55 雑談配信1
宿の食堂での準備を終えて、私たちは部屋に戻った。
カゲマルが去ってしまったせいか、少し静かで落ち着く。
「……じゃあ、試しにやってみる?」
私が言うと、キースはお茶を一口飲んでから目線だけで頷いた。
「問題ない。準備は整っている」
「僕も大丈夫です。マリさんのタイミングで始めましょう」
フローラは胸の前で小さく両手をあげる。
「りぃー!」
……やる気だけは誰よりもある。
私は深呼吸を一つして、
ウィンドウの“配信開始”を押した。
***
目の前の球体カメラのレンズが光り、配信が始まったらしい。
コメント欄が、ぽつ、ぽつ、と流れ始める。
“始まった?”
“ほんとに生配信だ!”
“フローラ可愛い!!”
思ったより静かなスタート。
私は軽く手を上げて言った。
「えっと……こんにちは。今日はお試しの雑談配信です」
“おおおおーー!!”
“本人が喋ってる……!”
“マリさんの声落ち着く”
まあ、落ち着いているだけなんだけど。
キースが左足を組んで座り、お茶を静かに置いた。
「キースだ」
その一言だけ、なのにコメント欄が弾けた。
“キャーーーー殿下ーー!!”
“飲み方が貴族すぎる”
“存在だけで絵面が強い”
ジークはカメラをまっすぐ見て、丁寧に頭を下げる。
「ジークです。本日はよろしくお願いします」
“ジーク様ーーーー!!”
“礼儀正しすぎて好き”
“なんでこんな好青年が2人も揃ってるの”
横でフローラは机の上をとことこ歩きながら、
「りぃ~~~」
と終始自由。
“フローラ今日も元気で可愛い”
“この星霊ほんと癒し”
私はコメントを読みながら呟く。
「配信って……結構コメント早いんだね」
その瞬間。
“は???”
“かわいい!!!!”
“落ち着いた声で反応してるの可愛すぎ”
何が可愛いの?
***
人数が増えてくると、コメントが一気に流れ始めた。
“ネリスの真剣勝負の話聞きたい!”
“あれどういう状況だったの?”
“殿下の一撃が忘れられない”
“ジーク様の耐久力ヤバくなかった?”
……結局そこに触れたいわけね。
私は二人を見る。
「じゃあ、真剣勝負の話……少し、お願いしていい?」
キースはお茶を置き、姿勢を直した。
「……あれは俺がマリを呼んだとき、たまたま生じた隙だ。本来なら作らない類のものだ」
“殿下でも隙ができることあるんだ…”
“逆にその瞬間を見逃さないジーク様がすごい”
ジークは苦笑して頷く。
「兄さんの気が一瞬だけ逸れた。それだけで……勝負に出る価値があると思ったんです」
“踏み込み速すぎてビビった”
“水しぶき演出最高だった”
キースはジークに目線だけを送り、静かに続けた。
「……だが、鳩尾を入れられて意識が飛ばなかったのは評価する。本気で入れれば、普通は即座に倒れる」
ジークは少しだけ照れたように笑う。
「……正直、膝が勝手に折れました。呼吸がうまくできなくて……世界が揺れた感じで。でも、兄さんと最後まで向き合いたかったんです。だから……落ちたくなかった」
コメント欄が一気に湧く。
“表現がリアルすぎてしんどい”
“兄弟の信頼関係エグい”
“膝ついた瞬間の映像ほんとよかった”
そしてひとつ、こんなコメントが流れる。
“ジーク様、一撃受けた時どんな感じだったの?”
ジークは軽く苦笑して答えた。
「……鳩尾に入った瞬間、身体の奥が一度“抜けた”みたいで。呼吸が途切れて、視界が波みたいに揺れました。膝が勝手に落ちて……そのまま意識まで持っていかれそうで。でも兄さんの一撃だったので……そこで終わりたくなかったんです」
キースはわずかに目を細めた。
「……それで十分だ。よく耐えた」
ジークはその言葉に、素直に笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
“はい尊い~~~”
“兄弟の会話が優しさで溢れてる”
“マリさんこの世界にいて大丈夫?死なない?”
私は二人を横目で見ながら、小さく呟いた。
「……こうして聞くと、ほんと凄い戦いだったんだね」
フローラはどこか得意げに胸を張る。
「りぃー!」
なんでフローラが褒められる流れに便乗してるのかは不明。




