50 訓練2
砂埃がゆっくりと落ちていく。
さっきまで何も見えなかった視界の中に、ようやくジークの姿が浮かび上がった。
位置が──変わっている。
さっきまで衛兵たちに囲まれていたはずなのに、今はその輪の“外側”、誰にも挟まれない場所に自然と移動していた。
「……位置取りを変えたか」
キースが小さく呟いた。
その声には評価の色があった。
私はただ、ぽつんと思う。
この状況で、動きながら陣形を見てるんだ……
ジークは静かに息を整え、足を少しだけ開いた。
あの姿勢になるときは“攻勢に転じる”ときだ。
衛兵たちが一斉に声を上げる。
「前衛、構え! 取り囲め!」
足音がどっと迫る。
ジークが、ふっと地面を蹴った。
「──っ!」
踏み込みの速度が、さっきと違う。
一段階、明確に速くなった。
槍が迫る。
剣が横から振られる。
そのすべてを、ジークは滑るように避けながら懐へ潜り込み、柄で顎を弾き、足払いを入れ、ついでに後ろの一人を肘で押し流す。
3人、4人、5人──連続で砂の上に倒れていく。
「りぃ……!」
フローラが目を丸くして私の肩にしがみついた。
カゲマルは若干震えながら、録画ウィンドウを固定する。
「やっば……ジーク様、本気モードっすよ……!これ、絶対バズる……!」
あなたは静かに撮ってて。
私は目を離せずにいた。
ジークは確かに優しいし、温厚で、礼儀正しい。
でも今目の前にいるのは──
戦い慣れてる……そういう言葉しか出てこない
まるで水の流れみたいに、止まらず、淀まない。
そんなジークを、衛兵たちのAIは見逃さなかった。
「隊列を組み直せ! 槍隊、前へ!」
がしゃん、がしゃん──
並び替えられる盾と槍の壁。
私は思わず口を開いた。
「うわ……これ、普通に無理なやつじゃない?」
すぐ隣で、カゲマルがひそひそ声で返す。
「そうなんすよ……この陣形、騎士団イベント級っす……
生半可な前衛じゃ突破できないっす」
それを一人で?
さすがに今回は厳しいんじゃないかと思った、その瞬間。
ジークの構えが、また変わった。
重心をぐっと低くして、足の裏で砂を軽く払う。
「……加速する気か」
キースが目を細める。
その“読みの声”が聞こえた途端だった。
ジークが、地面を裂くような勢いで飛び込んだ。
槍の届くより一瞬早く。
盾で防がれる前に潜り込むように。
「っ……!」
衛兵の槍がジークを貫こうと伸びた──が。
ほんの一瞬、ジークが姿勢をずらしたせいで、槍先はわずかに空を切る。
そのフェイントで隊列が歪んだ。
「今っ!」
ほんの声が漏れた。
ジークは迷わず中央に踏み込み、
盾ごと押し流すようにして突破する。
砂がざわっと盛り上がり、数人が同時に倒れ込んだ。
「すっげぇ……! 本当に抜きにいってる……!」
カゲマルが感激で震えている。
私はというと、ただただ息を飲みながら眺めるだけ。
ジークって、こんな顔で戦うんだ……
優しさとか、控えめなところとか、そういう印象とは違う。
“勝ちに行く者の顔”だ。
キースは、そんな弟の姿を黙って見つめていた。
目の奥が、わずかに楽しそうに光っている。
「……動きが洗練されてきたな。悪くない」
その小さな声を聞いたとき。
あ……そうか
キースは、ただの観戦じゃない。
観察してるんだ。
ジークの成長を、戦い方を、全部。
そして。
「第二列、前進!!」
衛兵たちが再び立て直し、槍の先を揃えた。
人数はまだ半分以上残っている。
ジークは深く息を吸い、剣を握り直した。
その視線の先で、盾を構える前衛がじりじりと距離を詰めてくる。
空気がまた張りつめる。
ここからが本番みたいだ。
私はフローラを抱え直し、息を飲んだ。
ジークが低く構え、
衛兵たちの足が同時に動いた。




