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永遠に咲く花を君と。  作者: ChaCha


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帰れないかもしれない

……ない。


床に、何も描かれていない。

魔術陣が――ない。


視界に映るのは、石の床と、静かな大広間だけだ。


ここに、あったはずだ。

幾重にも重なった魔術陣。

あの日、確かに、ここで――。


希望を抱いて開けた先が、

こんな形で絶望を突きつけてくるなんて、思ってもいなかった。


言葉が、出てこない。


誰も、何も言わない。


背後の気配が、少し距離を取ったのが分かる。

ゲイルとハンスだ。


察したような、静かな気遣い。

踏み込んでこない優しさが、今は少しだけ痛かった。


……俺は、床を見たまま動けない。


頭の中が、うまく回らない。


もし。

もし、あの魔術陣が――


俺が飛ばされた日より、後に描かれたものだったら。


最初から、

「帰る方法」なんて、存在しなかったことになる。


息が、浅くなる。


その時。


背中に、温もりが重なった。


ぎゅっと、

後ろから、抱きしめられる。


細い腕。

柔らかい体温。


逃げ場を塞ぐような強さじゃない。

ただ、そこにいると伝える抱擁。


耳元で、声が落ちてきた。


「……どうする?」


少し、ためらう間。


「諦めちゃう?」


その言葉が、胸に刺さる。


――諦めたら。


この研究をやめたら。

帰ることを、諦めたら。


……君は。


俺のもとを、去る気か?


喉が、きゅっと詰まる。


答えが、出ない。


振り返れない。

彼女の顔を見るのが、怖かった。


怖いのは、

否定されることじゃない。


肯定されてしまうことだった。


「……」


唇を噛みしめる。


ここで、諦めるのは簡単だ。

理由はいくらでもある。


でも。


背中の温もりが、離れない。


それだけで、

まだ、終わりじゃない気がしてしまう。


……帰れないかもしれない。


その考えが、

ゆっくりと、胸の奥に沈んでいった。



言葉を発する前に、身体が動いた。


紙を取り出し、大広間の隅から隅まで歩く。

壁。

柱。

床。

天井。


一つずつ、目で、足で、確かめていく。


彼女は、その間に敷物を広げ、

慣れた手つきで紅茶を淹れ始めていた。


湯気が立ち、

茶葉の香りが、静かな広間に広がる。


ゲイルとハンスは、

彼女に差し出されたカップを受け取り、

クッキーを摘みながら、何も言わず腰を下ろした。


……ありがたい。


余計な言葉が、今はいらなかった。


俺は紙に、大広間の間取りを書き込む。

柱の位置。

天井の高さ。

魔素の流れ。


空間そのものを、頭に叩き込む。


祭壇の中心。

そこに――。


まだ幼い、ダンジョンコア。


生まれてから、数百年も経っていないだろう。

鼓動のように、ゆっくりと魔素を吐き出している。


……こいつか。


こいつが育ち、

やがて、あの魔術陣のトラップを描いた。


ダンジョンには、転送トラップが多い。

それは事実だ。


なら。


この古代遺跡が、

俺が死ぬまでに――


時間干渉の魔術陣を描く可能性は?


……ないとは、言い切れない。


大丈夫だ。


研究を続ければ、

いつかは、必ず。


あの日、

幾重にも重なって浮かび上がった魔術陣。


あれは、俺の記憶に刻まれている。

消えてなんかいない。


思い出せる方法から、始めればいい。


記憶を引き出すポーション。

精神に干渉する魔術。


ゼロじゃない。

道は、まだある。


「……」


小さく頷き、拳を握りしめた。


その時。


明るい声が、大広間に響いた。


「紅茶いれたよ!」


振り返ると、

彼女がカップを掲げて立っている。


「クオンが好きなお酒入りのクッキーもあるよー!」


いつも通りの調子。

いつも通りの笑顔。


俺は、思わず笑った。


……こんな時にまで。


本当に、参る。


帰れないかもしれない。

その絶望は、確かにそこにある。


でも――


研究を続ければ、

彼女と生きていける。


その事実が、

胸の奥で、静かに形を変えた。


まだ、帰りたくない。


そう思ってしまった自分に、

驚きはなかった。


帰り道。


ゲイルが、歩調を落として声を掛けてきた。


「……目的対象は空振りだったが」


一拍。


「嫁を大切にな。良い女だ」


続いて、ハンスが無言で肩を叩いてくる。


「……わかってます」


そう答えた。


……いや。


わかっていなかったのかもしれない。


彼女の存在が、

いつの間にか、

俺の存在意義になっていたからだ。



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