10 のんびり街歩きをしよう
広場の熱気を抜けた瞬間、空気がひんやり軽くなった。
背後ではまだ歓声やざわめきが続いているけれど、少し離れただけで世界が静かになる。
「ふぅ……やっと歩けるわね」
私の横を、フローラがふわふわとゆっくり飛びながらついてくる。
さっきまで人の間を飛び回っていたせいか、羽の動きがいつもより弱い。
「り〜……」
「疲れたの?よしよし、おつかれさま」
指をそっと近づけると、フローラはその指に抱きつくようにぎゅっとしがみついてきた。
キースは私達を横目に歩きながら言う。
「落ち着いた場所へ移動するのは正しい判断だな、あのままでは人が増え続ける」
「ええ……あれ以上いたら逃げられなくなってたかも」
ジークは苦笑しながらフローラを見て、優しく声をかける。
「大丈夫ですか?無理をさせてしまいましたね」
「りぃ……」
返事は小さかったけれど、嬉しそうに羽が揺れた。
私たちはそのまま、エノラの街を歩き始める。
***
港の通り沿いは、潮風が心地よかった。
魚の匂い、スパイスの香り、パンを焼く匂い――いろんな匂いが混ざり合っていて、胃を刺激してくる。
「お腹すいた……まだ食べてないんだよね私」
「では、何か食べながら歩くのはどうですか?」
「は?……あ、そうだった」
一瞬なに言ってんだこいつって思ったけど、そうだった、2人とも一般人だった。
見た目が完全に騎士と王子様だから忘れてた。
「心外だな」
「心を読むんじゃないわよ」
言い合いながらも、露店を横目に眺めていく。
NPCが大声で客を呼び、プレイヤーが興味深そうに並んでいる。
街の中央から少し離れた通りは、賑やかさが落ち着き、レンガ造りの建物が増えた。
その入口に、色とりどりの花が並ぶ小さな花屋がある。
ふいに、フローラが「りぃ!!」と弾けるような声を上げた。
次の瞬間、私の前にすっと回り込んできて、
花屋のほうを指さすように飛び、私の手を小さく引っ張る。
「わわ、分かった分かった、行くから引っ張らないで……!」
「りぃ!」
店主らしき初老のNPCが笑った。
「おやおや、その子……花が好きなようだねぇ」
花屋の店主らしきNPCがこちらを見て微笑んだ。
「花の星霊なんです。だからかな?」
「なるほどねぇ。ちょうど困っていたんだ。花壇の魔力が弱くて、元気が出ないんだよ。もしよければ、その子の魔力を少し分けてもらえないかい?」
その瞬間、私の視界にふわりとウィンドウが開く。
《サブクエスト:しおれた花壇》
内容:花壇に魔力を与え、活性化させる
推奨:非戦闘職/星霊を持つプレイヤー
報酬:初級花の種 ×3 親密度小アップ
【受けますか?】
▶ はい
いいえ
戦闘なしの、穏やかな依頼。
こういうの、嫌いじゃない。
「フローラ、できる?」
「りっ!」
私が【はい】を押した瞬間、フローラはふわりと前に飛び出し、花壇の前に降り立った。
小さな手を花に向けると、淡い桃色の光がふわりと花壇全体を包んだ。
そして――花がぱあっと咲いた。
「おお……! 見事だよ、ありがとう」
店主の声と同時に、新しいウィンドウが表示される。
《サブクエスト:しおれた花壇》完了!
・報酬:初級花の種 ×3
・フローラとの親密度が上昇しました(小)
・フローラのスキル熟練度がわずかに上昇しました
店主が感激して頭を下げる。
フローラは誇らしげに胸を張って飛び戻ってきた。
「りぃ!」
「すごいじゃない、フローラ」
隣でキースが小さく感心したようにつぶやく。
「……単純に見えて、星霊の魔力操作は高度なはずだ。いいものが見れた」
ジークも優しく微笑む。
「静かな時間というのは、案外贅沢なものですね。こうして誰かを助けるのも悪くありません」
その言葉に、胸がすっと軽くなった。
私はステータスを開くと、小さな通知が表示されていた。
『フローラとの親密度が上昇しました(小)』
「へぇ……こういう風に上がるんだ」
ゲームなのに、なんだか本当に温かい。
「あそこの店で休憩しませんか?」
ジークの提案で、私たちはすぐそこの喫茶店に入った。
窓際の席に座ると、外の風が心地よく流れてくる。
私は甘いハーブティー、キースはブラック、ジークはミルクを少し多めに入れてる。
フローラは机に座ってカップの香りだけ楽しんでいる。
「……忙しくなくていいね。こういうの、好きかも」
自然とこぼれた言葉に、ジークが目元を和ませる。
「マリさんには、きっとこういう時間が似合いますよ」
キースも軽くうなずいた。
「冒険は逃げない。落ち着いた時に始めればいい」
フローラが「りぃ〜」と満足そうに揺れた。
エノラの喧騒から離れた、静かな午後。
ゲームなのに、現実より落ち着くなんて――思ってもみなかった。
――こういう始まり、大好きだ。




