30 見たいって言ったのは私だけど……
ネリス川のそばで釣った魚を食べ、みんなでのんびり休んでいたとき――
私はふと思い出したように口を開いた。
「ねえ……模擬戦って、どんな感じだったの?」
ジークが少し驚いた顔をする。
「模擬戦、ですか?」
「うん。昔よくやってたんでしょ?話聞いてたら……見たくなっちゃって」
そう言った瞬間、
ジークの顔が「えっ、見たいんですか?」と完全に動揺に染まったのに対して――
キースは、薄く口角を上げた。
いたずらっぽい笑み。
“完全に乗り気のやつ” だ。
「最近は勉強ばかりで、あまり稽古してないだろう?」
ジークがピクリと反応する。
「兄さん、それは――」
キースは続ける。
「剣筋が鈍ってないか、確かめてやる」
「……っ!」
その言葉は挑発ではなく、
“本気で確かめる” という意味を含んでいる。
ジークは一瞬だけ迷って――
でも、すぐに目の奥の火が灯った。
「……分かりました。模擬戦、受けます」
うわぁ……完全にスイッチ入った顔だ。
私が軽率に“見たい”なんて言ってしまったばかりに、思ったより本格的な流れになってきた。
フローラはというと、
「りぃ……?」
と、若干不安そうに私の肩から覗いている。
***
キースがメニューを開き、PVP申請を送る。
《キース → ジーク 対人戦申請を行いました》
このゲームはPK不可だけど、対戦申請を双方が承認すれば“安全な模擬戦エリア”として成立する仕様らしい。
ジークもゆっくりと頷いて、承認ボタンを押す。
《対人戦が成立しました》
だが――ここで問題があった。
「兄さん、剣……魔法職なのに補正が入りませんよ?」
「構わん。元々これは俺の趣味だ」
メイジが剣を握るのも十分意味不明なのに、
補正なしで戦おうとするキースはもっと意味不明である。
そしてさらに驚くことが起きた。
ジークが自分のステータス画面を開き、
武器補正をひとつひとつオフにし始めた。
「ジーク?何してるの?」
私が声をかけると、彼はまっすぐ私を見る。
「……模擬戦ではなく、真剣でやりたいんです」
空気が変わった。
キースの目が細くなる。
「……なるほど。俺に本気で勝ちたいと」
「はい」
その声には震えがなく、
ただ真っすぐな気持ちだけが乗っていた。
キースはゆっくりと立ち上がる。
「いいだろう。なら――真剣勝負だ」
うわ……完全に“本気の兄”の顔だ。
正直、ちょっと怖い。
でも、目の奥にはどこか楽しそうな光もある。
***
場所を移すことになった。
ジークが提案したのは、
ネリス村の外れ。村の裏手にある、小川が流れる静かな場所。
観客もいない。
風の音と水の音だけが聞こえる。
“兄弟の戦いをするにはちょうど良い場所だ” とジークは言った。
確かに……ここなら邪魔も入らないし、
静かで緊張感がある。
試合開始前、キースがこちらを振り向いた。
その瞳が真っすぐ私を射抜く。
「……マリ、言い出したのはお前だろう」
「う……はい」
「最後まで見届けろ。途中で目をそらすな」
「え、そ、そんな怖いこと言わないで!」
「怖くない。普通だ」
いや普通じゃないよ!?
でも妙に説得力があって何も言い返せない。
フローラは私の肩で縮こまっている。
「りぃ……」
ジークは剣をゆっくり抜き、
夕陽を反射した刃がきらりと光る。
キースも静かに構えを取った。
……空気が張り詰める。
私の胸がどきどきし始めた。
うわ……これ、
本当にやばいの見ちゃうやつじゃない?
そして、
兄弟の“真剣勝負”が――静かに幕を開けた。




