49 訓練1
衛兵NPC五十名が整列して待ち構える訓練場は、
空気そのものが張りつめていた。
砂地に薄い風が走り、静けさだけが耳に残る。
ジークは前に立ち、軽く深呼吸した。
その背中は、ただの訓練というより“覚悟”に近い。
「訓練開始!!」
衛兵全員の声が揃って響いた瞬間、
砂埃が一気に舞い上がった。
私は後ろに立ち、フローラを胸元に抱えながらゆっくり息を吐く。
「……始まったね」
フローラは緊張しているのか、
私の服をきゅっと掴んで震えていた。
「りぃ……」
カゲマルはといえば、
すでにカメラウィンドウを展開して撮影態勢。
「よし……自分、全力で撮るっす……!!」
気合いがすごい。
その横で、キースは腕を組んだまま、
何も言わず戦場を見つめていた。
彼の目はいつもの冷静な色。
けれど、どこか楽しそうでもある。
***
まず動いたのは衛兵たち。
三方向から同時に踏み込み、
挟み込むような連携でジークに迫る。
動きがほんとにNPCとは思えない。
けれどジークは――全く動じない。
たった一歩だけ下がり、
それだけで三人分の攻撃軌道を外した。
「……え、避けた」
思わず口から漏れる。
ジークは視線ひとつ揺らさず、
最初の衛兵の槍を手首で流したかと思うと、
反動を使って隣の剣を弾く。
そして三人目の肩へ、
剣の柄を軽く当てて吹き飛ばした。
「三人、無力化」
淡々とキースが言う。
数えるんだ。
私は半ば呆れ、半ば感心しながら見続けた。
***
衛兵たちはすぐに動きを変えた。
今度は速度重視の小隊が突撃し、
後方からは重攻撃隊が圧力をかけてくる。
カゲマルが小声で呟く。
「第二フェーズ来たっすね……。ここ、普通のプレイヤーなら詰むっす」
ジークは剣を逆手に持ち替え、
蹴りを混ぜながら攻撃の流れを切っていく。
砂を踏む音、金属が擦れる音、
水でも流れるみたいな滑らかな動き。
私はその場面をぼんやり眺めながら思った。
「……ネリスの時より早いかも」
キースはそっけなく答える。
「当然だ。足場が安定しているからな」
水の中であれだけの動きを見せていた人が、
地上ならもっと強くて当然か。
***
衛兵の一撃がジークの頬をかすっていく。
ほんの一瞬のことだけど、
ジークの髪がさらりと揺れて、その速度を物語っていた。
フローラは不安そうに私の腕を掴む。
「りぃ……」
私は特別驚かなかった。
この人たち、本気で戦ってる時はいつもこうだ。
ただ、胸の奥はざわざわしていた。
五十人相手って、想像していた以上に無茶だ。
***
数合交えた頃、
ジークの呼吸がわずかに荒くなり始めた。
まだ十人ほどしか倒していない。
「やっぱり、五十人って無謀なんじゃない……?」
ぽつりと呟くと、カゲマルがすぐ横で同意する。
「無理っすよ普通。前線勢でも半分ももたないっすから」
キースだけが涼しい顔で、
淡々と観察するように言った。
「問題ない。あいつは状況を把握している」
「……状況?」
キースの視線の先を追うと、
ジークは戦闘しながらも周囲を見渡していた。
隊列、距離、砂地の状態。
まるで全体の配置を“計算”しているみたいだった。
「……なるほど。そこを使う気か」
キースが小さく呟く。
「え?どこ?」
「見ていろ」
と言われたので、とりあえず黙るしかない。
***
衛兵が一斉に距離を詰めた瞬間、
ジークが大きく踏み込んだ。
「――っ!」
砂が高く舞い上がり、視界が一気に白く染まる。
その中へ、ジークが迷いなく飛び込んでいく。
私は思わず息を呑む。
カゲマルは興奮して叫んだ。
「来た来た来た!!これ、絶対次にヤバい展開来るやつっす!!」
フローラは私の胸元にしがみつき、
キースはほんの少しだけ目を細める。
「……ここからだ」
砂が落ち始め、
ジークの姿がゆっくり現れる。
――真正面から五十人を倒しにいく覚悟の目で。
五十人抜きは、まだ始まったばかりだ。




