22 セーフエリア
エノラ草原を歩き始めて、どれくらい経っただろう。
街から離れるにつれて、あの明るい喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
風はさらさら気持ちよくて、草の揺れる音だけが耳に残っている。
フローラはというと——
「りぃ〜〜!」
私の前や横や上を自由自在に飛びながら、完全に遠足モード。
楽しそうでいいけど、ちょっと落ち着いてほしい。
「本当に元気だね」
「りっ!」
胸を張るんじゃない。
そんなやり取りをしていると、キースがふと足を止めた。
少しだけ空を見上げ、太陽の位置を確認している。
「……そろそろペースを上げるぞ」
「え?そんなに時間経った?」
「このままだと日が沈む。夜までにセーフエリアへ入る」
ジークも柔らかい声で続ける。
「マリさん、セーフエリアは安全に休める場所です。そこまで行ければ今日は安心ですよ」
「そっか……じゃあ頑張って歩くか」
フローラはその言葉に反応して、私の手を引くように前へ飛んでいく。
「りぃっ!」
元気だなぁもう。
***
草原の景色が少しずつ変わっていく。
街の近くはふわふわした草だったけど、進むにつれて背の高い草花が増えてきて、色味も濃くなる。
遠くの丘では鳥の群れが飛び立ち、光る虫が小さく跳ねていた。
なんか……こういうの、ゲームっぽいけどゲーム以上にきれいだ。
軽く息を吸った瞬間、フローラが空中でぴたりと止まった。
「り……っ」
羽がわずかに震えている。
その変化に気づいたキースが、周囲へ視線を走らせた。
「……前方。四十メートル。小型モンスターが二体」
「そんな遠くでも分かるの?」
「草の揺れ方が不自然だから」
ほんと、こういうのプロすぎる。
ジークは剣に手を添えつつ、穏やかに言った。
「右へ回りましょう。避けられます」
二人が慣れすぎていて、ほんとに頼もしい。
***
ルートを少し変えたあたりで、予想外の動きがあった。
草むらが突然ばさっと揺れて、小さめの獣型モンスターが一体飛び出してきた。
「あっ——」
私が声をあげるよりも早く、フローラが前へ飛び出した。
小さな身体なのに、速い。
「りぃ!!」
花びらがふわっと舞い、凝縮して一つの光弾へ変わる。
ぱしゅっ!
獣型モンスターは霧のようにほどけ、地面へ消えていった。
……え、うちの子強くない?
ジークが微笑む。
「フローラは動きが軽いので、こういう相手には強いですね」
「星霊術のおかげで、身体能力が底上げされているんだろう」
キースの言葉に、フローラは誇らしげに胸を張った。
「りぃ♪」
はいはい、強かったよ。かわいかったよ。
でも無茶はしないでよ。
***
その後は大きな戦闘もなく、順調に草原を進んだ。
日が徐々に傾いて、草の色がオレンジに染まりはじめたころ。
丘の向こうに——ふわりと揺れる淡い光が見えた。
「……あれ?」
「セーフエリアの結界だ」
キースが短く言う。
ジークが説明を添える。
「モンスターが近づけない保護領域ですね。冒険者がよく休憩に使います」
近づくにつれ、光の輪は柔らかく大きくなっていく。
中には数人のプレイヤーが座っていて、火を使っても安全らしい。
フローラが嬉しげに飛び込もうとして——
「だめ。突っ込まないの」
「りぃ……」
ちょっとしょんぼりして戻ってくるけど、光が珍しくて仕方ないらしい。
というか、私も少しワクワクしてる。
***
結界の中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
風が柔らかくて、なんだろう……落ち着く。
「間に合ったな」
キースが静かに言い、ジークもほっと息を吐く。
「ここなら安全に休めます。今日はゆっくりしましょう」
私は大きく伸びをした。
「……はぁぁぁ。思ったより歩いたね」
フローラは私の肩でくるくる回っている。
「りぃ♪」
嬉しそうね。よかった。
キースが焚き火の位置を確認しながら告げる。
「明日はエリアボスだ。早めに休んでおけ」
「どんな相手なんだろ……」
「気負う必要はない。俺たちがいる」
ジークも微笑む。
「一緒に乗り越えていきましょう」
フローラが私の頬にぴたっと寄り添った。
「りぃっ!」
うん……明日がちょっと楽しみかも。
草原の夜風が静かに通り抜け、光の結界が淡く揺れた。
——冒険っぽくなってきたなぁ。




