人生初の夜を君に捧げる。
俺の想いを、受け取ってくれた。
一目惚れが――成就した。
シャワーを、終えた。
湯気の残る空気が、ゆっくりと肌を包む。
石壁に残る水音が、まだ耳の奥で揺れていて、
濡れた床の冷たさが、足裏から静かに現実を伝えてくる。
胸の奥が、やけに騒がしい。
鼓動が一拍遅れて、追いかけてくる。
呼吸を整えようとしても、うまくいかない。
今から、初めての二人の夜だ。
灯りは強くない。
揺れる炎が、彼女の輪郭をやわらかく縁取っている。
髪から立ちのぼる湯の匂いと、微かな石鹸の香り。
それだけで、思考が一段落ちた。
全力で、記憶を引っ張り出す。
閨の作法なんて、先輩や友人から聞いた話だけ。
笑い混じりの忠告と、断片的な言葉。
実感は、ひとつもない。
喉が、ひくりと鳴る。
「私、初めてなんだよねー」
軽い調子。
冗談みたいな声音なのに、
その一言が、胸の奥に真っ直ぐ落ちてくる。
空気が、ほんの少し静かになった。
「……う、あ。俺も……です」
視線を逸らしながら、答える。
目を合わせたら、崩れそうだった。
「優しくしてね?」
やわらかな声。
距離は変わらないのに、
体温だけが、近づいた気がした。
――こく、こく。
言葉より先に、身体が反応していた。
頷くたび、喉の奥がひりつく。
触れていないのに、
もう触れてしまったみたいに、
心臓だけが正直だった。
ま、まずは……
口付けから。
ちゅっ。
短い音。
それだけなのに、胸の奥が跳ねる。
音が消えたあとも、余韻だけが残り、呼吸の置き場が分からない。
……ヤバい。
相当、照れる。
プロポーズの時は必死で、感じる余裕なんてなかった。
今は――逃げ場がない。
角度を少し変える。
また、触れる。
柔らかい。
あたたかい。
思考が、追いつかない。
「……トワ」
名前を呼ぶ。
声が、思ったより低く出た。
彼女は、目を開けたまま、
じっとこちらを見ている。
一瞬、不安がよぎる。
それでも、彼女は離れない。
衣服に、そっと手を掛ける。
指先が、微かに震えた。
布の擦れる音。
その一つ一つが、耳に残る。
現れた肌は、灯りを受けてやわらかく光っている。
息を、飲む。
俺も、身を委ねるように、距離を詰めた。
空気は静かなのに、
呼吸と鼓動だけが、やけに大きい。
無言のまま、視線が絡む。
触れていないのに、
もう戻れないところまで来た気がした。
「……見過ぎだろ」
冗談めかして言うと、
彼女は小さく笑う。
その一瞬で、緊張がほどけた。
ゆっくりと、距離が縮まる。
触れるたび、相手の存在がはっきりしていく。
息が近くて、
温度が重なって、
時間の感覚が、曖昧になる。
言葉は少なく、
確かめるような動きだけが続く。
彼女の反応が、
そのまま伝わってくる。
「……大丈夫」
そう言うと、
彼女は小さく頷いた。
それだけで、十分だった。
ゆっくり、ゆっくりと。
互いを気遣いながら、
確かめ合う時間が、静かに深まっていく。
途中で、
彼女が少しだけ息を詰め、
それから、力を抜く。
その変化が、胸に刺さる。
「……トワ」
名前を呼ぶと、
視線が合う。
「……俺は一生、君を愛する」
その言葉に、
彼女は、確かに頷いた。
あとは、言葉はいらなかった。
呼吸が重なり、
温度が溶け合い、
時間が、静かに流れていく。
その夜。
俺たちは――眠らなかった。
彼女が、俺の妻になった。
その喜びだけで、
人生最大の幸福に、満たされた日になった。
月明かり版は、濃くしております。




