を振りかぶった。
――パーン!!
乾いた音が響く。
「はーい!
戻ってこーい!」
ぱちくりと目を瞬かせる、美青年。
私は、思わず笑った。
――ここから、全部が始まるなんて。
この時の私は、
まだ、何も知らなかった。




