35 お疲れ様だよ
小川の水音だけが、静かに、穏やかに響いていた。
戦いの熱気が抜けた空気の中で――
ジークは膝をついたまま、腹を押さえて苦しげに息を吸う。
「……っ……は……兄さんの……一撃は……さすがに……効きますね……」
声は弱いけれど、どこか満足げでもある。
痛いくせに、嬉しそうってどういうこと?
私は慌てて近づこうとしたけれど、キースが手だけで制した。
「まだ触れるな。痛みが引かないうちは無闇に動かすな」
「りぃ……」
フローラがしょんぼりしながら、ジークの周りを心配そうに飛ぶ。
ジークはそのフローラを見て、かすかに笑った。
「……心配かけますね……大丈夫……です……ふぅ……」
いや絶対大丈夫じゃない顔してるんだけど?
「ほら、水。飲める?」
私はインベントリから水筒を取り出して差し出す。
ジークは震える手でそれを受け取り、喉を潤すと、少しだけ呼吸が整った。
「……ありがとうございます、マリさん」
フローラもそっと近づき、ジークの指をちょんちょんと触る。
「りぃ……」
「ふふ……大丈夫ですよ、フローラ」
少し落ち着いてきたところで、キースは木陰に寄りかかり、腕を組んで目を閉じる。
「……落ち着くまで休め。痛みが残っているうちは判断が鈍る」
「分かっています……兄さん……」
私はというと、ほっとしたように隣の石に腰を下ろした。
さっきまでの緊張が一気に抜ける。
***
少し経って、ジークの呼吸もようやく落ち着いてきた。
「……兄さんの読みには、まだ追いつけませんね……」
ジークは腹の痛みを堪えながら、それでも悔しそうに、そしてどこか誇らしげに言った。
キースは静かに目を開け、ゆっくり立ち上がる。
「お前の剣筋は悪くない。ただ――焦りが出た時に上段に重心が乗る癖はまだ抜けていない。さっきもそうだ」
「……っ」
「読まれて当然だ」
ジークは唇をかみ、でもそれは悔しさより“認められたい”気持ちが勝っている顔だった。
私はそのやり取りを聞きながら、やっぱり兄弟の会話レベル高すぎる……と内心ついていけてない。
キースは続ける。
「だが――以前と比べれば、格段に速くなっていた。剣を交えた瞬間に分かった」
その一言に、ジークの目がわずかに揺れる。
驚いて、喜んで、信じられないような表情。
「……兄さん……本当に……?」
「あぁ。成長している。腕は鈍ってなかったな」
「……ありがとうございます……」
それは、嬉しさを必死に抑え込んだ、深い深い感情が詰まった声だった。
フローラまで「りぃ……」と控えめに喜んでいる。
私はその光景を見ながら、ぽつりと言う。
「ぶらこん……」
キースから否定の言葉が来なかったが無言の圧を感じ、思わず視線を逸らした。




