絶対支配の学園に転校してきたのは、空気を読まない『迷子』の英雄でした
科学の進歩は豊かさの象徴であり、人類はその英知を持って未来を切り開いてきた。だが、研ぎ澄まされた刃は時として主の喉元をも搔っ切る。
50年前のことだ。世界最高峰の学問の聖地ハーバード大学の研究室でとある実験を行った。実験の詳細は半世紀たった今でも秘匿されており、どのような実験を行ったかを知る人は限られている。しかし、誰しもがわかっていることがある。
実験は失敗したのだ。
世界を一変させた未曽有の大事故。
ハーバード大学を中心に、核弾頭が炸裂したかのような巨大なクレーターが作られ、そこから未知の粒子が絶えず噴き出し続けていた。
―――Ω線
そう名づけられた粒子を浴びた者は超能力をその身に宿すこととなった。
★
朝の全校集会。巨大な体育館に集められた、約千人もの生徒は一糸乱れず列をなしていたが、その光景は異様なものだった。誰一人として私語を発さず、ただ恐怖に震えながら壇上を見上げることしかできなかった。
教師たちでさえ、壁際で直立不動の姿勢をとらされており、一切の行動を制限されていた。
「―――頭が高い」
壇上にいる生徒会長ケートスがマイクを通さずにつぶやいた。その瞬間、ズドンッ! という衝撃音が体育館内に響く。見えざる手が押しつぶしてきたかのように、全校生徒が一斉に地面へたたきつけられた。
悲鳴を上げる隙はなく、肺が圧迫され、意識が遠のく。ケートスの超能力『深海の重圧』は、誰もが等しく頭を下げる絶対的な圧だ。
「美しい……すべてが私を前に跪いている」
ケートスは高揚した笑みを浮かべ、視線を一点に固定する。その先には『深海の重圧』の重圧に抵抗しようと、必死に膝を支えぎりぎりで耐える銀髪の少女、アンドロメダがいた。
その様子に「それでこそ私の花嫁だ」と笑みを浮かべるが、ケートスの支配から逃れることはできない。
軽く指を振り落とすと、アンドロメダを中心に更なる圧がかかる。アンドロメダの華奢な体からきしむ音がした。
張った糸が切れそうなほどの緊張感。だが、静寂は唐突に破られた。
ガラガラガラ
体育館の重厚な扉が、遠慮ない音を立てながら開かれた。
「わりぃわりぃ! どこに行けばいいかわかんなくて、転校初日から盛大に遅刻しちまった!」
息苦しいほどの空気の中、あまりにも場違いな声は、底抜けた明るい声だった。入ってきたのは、自信満々な顔がチャームポイントの少年、ペルセウスだ。
彼は異様な空気の体育館に、軽く首をかしげながらずかずかと入っていく。平伏する異様な光景を目にしても、動じないのは何もわからない能無しなのか……それ以外か。
「あー、もしかしてお祈りの時間だったか? それとも全員でコンタクト探してる?」
ペルセウスはズカズカと歩き出し、近くで這いつくばっていた男子生徒の隣にかがみこんだ。
「よう、俺のクラスの列どこかわかる?」
「…ッ! バカ、伏せろ! 殺されるぞ……!!」
男子生徒は顔面蒼白になりながら、ガタガタと歯を鳴らしている。それでも、忠告してくれるのは、ペルセウスが何も知らない転校生だからだろう。
「殺されるなんて先生もいるのに……物騒だな」
ペルセウスは鼻で笑いながら、忠告を無視してスッと立ち上がり、壇上にいるケートスに向かって大きく手を振り出した。
「おーい、そこの偉そうな人。俺のクラスの場所は知らないか? 上から見えてんだろー?」
空気が凍り付いたのが肌からも感じとれる。
アンドロメダを痛めつけていたケートスの指が止まり、その眉根を不快げに寄せた。
「……神聖な集会に不届き者が出た。拘束しろ」
短く冷徹な命令は、壇上の袖にいた執行部員の体を反射的に動かした。飛び出すように出てきた男は、手のひらに灼熱の矢を生み出し、ペルセウスへと放つ。
「危ない!」
ケートスによる拘束がなくなったアンドロメダの声が体育館内を響き渡る。だが、『深海の重圧』により消耗したアンドロメダは指一本動かすことができなかった。
それはほかの生徒も同じで、助けようと思う気持ちはあっても、行動に移せるほどの体力は残っておらずあきらめることしかできない。
―――死んでしまう!
そんな中でも、ペルセウスにクラスの列を聞かれた男子生徒は、あきらめきれなかった。出会ったのも、会話をしたのもこの瞬間だけ。それでも縁ができた人が目の前で死ぬことを許容できるほど、人として腐ってはいなかった。
震える身体を立ち上がらせ、ペルセウスへと手を伸ばす。しかしふり絞った体力は限界を迎え、あとちょっとのところで空を切る。
届いたのは「助ける」という意思だけだった。
情けない自分から逃げるように、もしくはこれから起こることかを見ないように、目をぎゅっと閉じた。
刹那。ペルセウスの背中が淡く発光した。
ッガキン!!
硬い音が炸裂する。突如としてペルセウスの前に出現した半透明の壁が、執行部員の攻撃から守ったのだ。
「うわあちっ!?」
半透明の壁に当たった矢は跳ね返り、自らの炎を浴びた執行部員が、悲鳴を上げて床を転げ回る。
「ん?」とペルセウスは首を傾げるが、後ろで手を伸ばして失神している男子生徒を発見すると、何かを悟ったようにニッと笑い、足元の男子生徒へ親指を立てる。
「サンキューな。あんたの「守りたい」気持ち、ちゃんと届いたぜ」
するとペルセウスは周囲を見渡し、アンドロメダを見る。
「あんたの声もちゃんと聞こえたぜ」
ペルセウスはそのままアンドロメダの前まで歩み寄ると、彼女へ手を差し伸べた。
「立てるか? 姫様」
「あ……あなたは……?」
「ペルセウス。ただの迷子さ」
その光景に、全校生徒が息を呑んだ。 絶対的な存在だと思っていたケートスに背を向け、あろうことか「迷子」などとふざけた口を利く転校生。だが、その背中は不思議と大きく見えた。
壇上のケートスはペルセウスの奇々怪々な行動に不満げな表情が抜け落ちた。高慢、愉悦……それらが張り付いていた美貌が、初めて憤怒に変貌した。
「……貴様何をした」
地を這うような低い声。ケートスはペルセウスただ一人へと意識を向ける。
「俺か? 俺はただの挨拶をしただけだぜ。まあ、ちょっと熱烈な歓迎を受けちまったから、お返ししたまでだが」
ペルセウスはアンドロメダの手を取り、軽々と立たせた。 彼女の膝はまだ震えている。だが、ペルセウスの手の温もりが、恐怖で凍り付いた心をわずかに溶かしていくのを感じていた。
「逃げて……! ケートスに逆らっちゃだめ!」
アンドロメダが声を絞り出す。
しかし、ペルセウスは「へえ、そいつはすげぇ」と他人事のように笑うだけだ。そして、くるりと踵を返し、壇上を見上げた。
「下賤が、私の花嫁に触れるな」
ケートスが手を振り下ろす。瞬間、ペルセウスに先ほどとは比較にならない『深海の重圧』の重圧が襲い掛かる。
その重圧は周囲にも影響しており、体育館の床がバキバキと音を立てる。誰もが二人の圧死を確信した。
だが、
「―――重てぇ愛だな、おい」
ペルセウスとアンドロメダは涼しい顔で立っていた。彼らの体は淡く発光しており、凶悪な重圧に対抗していた。
「な……ッ!?」
ケートスが目を見開く。自分の能力が防がれたことに驚愕したのだ。ペルセウスはニカっと笑うと、背中に隠れていたアンドロメダに視線をやった。
「サンキュー姫様。あんたの強烈な気持ちちゃんと届いたぜ!」
「私の……気持ち……?」
「俺の能力は『英雄の武具』――他人の切実な願いを、超能力に変える力だ」
ペルセウスは不敵な笑みをケートスに向ける。
「俺らが今立っているってことは、あんたの愛よりも、アンドロメダの抵抗する気持ちのほうが強いってことだろ?」
その言葉は、物理的な攻撃以上にケートスのプライドを逆撫でした。今までこのような愚行を許したことはなかった。『深海の重圧』という最高の手札を持っていたからだ。しかし、ペルセウスに『深海の重圧』が効かなかったことで、自信からくる余裕は瓦解する。
それは生徒たちからも感じ取ることができ……瞳には微かな期待の光が宿り始めたのだ。
その視線を感じ取ったペルセウスは、ビシッとケートスに向けて指差した。
「全校生徒の前でフラれるなんて災難だな、生徒会長。悪いがこの縁談、俺が破棄させてもらうぜ!」
一触即発の空気が支配する体育館。ペルセウスの挑発に対し、ケートスはこめかみに青筋を浮かべながらも、ふっと口元を歪めた。
「……面白い。その減らず口がいつまで続くか、見せてもらおうか」
★★
その日の午後。学園はさらに混沌とした。ケートスはアンドロメダを手に入れるため、なりふり構わぬ行動に出たのだ。
学園中に不快なノイズと共に、生徒会の声が放送された。
『生徒会より通達する。現在、学園の秩序は保たれておらず、歪みが生じている。その歪みが正され、学園があるべき姿となるまで、ケートス生徒会長の権限によって学園の一部機能を凍結することとなった』
1.学食および購買の無期限閉鎖
2.全校舎の空調設備の停止
3.すべての部活動、同好会活動の禁止
『諸君らには不便を強いることになる。諸君の日常が誰のせいで損なわれたのか。誰が意固地になり、ケートス生徒会長の慈悲を拒絶し続けているのか―――よく考え答えを出してほしい。』
ブツン、と放送が切れるのと同時に、教室のエアコンが停止した。
じわじわと上がる室温と、空腹を訴える腹の虫。そして、楽しみを奪われた生徒たちの苛立ち。それらの矛先は、ケートスの誘導通り、自然と一人の少女へと向こうとしていた。
「あっつー! なんだよこの部屋、サウナか!?」
教室の扉がガラガラと開き、空気の読めない大声が響いた。ペルセウスだ。彼は暑苦しそうに制服の襟をパタパタと仰ぐと、どんよりとしたクラスメイトたちを見渡した。
「おいおい、みんな死にそうな顔してどうした? 腹減ってんのか?」
「……当たり前だろ。食堂も購買も閉鎖だ」
「部活も禁止だ。楽しみなんて何もありゃしない」
男子生徒が吐き捨てるように言う。
だが、ペルセウスは「なんだ、そんなことかよ」とあっけらかんと笑い飛ばした。
「食堂がやってないなら、外で食えばいいじゃんか! 部活がダメなら、別のことして遊べばいい!」
「はあ? お前バカか? 会長権限で全部禁止されて……」
「『禁止』されてんのは、部活動と学内の設備だろ? だったら――」
ペルセウスは窓際に駆け寄ると、躊躇なく窓を全開にし、アンドロメダの手を引いた。
「外で勝手に飯食うのは『ピクニック』! 部活じゃなくて『レクリエーション』なら文句ねえだろ!」
閉め切っていた窓から入る風は、暴風のように教室内に吹き荒れ、籠っていた熱気が循環する。
「みんなで飯食いに行こうぜ!」
数十分後。
校庭には、信じられない光景が広がっていた。裏山の川で釣ってきた大量の魚、森で採れた木の実や山菜。それらが焚き火の大鍋でグツグツと煮込まれ、食欲をそそる香りを漂わせている。
「うおおお! うめえええ!」
「生き返る……! マジで最高!」
生徒たちが大鍋を囲み、むさぼるように食べている。アンドロメダは、ペルセウスから渡されたお椀を手に、呆然としていた。
「これ……ペルセウスが全部?」
「おうよ。俺は田舎育ちなんでね、サバイバルは得意なんだ。会長の権限だか何だか知らねーが、腹が減ってる奴を放置するほど人として腐っちゃいねぇよ」
ペルセウスは焼き魚をかじりながらニカっと笑う。生徒たちの顔から、アンドロメダへの非難の色は消えていた。むしろ、「こんな楽しいこと久しぶりだ」という笑顔が溢れている。
「……ありがとう、ペルセウス」
その様子を、生徒会室の窓から見下ろす影があった。
「……おのれ、ペルセウス」
絶対的な権力による理不尽を、こうも簡単に、打破されるとは屈辱以外の何物でもない。このままでは、自身の権威が地に落ちる。そして何より、アンドロメダが自分を見る目よりも、ペルセウスを見る目の方が輝いていることが許せなかった。
「排除する。……反逆する余地なく、徹底的に」
★★★
楽しげな喧騒を切り裂くように、校内放送が鳴り響いた。
『―――転校生、ペルセウス。至急、生徒会室へ出頭せよ』
学園の生徒はその声に拒否権はなく、ただ従うことしかできない……罠だとわかっていても、有無を言わせぬ強制力を持っていた。
アンドロメダが不安げにペルセウスの袖を掴む。
「いっちゃだめ……きっと罠よ!」
「大丈夫だって、もしかしたら、財政破綻寸前の学園を助けてくれーって頭下げてくるかも知れないだろ?」
ペルセウスは心配させまいとウインクを一つ飛ばすと、食べかけの焼き魚を置いて立ち上がった。
生徒会室の扉を開けると、そこは夜寒のように冷え切っていた。豪奢な椅子に座るケートスは、校庭での騒ぎなどなかったかのように、事務的な態度でペルセウスを見ている。
「単刀直入に言おう。貴様には消えてもらう」
「へえ、ストレートな告白だな。でも悪いが、男の趣味はねえんだ」
「……言葉遊びをしている暇はない」
ケートスは一枚の書類と地図を机の上に投げ出した。それは、学園から北西の方角にあるゴルゴンの島までの経路と、怪物の情報が書かれていた。
「貴様には課外活動の一環として怪物の討伐任務を行ってもらう。―――怪物の名はメデューサ。世界を蝕む害獣だ」
―――メデューサ。Ω線の影響で変異した蛇の怪物。その眼を見た者の神経系を瞬時に石化させ、死に至らしめる最悪の能力を持つ。過去、功名心に駆られた実力者たちが何人も挑んだが、誰一人として生きて戻ってはいない。生きた災害だ。
「ゴルゴンの島までの長旅に加えて、メデューサの討伐……用意周到なことはいいが一学生に任せることじゃないだろ。冗談言ってんのか?」
「これは生徒会長命令だ。学園の秩序を乱した罰として、貴様のような暴れ馬には、それ相応の死地がお似合いだろう?」
「……なるほどな」
ペルセウスは地図を手に取り、軽く口笛を吹いた。
拒否権はない。もし断れば、その矛先は間違いなくアンドロメダや、今日一緒に笑い合った生徒たちに向かう。ケートスはそういう男だ。
不敵に笑っていたペルセウスであったが、さすがの事態に冷や汗をかくこととなる。しかし、ここで足を引く選択肢が、ペルセウスの中にあるはずがなかった。
「いいぜ、引き受けて―――「その話、待ったをかける」」
生徒会室の扉が突然開く。その先にいたのは、体育館で火矢からペルセウスを庇おうとした男子学生だった。
「……貴様、入室を許可した覚えはないぞ」
「ケートス生徒会長。あなたの行為は明確な越権行為です。これ以上は認められません」
男子生徒は毅然とした足取りで二人の間に割って入った。その声には、相手の威圧感に対する恐怖からくる微かな震えこそあれど、決して退かないという確かな意志が宿っていた。
「越権行為……か。誰がそんなことを言い出した。私がルールなのだから、否定することは誰にも許されていない」
「いいえ、ルールはルールです。あなたが歪めていいものじゃない」
不愉快そうに眉をひそめるケートスに対し、彼は真っ向から視線をぶつけた。
「これ以上の理不尽を見過ごすことはできない!」
そして、背後のペルセウスへと短く声をかける。
「ペルセウス。君も、この依頼は断ってくれてかまわない。生徒を死地と向かわせるような命令に正当な理由はどこにもない。生徒を助ける生徒会のあり方として間違っている」
「……お堅い優等生が。その減らず口ごと潰されたいらしいな」
ケートスは腕を振り下ろす。空間がきしむような音が響き、男子生徒の頭上から不可視の圧が降り注いだ。乱雑で乱暴な、感情むき出しで使われた『深海の重圧』は、体育館で行われたような、お遊びではない。
処刑宣告。生身の人間が受ければ、肉と骨が潰れたトマトのように弾け飛ぶのは明白だった。
「―――『鉄壁の守り(イージス)』ッ!」
死を予感し、男子生徒は反射的に超能力を使用する。頭上に傘となるように展開された盾は、 『深海の重圧』を完全に防ぎきることはできていなかった。
ミシミシと嫌な音が鳴り響く。不可視の盾『鉄壁の守り(イージス)』に亀裂が走り、男子生徒の膝がカクンと折れそうになる。力の差は歴然だった。ケートスの『深海の重圧』は、ただの防御能力で耐えきれる領域を遥かに超えている。
「くっ……うぅ……!」
男子生徒の鼻からツーと鮮血が垂れる。それでも彼は、歯を食いしばり、必死に頭上の盾を維持し続けていた。ここで自分が崩れれば、その圧力はペルセウスをも押し潰すことになるからだ。
「無駄だ。貴様の貧弱な正義ごと潰れろ」
ケートスがさらに掌に力を込める。男子生徒はあきらめていなかった、『鉄壁の守り(イージス)』ではどうにもできないという現実に、心は抵抗していた。
だが、決定的な崩壊の音が響いた――その時だ。
トン、と。 男子生徒の肩に、温かい手が置かれた。
「よう。いい能力持ってんじゃねーか。……ただ、ちっとばかし荷が重すぎたみたいだな」
次の瞬間、亀裂の入った『鉄壁の守り(イージス)』に黄金の光が帯びて修復されていく。いや、修復どころか、その輝きは数倍にも膨れ上がり、強固な盾へと変貌した。
盾はケートスの重圧を強烈な勢いで押し返し始める。
「なっ……!?」
予想外の反発力に、ケートスの体がのけぞる。ペルセウスは男子生徒の肩を支えながら、ニカッと笑った。
「あんたの『守りたい』って意志、確かに受け取ったぜ!」
ペルセウスの能力『英雄の武具』が発動したのだ。男子生徒のあきらめない意志がペルセウスに届き、意思を糧に盾が作られたのだ。
ガギィィィン!!
盾は、ついにケートスの重圧を完全に弾き飛ばした。余波で生徒会室の窓ガラスがビリビリと震える。
「はぁ……はぁ……」
圧力が消え、男子生徒はその場にへたり込んだ。だが、その体には致命傷一つない。
「……またか。また私の力を」
ケートスはギリギリと奥歯を噛みしめ、不快そうに腕を下ろした。二度も自身の能力を無効化された屈辱に、その瞳には殺意が宿っている。
「それで? 俺を殺す気満々のこの依頼、受けてやるよ」
ペルセウスは何事もなかったかのように地図をひらひらと振って見せた。 男子生徒が慌ててペルセウスを見上げる。
「正気か!? メデューサは災害指定されている怪物だぞ! いくら君の能力が強力でも……!」
「わかってるよ。だがな、ここで俺が断れば、あいつはまた別の誰かに因縁をつける。アンドロメダか、それともあんたか……学園中を人質に取られてるようなもんだろ」
ペルセウスの言葉に、男子生徒は言葉を詰まらせた。その通りだった。ケートスは目的のためなら手段を選ばない。
「それに、俺は逃げるのが嫌いなんでね」
ペルセウスは一歩前へ出ると、机越しにケートスと対峙した。
「ただし、条件がある。俺がそのメデューサってやつの首を取って帰ってきたら―――あんたはこの生徒会長の座を降りろ。そして二度と、アンドロメダにも学園の連中にも手出しはさせねえ」
「……いいだろう。その蛮勇に免じて、契約を結んでやる」
ケートスは嗜虐的な笑みを深め、頷いた。
「だが、死体が回収されることはないだろうからな。墓標を立てられないことだけは、あらかじめ詫びておこう」
「へっ、心配ご無用。土産話を持って帰ってくるさ」
ペルセウスは地図を懐にしまうと、踵を返して生徒会室の扉へと向かおうとしたところで、呆然と立ち尽くす男子生徒の肩をポンと叩いた。
「あんた名前はなんていうんだ?」
「……アドロースだ。」
「留守は任せたぜ、アドロース。あんたの盾があれば、俺がいない間も安心だ」
ひらりと手を振り、ペルセウスは部屋を出て行った。残されたのは、静まり返った生徒会室と、拳を握りしめるアドロース。そして、邪魔者が消えることを確信し、笑みを浮かべるケートスだけだった。
★★★★
学園から遠く離れた北西の海域。海風により届くΩ線は、島内部で滞留しており、一歩踏み入れるだけで、体はびりびりとしびれてくる。
長い時間はここにいることができない。上陸したペルセウスを出迎えたのは、そんな死の世界だった。
「趣味の悪い庭だな……」
少し歩くと見えてきたのは無数の彫像だった。恐怖に顔を歪めたまま固まった、かつての英雄たちの成れの果てだ。
ペルセウスがつぶやくと同時、湿った風と共に「シャァァァ……」という音が岩陰から響く。髪のすべてが毒蛇と化した女怪、メデューサ。その瞳は、見るものすべてを石へと変える超能力を有していた。
「目が合えば終わり……か。厄介極まりないな」
ペルセウスは視線を逸らし、気配だけで敵の位置を探る。だが、メデューサの攻撃は視線だけではない。無数の蛇が矢のように放たれ、強靭な尻尾がペルセウスを襲う。『英雄の武具』を使おうにも、ここにはペルセウス一人。想いを糧にする能力は、孤独こそが最大の弱点だった。
「ぐっ……しまっ……!?」
一瞬の判断の遅れ。回避したはずのつま先が、メデューサの視界に入ってしまった。 カチ、と音が鳴り、ブーツの先から急速に色が失われ、灰色の石へと変質していく。
石像の陰に身を隠すが、侵食は止まらない。
その時、ふと足元に目が行った。追い詰められ逃げ惑うのではなく、何かを必死に守ろうとするように腕を伸ばしている石像がいたのだ。
そして思い出す。学園を出る時、アンドロメダが、アドロースが、クラスのみんなの「生きて帰って」という願いを。
必ず戻ってくる、と約束したあの瞬間を。
「……へっ、一人じゃなかったな。俺には、帰らなきゃいけない場所があるんだよ!」
距離は離れていても、願いは繋がっている。遠く離れた学園からの想いを『英雄の武具』に変換する!
「悪いが、俺の『ハッピーエンド』のために眠ってもらうぜ! ―――『友の聖壁』」
鏡のように光を反射する盾が、メデューサの姿を映し出す。
自らの石化の呪いを反射され、動きが鈍った一瞬の隙。ペルセウスは疾風のごとく駆け抜けた。
「アンドロメダ、力を貸してくれ! ―――『星雲の昇華』」
一閃。メデューサが崩れ落ちると、その血だまりの中から、純白の翼を持つ天馬――ペガサスが高らかないななきと共に誕生した。ペルセウスを見つめるその瞳は、主を待っていたかのように澄んでいた。
「お前も、ここから出たかったのか? ……よし、行くぞ! 俺たちの学園へ殴り込みだ!」
★★★★★
一方、プトレマイオス学園では陰湿な空気が支配していた。 ケートスは自身の失敗を隠蔽し、巧みな情報操作を行ったのだ。
『転校生ペルセウスは、怪物に恐れをなして逃亡した』
『アンドロメダがそそのかしたせいで、学園の秩序が乱された』
根も葉もない噂が広まる。生徒たちはケートスの報復を恐れ、アンドロメダに関わろうとしなくなった。教室の隅、誰とも口を利けずにいるアンドロメダ。だが、彼女の瞳から光は消えていなかった。ペルセウスとの約束を信じていたからだ。
「……諦めの悪い女だ」
放課後。教室に現れたケートスは、冷ややかな目で見下ろす。
「あの男は戻らない。死んだか、逃げたかだ。無駄な希望は捨てて、私の手を取れ。そうすれば学園の制裁は解いてやろう」
「いいえ。彼は帰ってきます。絶対に」
「愚かな……。ならば、その希望ごとへし折ってやる」
ケートスが指を鳴らすと、執行部員たちがアンドロメダを取り囲んだ。無理やりにでも連行し、物理的に孤立させる。
またペルセウスのような生徒が現れれば、ケートスの計画が遠のくからだ。
誰もが目を背ける中、
「やめろッ!!」
一人の男子生徒が机を蹴倒して立ち上がった。アドロースだ。彼に続くように、あの日、一緒の鍋を囲んだクラスメイトは、震える足でアンドロメダの前に壁となって立ちはだかった。
「ペルセウスは逃げてない! 俺たちを助けてくれたあいつが、そんなことするわけないだろ!」
「アンドロメダさんを連れていくなら、私たちを倒してからにして!」
微力な抵抗。だが、それは確かにケートスの支配に生じた亀裂だった。
「増長するな、雑魚共が」
ドォォォン!!
『深海の重圧』が教室全体を押しつぶす。アドロースの盾も、クラスメイトたちの抵抗も、圧倒的な重圧の前に一瞬で瓦解した。
床にひれ伏させられる生徒たち。アンドロメダの腕が、ケートスに掴まれる。
「終わりだ。この学園に英雄などいない」
ケートスが勝利を確信し、アンドロメダを引き寄せようとした、その時。
ヒヒィィィンッ!!
高らかな嘶が聞こえたかと思うと、教室の窓ガラスが全て粉々に砕け散った。白い閃光が校舎の壁をぶち抜いて教室へと飛び込んでくる。
「―――宴の準備はできてるかァ! 主役のお帰りだぜッ!!」
土煙を巻き上げ着地したのは、神々しい天馬に跨ったペルセウスだった。その手には、石化の超能力を失ったメデューサの首が握られている。
「ペルセウス……!」
「遅くなって悪ぃ! ちょっと道が混んでてな!」
ペルセウスはペガサスから飛び降りると、アンドロメダとケートスの間に割って入った。
「馬鹿な……メデューサを倒して戻ってきただと!?」
「驚くのはまだ早いぜ、生徒会長。こいつはお土産だ! ―――『石化の魔眼』」
放たれた石化の視線は、ケートスではなく、周りの執行部員を石化させる。
「安心しろ、俺が解除しようと思えばいつでも、元通りになる」
「クソ! なぜ、メデューサの超能力を!」
「知ってんだろ、俺の能力は『英雄の武具』思いのたけを糧に超能力にする。普段なら、応援する気持ちだったり、助けたいっていう気持ちでしか『英雄の武具』は発動しないんだがな……メデューサは死んだ後にも強い恨みつらみを俺に向けてるせいか、使えるようになったんだよ」
「そんなことどうでもいい!!」
ケートスはそういうと、腕を振り下ろしペルセウスただ一人に『深海の重圧』を使用する。
「それはもう超えている―――『星雲の昇華』」
ペルセウスがケートスを押し返す。すると、床に伏していたアドロースたちが一斉に顔を上げた。彼らの目には、もう恐怖はない。「やってやれ!」という熱い想いが、奔流となってペルセウスに流れ込む。
「さあ、ここからは対等な喧嘩だ!」
学園中から集まる「ケートスを倒してくれ」という切実な願い。『英雄の武具』はかつてないほどの輝きを放つ。
「認めん……私は選ばれた支配者だぞッ!!」
錯乱したケートスが最大の重圧を放つが、ペルセウスはものともせず前へ進んでいき、ペルセウスの一撃が、ケートスの顔面に深々と突き刺さった。
「これが、お前がゴミ扱いした連中の『重さ』だッ!!」
ズガァァァン!!
ケートスは教室の壁を突き破り、廊下の彼方へと吹き飛んでいった。静寂の後、爆発的な歓声が学園を揺らした。
★★★★★★
ケートスの敗北により、彼のこれまでの悪事――不正選挙、生徒への不当な弾圧、研究費の横領――がすべて白日の下に晒された。
ケートスとその取り巻きは学園から追放され、学園の秩序は生徒たちの手に戻った。
そして行われた新生徒会長選挙。満場一致で選ばれたのは、言うまでもなくペルセウスだった。
「えー、俺が生徒会長? 柄じゃねーんだけどなぁ……」
ぼやくペルセウスの横で、副会長に任命されたアドロースが苦笑いし、書記となったアンドロメダが優しく微笑む。
「ふふ、覚悟を決めてくださいね、会長?」
「……へいへい。姫様の仰せのままに」




