刻線
そこは、比べるためだけに作られた場所だった。
床一面に、同じ形の板が並んでいる。
違いは、端に刻まれた細い線の数だけだった。
線は増えたり減ったりしない。
ただ最初からそう刻まれているだけだ。
男は毎日そこに立ち、板を見比べた。
どれが同じで、どれが違うかを決める役目だった。
決めると、板の横に小さな石を置いた。
揃っていれば白い石、揃っていなければ黒い石。
理由はなかったが、そのやり方だけが残っていた。
彼の判断は正確だった。
少なくとも、そう扱われていた。
石の数はいつも合い、誰も疑わなかった。
比べることが成立している限り、場所は静かに回っていた。
回っているのに、どこにも進まなかった。
ある日、板の一つを見た瞬間、男は決められなくなった。
同じか、違うか。
その二つのどちらにも当てはまらなかった。
線の数は数えられたが、比べる先が消えた。
判断しようとした思考だけが宙に残り、石を持つ手が止まった。
その瞬間、規則が壊れた。
板同士の距離が揃っているのに、揃っていないように見えた。
数えた線は確かにそこにあるのに、数として扱えなかった。
男は一度だけ、判断を放棄した。
白い石でも黒い石でもない石を置こうとして、結局、何も置かなかった。
次の日、場所は元に戻っていた。板は並び、線は刻まれ、比べることができた。
誰も壊れたことに触れなかった。男も触れなかった。
前日に途中で終わった石の配置は、そのまま残っていた。
完成させようとした形が、欠けたまま置かれていた。
男はまた比べ始めた。
白い石、黒い石。
判断は戻ったように見えた。
ただ、数え終わったあと、いつもと違う感覚が残った。
石の総数が、合わない気がした。
数え直すと合っている。
もう一度数えると、どこかで一つ足りない。
どの板かは分からなかった。どの石かも分からなかった。
ただ、比べる行為だけが続き、場所は変わらず回っていた。
最後に残ったのは、きれいに並んだ板と、数が合っているはずなのに合わないという状態だけだった。




