34 真剣勝負4
水面に映る影が揺れて、呼吸の気配がぶつかる。
ジークは崩れた体勢を立て直し、痛む腹を押さえながらも剣を上げた。
「……まだ……終わりませんよ、兄さん……!」
声はかすれているのに、眼だけは強く光ってた。
キースは構えを崩したまま、細い目で弟を見つめ、手で来いと合図する。
ジークの肩が震え、次の瞬間――
水が爆ぜる。
「──っ!」
踏み込みが速い。
水飛沫が白い線になって空へ舞う。
「速……っ!」
思わず声が漏れた。
痛みで動きは鈍っているんじゃ?って思ってたけど……違った。
痛みを押し潰して、さらに速度を上げてきた。
フローラが不安そうに羽を震わせる。
「りぃ……!」
ジークの剣が唸ってキースに走る。
しかしキースは――動かない。
むしろ、水面を踏み締めるようにして、その場で弟を迎える。
「来い」
その一言で、空気が変わった。
刹那、金属が交差する。
ガキィン!!
冷たい水しぶきが二人の周りで花みたいに散った。
ジークの連撃は鋭い。
斬る、突く、薙ぐ。
剣筋は迷いがなく、痛みを押さえつけてなお速い。
でもキースはすべて見切ってた。
一歩も下がらず、角度を変え、刃の向きを変え、最小限で受け流す。
「く……っ!」
ジークの呼吸が荒くなり、剣を振るたびに腹が痛むのか眉が揺れる。
「……限界が近いな」
キースが小さく呟く。
その“見抜き方”が怖いくらい正確で、
ジークの動きがほんの一瞬だけ鈍った、その瞬間を――
キースの目は逃さなかった。
ジークが踏み込んだ時、バランスが一瞬だけ崩れた。
その刹那。
カンッ!
キースがジークの剣をわずかに弾き、軌道を外す。
そのまま体を半回転させて背後へ回り込み、
バシッ!
剣の“腹”で、ジークの背中を軽く叩いた。
金属ではなく“平らな部分”だからこそ、技の正確さがよく分かる。
ジークの身体が前のめりに崩れ、膝をつく。
「っ……く……」
剣先が水に触れ、小さな波紋が広がった。
キースは剣を下げ、ゆっくり弟へ歩み寄る。
水が足首の高さで流れを変え、
その中でキースは迷いなくジークの前に立つ。
俯いたままのジークが、小さく苦笑した。
「……負け……です……兄さん……」
その声には悔しさよりも、どこか安堵があった。
キースは静かに息を吐き、
そっと、ジークの頭に手を置いた。
撫でるようでも、押さえつけるようでもなく。
ただそこに、「認める」という意味で触れる。
「……よくやった。強くなったな、ジーク」
その言葉に――ジークの肩が震えた。
「……兄さんに……そう言ってもらえる日が……来るなんて……」
ジークの声は揺れ、かすれていて、
胸の奥に何かが詰まってるみたいだった。
私は思わず口元を押さえた。
「……なんか……ずるいよ、この兄弟……」
フローラも小さく「りぃ……」としんみりしている。
シーフの青年はぼそっと呟いた。
「……映画かよ……こんなん泣くわ……」
本当に、泣きそうなぐらい良い兄弟だった。
キースはジークの頭から手をゆっくり離し、
「立てるか?」
「……はい……兄さんのおかげで……」
ふらつくジークを支えながら立たせるキースは、
いつもの飄々とした雰囲気とは違って、どこか優しかった。
ジークは苦笑しながら、腹を押さえつつもまっすぐキースを見る。
「次は……勝ちますよ……必ず……」
キースは一瞬だけ目元を和らげた。
「期待してる」
その短い言葉に、ジークはまた胸を詰まらせて顔を伏せた。
私は息を吐き、
心の中がほわっと温かくなる。
「……ほんとに、すごかった。二人とも」
キースがちらっと私を見る。
「お前、今度こそちゃんと見ていたな」
「見てたよ最後まで」
「ならいい」
真剣勝負は終わり。
兄弟の絆が静かに、水面に溶けていった。




