12 初めてのフィールドをお散歩します
喫茶店を出て少し歩くと、エノラの街の喧騒がゆっくり遠ざかっていった。
潮風が心地よくて、胸の奥がふわっと軽くなる。
「ねぇ、外行ってみたいんだけど」
なんとなく言っただけなんだけど、心がそっちに向かってた。
フローラはその瞬間「りぃ!!」と大きく羽を震わせて、
私の前でぴたっと止まり、期待に満ちた目でこちらを見ている。
「行きたいんだね」
「りぃっ!」
元気だなぁ……。
キースが歩きながら言う。
「今日はサービス初日だから混んでるだろうな」
ジークも頷く。
「軽くみて回る程度にしましょう」
「わかった」
フローラが「りぃー!」と賛同して飛び上がり、私の手を引っ張る。
痛くはないけど……気持ちだけ前に持っていかれる。
「はいはい、行きますよー」
***
エノラの街門は、思っていたよりも大きくて重厚だった。
石造りの壁、木製の巨大な扉、左右には警備のNPCが立っていて、
いかにも“冒険の入り口”って雰囲気。
私たちが近づくと、門番の一人がジークの方へ、急に背筋を伸ばして敬礼する。
「ご苦労様です!!」
「えっ…?」
思わず固まったけど、ジークは慣れているのか、ちょっと苦笑いして敬礼を返した。
「ご苦労様です」
その一連の動作がもう……完璧で。
門番NPCも完全に“敬うべき上官を見る目”になっていた。
なにやってんのこいつは……。
敬礼を返された門番NPCは頬を緩ませている。
すごいわジーク。やっぱり騎士だよこいつ。
そして門番NPCの視線が、ゆっくりとキースに向かう。
途端に空気が変わった。
さっきまでの柔らかい雰囲気が、一転して硬直する。
「し、失礼しました!!ご来訪、誠にありがとうございます!」
「護衛をすぐに――!」
いや待って、護衛?キースに?なんで?
キースはため息をひとつだけ落とし、手を軽く上げて制した。
「必要ない」
「で、ですが……その、貴族級の……」
「任務に戻れ」
……いや、なんでキースだけ王族モードになるのよ。
門番NPCは「はっ!!」と姿勢を正して後退し、
その緊張感はまるで“国家レベルの誰か”への敬意だった。
私はジト目でキースを見る。
「お前は何者だよ」
「ただの一般人だ」
はい嘘確定。
ジークは困ったように笑った。
「兄さんはカッコいいですから仕方ありません」
そうだけど……そうなんだけど……。
ため息を吐くと、フローラはそのやり取りを聞いているのかいないのか、
「りぃ?」と首を傾げていた。
***
門を出た瞬間、景色が広がった。
「……わぁ」
息が漏れた。
一面の草原。
揺れる緑の波、遠くに見える丘、鳥の鳴き声、風の音。
現実の自然よりも鮮明で、どこか優しい。
すご……ほんとに来たって感じする
フローラは嬉しすぎて、勢いよく空に飛び上がり、
私の周りをくるくる回り始めた。
「りぃ!りぃ!りぃ!!」
「危ないってば、そんな急旋回しないの」
言っても聞いてない。テンション上がって聞こえてないのかな?
フローラが子供じゃなくて犬に見えてきた。
少し歩くと、草の茂みの中に葉っぱが揺れているのが見えた。
「あ、採取ポイントかな?」
触れるとウィンドウがポンッと出る。
《薬草(品質:普通)を採取しました》
「採れた……!ほんとに採れたんだ」
ジークが微笑む。
「最初はこんなものですよ。品質はこれから上がっていきます」
キースは周りを警戒するように軽く見回して言った。
「この辺りは弱いモンスターしか出ないはずだ。慣れるにはちょうどいい」
私は草原の匂いを吸い込みながら、
遠くまで続く景色をゆっくり眺めた。
「なんかさ……こうしてのんびり歩くだけで十分楽しいね」
自然とそんな言葉が出た。
ジークは柔らかくうなずく。
「そうですね」
キースも静かに頷いた。
フローラは私の膝にちょこんと降りて、
草の匂いをクンクンしている。
花が咲いている方向を見ると、そっちへ私の手を引こうとしてくる。
「引っ張らなくても、行くから」
草原の風が気持ちよくて、
目の前に広がる景色が新しくて、
フローラが元気で、2人が隣にいて。
……なんか、こういうの、好きだなぁ。
私は深呼吸して、空を見上げた。
太陽が傾いてきて、草原の色がオレンジに染まり始めたころ。
私は、自然とこう呟いていた。
「――明日は何しようかな」
その一言に、フローラが嬉しそうに羽を震わせた。




