29 兄弟っていいな
魚料理を全部食べ終えたあと、
私たちはそのまま部屋の床にごろんと座って、しばらく動けなかった。
「食べ過ぎた……」
「りぃ〜〜……」
フローラは完全に幸福の塊みたいになっていて、
お腹を抱えてふにゃふにゃ浮いている。
キースは壁にもたれかかりながらお茶を飲み、
ジークは椅子を少し引いて、窓の外の光をぼんやりと眺めていた。
エノラの午後は穏やかで、
何もしない時間も、なんだか贅沢に感じる。
そんな中、ふとジークが呟いた。
「……懐かしいですね」
「何が?」
私が聞くと、ジークは少しだけ目を細めた。
「昔、兄さんとよく模擬戦をしました」
ああ、そういえばそうだったな。
遊びに誘ったら今日は稽古があるから〜とかで断られた時がある。
キースが静かに言葉を継ぐ。
「……あの頃のお前は、ひどかったな」
「兄さん、それどういう意味ですか?」
「動きも雑、判断も甘い、呼吸も乱れる。正直、十秒もかからなかった」
「……否定できません」
ジークは肩を落として苦笑した。
「何度も倒されて……何度も地面ばかり見ていました」
その声は明るいのに、どこか遠くを見ているようで――
本当に悔しさも情けなさもぜんぶ経験してきた、そんな響きがあった。
「でも最近は……ようやく、たまに引き分けにできるようになりました」
誇らしいというより、
“本当に少しだけ誇れるようになった” そんな控えめな声。
私は思わず笑った。
「すごいじゃん。それってめっちゃ成長してるってことでしょ?」
ジークは少しだけ照れたように視線をそらす。
キースはお茶を飲む手を止め、
静かに、だけどはっきりと言った。
「……ジーク。お前は強くなった」
たったそれだけの言葉なのに、
ジークの肩が小さく震えた。
驚いたように兄を見る。
「兄さん……」
キースは続けない。ただ事実だけを告げた声だった。
けれどその声音には、柔らかさがあった。
そして――
キースがゆっくりと手を伸ばし、
ぽん、とジークの頭に触れた。
撫でるでもなく、重すぎない優しい重み。
「よく、ここまで来たな」
ジークの目が一瞬で潤んだ。
こらえるように俯き、
かすれるほど小さな声で言う。
「……ありがとうございます……兄さん」
その瞬間のジークは、戦士でも騎士でもなく、
ただの“弟”そのものだった。
私はその光景を見ながら、頬杖をついてぽつりと呟く。
「ジークがこんな顔するの、久しぶりに見た気がするなぁ」
フローラもその空気を感じたのか、
そっとジークの肩のあたりに降りて、優しく羽を揺らした。
「りぃ……」
キースはふっと小さく笑みをこぼす。
「……泣くな」
「泣いてません」
泣いてるじゃん。
でも――こういうの、いいな。
冒険の準備も、戦闘も、釣りも、料理も楽しいけど。
こんなふうに、
何でもない時間にふと見える“家族の形”みたいな瞬間が……
なんだか一番、心に残る。




