生命は呆気ない。
喉が、焼けつく。
ただ乾いている、というレベルじゃない。
内側から削られるみたいに、ひりひりと痛む。
息を吸おうとすると、
胸の奥で、空気が引っかかる。
――なんだ。
遅れて、音が届いた。
「……オン……クオン! 大丈夫!?」
……トワ?
声の方向が、うまく掴めない。
ひゅ……ひゅっ……
喉を鳴らすだけで、声にならない。
身体が、思うように動かない。
必死に、まぶたを持ち上げる。
視界いっぱいに、赤い。
泣き腫らした目で、トワが俺を見ていた。
「あっ……水! 水を……!」
震える手で水差しが持ち上げられ、
口元に当てられる。
少しずつ、流し込まれる。
冷たい。
「……ちの……みず……生き……かえる……」
ようやく出た声は、
自分のものとは思えないほど、壊れていた。
「バカ! バカバカバカ!!
死んじゃうかと思ったんだから!!」
怒鳴る声。
でも、泣いている。
どうやら俺は――
あの魔術陣のあと、一か月も眠っていたらしい。
トワは、治癒魔術を切らさなかった。
眠ることも忘れたみたいに、
ずっと。
ポーションを少しずつ流し込み、
水を含ませ、
流動食を口に入れ――
ただひたすら、
俺の生命を、繋ぎ止め続けてくれた。
「……ヤバいな、それは」
本音だった。
「本当にあり得ないから!
もう二度と、しないで!!」
怒っている。
でも、声が震えている。
「夢の中で……
トワを抱きまくってたから……
目、覚ましたくなかったのかもな……」
精一杯の冗談。
「……もう!!
それなら現実で抱きなさい!!」
ばしばし、と
力の入らない拳が、胸に当たる。
「痛い、痛い……」
病み上がりの人間に、容赦がない。
でも――
それでも、それが、ひどく嬉しかった。
視線を巡らせる。
部屋は、ぐちゃぐちゃだった。
散らばる薬瓶。
冷めたままの食器。
干しっぱなしの布。
その光景だけで、分かる。
俺のために、
ここから一歩も動かなかった。
「……トワ」
喉が、また痛む。
「……愛してる」
言葉にするたび、
生きている感覚が、薄れていく気がした。
「……本当に、心から……愛してる」
彼女は答えない。
唇を噛んで、俯いている。
「……ありがとう」
それでも、止めない。
「……君に出逢えた奇跡を……
神様に、感謝してる」
ようやく、トワが顔を上げた。
俺は、手を伸ばす。
震える指先に、
彼女が、そっと頬を寄せてくれた。
口付けを、重ねる。
――でも。
急に、限界が来た。
「……眠い……」
トワが、即座に治癒を展開する。
……治癒?
意識が、沈んだ。
――
次に目を覚ました時。
また、喉が焼けつくように痛くて、
どうしようもなく、乾いていた。
ひゅー……ひゅー……
なんだこれ、本当に。
目を開けると、
トワが覗き込んでいた。
また、目を腫らしている。
「……泣、く、な」
声が、途切れ途切れになる。
「惚れ、た、女が……
泣くのは……み、たく、ない……」
ポーションを、口に流し込まれる。
むせた。
はぁ……はぁ……
少しずつ、飲む。
……血の味がする。
「……大丈夫だよ。
私が、そばにいるから」
トワの声は、優しい。
「……ああ……」
「一緒に、またピクニック行こう」
「……と、わ……
……あい……してる……」
手が、動かない。
君に触れたいのに。
トワが、ぎゅっと俺の手を握る。
そして、口付けをしてくれた。
俺は、笑った。
めちゃくちゃ、眠い。
――
それでも、夢を、見る。
トワと一緒に、料理をしたこと。
どっちが先に木苺を籠いっぱいにできるか、競争したこと。
くだらないことで笑って、
夜になれば、腕の中に彼女を抱いて――
もし、子供が生まれたら。
どっちに、似るんだろうな、なんて。
声。
香り。
視線。
君の、全部。
夢の中では、
愛しい君だけが、
いつも俺のそばにいた。
「……う……」
喉が、鳴った。
誰かが、慌てて近づく気配。
「クオン?
……よかった……」
トワの声だ。
「……と……わ……?」
「うん。
そばに、いるよ」
「……お、れ……
……ど、う……なっ……て……」
言葉を選ぶ余裕が、もうない。
トワは、少しだけ視線を落としてから、
静かに言った。
「……魔力回路が……
焼けちゃった、みたい」
――焼けた?
一瞬、
頭が追いつかない。
……でも。
ああ。
鈍い俺でも、
さすがに、分かる。
(……ああ……)
これは……
助かる類のものじゃない。
俺は、ぎゅっと目を閉じた。
逃げるためじゃない。
覚悟を、決めるために。
「……と、わ……」
声が、掠れる。
「……俺が……
……死んだ、から……と、いって……」
トワが、即座に言った。
「死なせない」
その声は、強い。
でも――
震えている。
俺は、無理やり笑った。
「……お、れ……
……以外の、男に……
……惚れ……たら……」
喉が、痛い。
それでも、言う。
「……その……男を……
……必ず……呪い……殺す……」
「呪詛!!」
トワが、思わず声を上げる。
俺は、笑った。
――許さない。
本気で。
俺以外が、
トワを抱くなんて。
……ダメだ。
急に、視界が暗くなる。
(……次は……
……起きれない、かもな……)
それだけは、
はっきり分かった。
「……愛してる……」
声が、溶ける。
まるで、
昔、湖で溺れた時みたいに。
静かに、
静かに、沈んでいく。
遠くで――
トワが、俺を呼ぶ声が、聞こえた気がした。




