62 兄弟とリンゴ飴
屋台通りに足を踏み入れた瞬間、空気が一段階甘くなった。
焼いた砂糖の匂い、油の跳ねる音、呼び込みの声。
どこを見ても、食べ物、食べ物、食べ物。
「……あ、これは楽しいやつだ」
思わずそんな感想が漏れる。
フローラはというと、もう分かりやすかった。
甘い匂いのする方へ、ふわふわと引っ張られていく。
「りぃ……!」
「はいはい、ちょっと待って」
屋台をいくつか覗きながら、気になったものを少しずつ買う。
串に刺さった焼き菓子、蜂蜜を使った菓子パン。
フローラは特に蜂蜜系に反応が良く、受け取るたびに満足そうに揺れていた。
「……お祭りって、食べ物多いね」
「ええ。こういう時は、食が主役ですから」
ジークがそう言いながら、別の屋台で足を止める。
戻ってきた手には、艶のある赤いりんご飴が一本。
「それ、美味しそう」
「定番ですから」
そう言って一口かじると、ぱり、と小気味いい音がした。
ジークがふと思いついたように、軽い調子で言う。
「兄さんも、食べますか?」
冗談半分。
そういうノリだったはずだ。
りんご飴を、ひょい、とキースの口元近くへ持っていく。
……たぶん、断られる前提。
でも。
キースは一瞬だけ視線を落とし、そのまま身を乗り出して――
普通に、一口かじった。
「……」
それだけ。
何事もなかったかのように、元の姿勢に戻る。
「――え」
ジークが固まった。
自分から振ったとはいえ、まさか本当に食べるとは思っていなかったらしい。
耳まで赤くなって、視線を逸らす。
「……っ」
何も言えず、そのままりんご飴を持ち直して、黙って齧る。
その瞬間だった。
「きゃ……!」
「今の見た?」
「殿下……?」
「ジーク様……」
周囲から、遅れて小さな悲鳴とざわめきが上がる。
視線が一斉に集まり、空気がきらきらと騒ぎ出す。
キースは、完全に無反応だった。
視線も向けず、表情も変えず、ただ人の流れを見ている。
一方のジークは、完全に余裕がない。
顔を赤くしたまま、りんご飴を静かに齧っている。
最近、ジークのこういう顔を見ることが増えた気がする。
フローラは何が起きているのか分からないまま、私の肩でくるりと一回転している。
「りぃ?」
「うん、なんでもない」
周囲がどれだけ騒がしくなっても、
兄弟の空気は、結局いつも通りだった。
キースは淡々としていて、
ジークはまだ少し顔が赤いまま。
でも、その距離感は変わらない。
祭りの喧騒の中でも、
変わらないものも、ちゃんとあるらしい。
私はそれを横目に見ながら、屋台の列に戻った。
「次、あれ食べよ」
フローラが嬉しそうに揺れる。
風見祭りは、まだ続く。
そして、この街の賑やかさも、たぶん、しばらくは続く。
そんなことを考えながら、
私はまた、人混みの中を歩き出した。




