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魔断の剣8 猫の瞳を見つめたら  作者: 46(shiro)


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第6回

 実際、困っているのはランスのほうだった。


 魔断は美形ぞろいである。

 まるで優良遺伝子のみでできているように例外なくどの者も見目麗しく、牲格も安定している。

 現在、幻聖宮にいる魔断の平均年齢は350歳。それだけ生きれば多少人間ができてくるのかもしれない。(人ではないが)


 顔は抜群、頭がきれて性格も良いとなれば、当然女たちにうけがいい。中でも特にとされる者たちの1人として紫蘭がいるわけだ。


 陽光のもと、猫のそれのように角度によって色を変えてきらきら輝く紫の瞳は、よくよく見れば細い金の線で縁どられているのが分かる。大理石のように滑らかな肌はしみひとつなく、肩口で切り揃えられたゆるく波打つ淡い青紫色の髪に澄んだ声。人なつっこい笑顔など、まるで砂糖菓子でできているようだとだれかが言っていたのを耳にした覚えがあるが、まさに的を射た表現だとランスも思ったものだ。


 おそろしく甘ったるくて気が抜ける。


 まあそれはともかくとして。

 その紫蘭と感応したというだけでも驚きと嫉妬の的だというのに、相手がよりによってランスであると知れ渡ったとき。

 彼は、幻聖宮にいる女退魔師候補生の大多数を敵に回したも同然だった。


 講義出席は気まぐれ、実技演習もさぼりがち。たまに出るから周りと不協和音を起こし、流血騒ぎを起こす者だ。協調性に欠ける上、ろくに練習もしていない彼が、どうして最終実技試験に合格し――しかも上位10名だけがもらえる金鎖という優等で!――感応式に参加できたのか。


『大方審査役に取り入りでもしたんじゃない? そういうの上手そうじゃないの、彼』


 教え長の権威まで貶める、言い出した者の頭の中を疑うような、そんな悪言まで当然のように飛び交っているありさまだ。

 しかも直接面と向かって言ってくるでなく、遠回りに盗み見てはぼそぼそ仲間内で言っているのを感じるのは精神的に悪い。


 どこにいても誰かが見る、しかも言っている内容に想像がつくとなるとイライラはたまるしムカつくし。


「言いたいことがあるなら直接言ってこいってんだちくしょおめっっ!」


 うっぷん晴らしに脱いだ上着を床にたたきつける。肩で息をしながらふらりと寝台に転がって、ランスは部屋をぐるりと見回した。


 おそらく今日1日かかったに違いない。

 生真面目そうなやつのことだから、適当っていう加減も考えないで、力いっぱいこすったんだろう、磨かれた床はくすみが取れてピカピカで、塵ひとつない。本は種類別、番号順にきっちり並べ直されて棚に収まり、今朝着替えた際に椅子に引っかけておいた服も全て回収され、洗濯済みとしてたたまれて、机の上にタオルなんかと一緒に積まれている。

 ふんわりと柔らかな寝台からは、太陽のぬくもりと柑橘系の清潔なにおいがしていて……。


 きちんきちんと整理整頓された部屋。週1の掃除は一応していたが、やる者が違うとこうも印象が変わるのか。調度品全てが、まるでそこが最もふさわしい場所であるといった顔をして落ち着いている。

 元の白さを取り戻した壁のせいか、いつになく室内も明るい。

 勝手に花瓶を持ちこんで、花までいけて。しかもよりによって――……。


 面白くない、と壁側にそっぽを向く。


「まったく、どこが温和だ。あれは、お調子者の単なるばかというんだ。

 たかが感応したくらいでいきなりまとわりつきだして、あれこれ指図してきて……。

 俺はべつに、こんなことしてほしくて感応したわけじゃないんだぞ。現状に不満なんてないし、退魔師の必需として魔断がいるから式に出ただけで、世話役がほしいわけじゃないんだ。

 頼みもしないのに、いちいちひとのことに干渉してきやがって。……うっとうしい」


 独りごちり、ころんと寝返りを打つ。


「つっ……」


 下にした左肩の傷が、とたんうずいた。


 あのあと。新たに増えた傷と一緒にしっかり再手当てされ、巻き直された包帯の上から触れてみる。

 重い痛み。


 いつものことだ。庭師だった父親が死んで、食う物にも窮した母や妹を少しでも助けるために、役人に頼んで自分を買ってもらい、ここに放り込まれてから、傷のない日なんか1度もなかった。


 目つきが気に入らない、口のきき方がなってない、態度が生意気だ。田舎者の貧乏人――そんな言葉はほんの序の口で、ここにいる6年、ありあらゆる悪ロ雑言を投げられた。


 大陸中から集まってきたやつらだから、きっと、大陸中にあるほとんどの悪口を受けたに違いない。


 もっとも、それは『言うだけなら個人の勝手』として無視するだけですむのだが、やはりこういった場所に集められる者らしく、無視され、効果がないと分かると、すぐ力でマウントを取ろうとしてくる。

 さすがにそんな身勝手さまで我慢してやる義理などなく。必然的に生傷は絶えないわけだ。

 相手にする数からみても、けがを負うことをいちいち気にしていたら、それこそ身がもたない。


 痛みなんか無視できる。こんな、手当てしてわざわざ面倒みてやらずとも、勝手に治ってしまうものだ。

 なのに。

 あの、トログズマヌケの魔断は。


『あの……だ、大丈夫ですか? 操――あああっっちっ、血がっっ』


 などとあわてふためいて、医療箱探して棚中ひっかき回して……置いてるわけねーだろ、ばか。自分で部屋中掃除しといてそれっくらいも気付かないのか、ニブいやつめ。


 せっかく洗って片しておいた布を、あたふた戸棚から取り出してくるのを見ながら、狸寝入りを決めこんだ。そうすりゃいくらなんでも帰るだろうと。

 なのにご丁寧にもあのばかは、こっちが寝たフリで動けないのをいいことに、きっちり丁寧に手当てしていきやがって!


 今朝だってそうだ。何だってあんな場に来るんだよ!

 あいつが関係したわけじゃない、俺のことなのに、なんであんな、まるで、今にも泣きそうな目をしてこっちを見て……!


「操主だ、魔断だといったって、しょせん退魔するのに互いがいるってだけだろ? なら、そのときだけのつき合いでいいじゃないか。それ以外は互いに過干渉しない。そのほうがずっと楽だろ。

 それを、なんで――……」


 ……………………っ……!


 自分でもよく分からない、うまく言葉にできない思いを奥歯で噛みつぶす。

 シーツに顔をめりこませ、枕をたたき。クサるだけクサってこれ以上どうしようもないところまでたどりつくと、唐突にランスはシーツから身を引きはがした。


「ああ、うざってえ!!」


 立って、つかつか歩み寄ると机上の花瓶から花を引っこ抜く。


 ひとの部屋で甘ったるい匂いさせやがって。ここは女の部屋じゃないんだぞ。

 迷惑だ、つき返してやる。


 そう決めてドアを引き開けると、ランスは廊下へ踏み出した。大股に、早足で歩いて行く。

 魔断たちの居室のある別館へとつながる、回廊へと向けて。



◆◆◆



「……おーい、紫蘭くーん?」


 つんつんとつむじをつっつく。だが反応はなし。


 なーにしてんだか、このアホは。意気消沈して戻ってきたと思ったらまっすぐ寝台へ向かって行って、いきなり枕を抱きこんで突っ伏した。そのまま現在に至る。


「どーしたのかなー? 優し~い白悧お兄さんに話してみないかーい?」


 にこにこ笑顔で言葉をかけ、ご機嫌を伺うが、やはり先までと同じで反応は返らない。全くの無反応だ。

 待つこと数十秒。ぷつり、紐か何かの切れた音がしたような気配がすると同時に背後に不穏な気を感じた紫蘭が枕から顔を放した次の瞬間。もぐりこむようにのどに肘がかかったと思うや強烈な絞めが紫蘭を襲った。


「そーれが心配する年長者に対してする態度かなあ~? んー?」


 口にする、声はとことん柔和だが、こめかみには怒りのしるしがはっきりと浮き出ている。


「なっ……ちょっ……」


 白悧は1度も感応したことがなく、実経験こそないものの、数十年に渡って日々教え長として訓練生に体術、剣操術などを教えてきている達人である。声が出る程度には緩められているが、がっちり頭を押さえ込まれていて、いくらもがいても抜け出せない。


「はくっ……やめ……っ」

「そお。やっと話す気になった、と」


 ぱっと解かれ、一気に流れ込んできた空気にけほけほ咳こみながら、紫蘭はにこにこ顔で自分を見ている白悧を涙のにじんだ目で見上げた。

 だがそんなもの、白悧には屁でもない。


「ほら、さっさと話してみろ。何があったって?」


 断りもせずどっかり寝台に腰かけ、足を組むと、横柄に白悧は尋ねた。


「おまえのことだから、どうせまたあのガキんちょのことなんだろ?」

「操主のことをそんふうに言わないでくださいっ!」


 のどに残る痛みも忘れてくってかかる。


「朝だって、あんな、やりかねないとか、決めつけた言い方して!

 操主が悪いんじゃないんですっ! 私のせいで……私が全部ばかで、考えなしだから、あきれられてもしかたなくて……!

 あんな、優しい方なのに、そのせいであんな目にあってるなんてっ……!」

「……おまえ、自分で何言ってるか分かってるか?」


 どうやらショックは言語中枢まで達しているらしい。

 目元を赤くして、ほんとに涙まで潤ませて、このばかは。

 まったく、かわいいったらない。


「ったく。……で? ほら、あせらなくていいから、ゆっくり話してみろ」


 ぽんぽん。

 保護者さながらに頭をたたいてなだめながら促す。

 紫蘭は、そうされているうちにだんだんと気持ちが落ち着いたのか、視線を手元へ落とすとため息をこぼした。


「……白悧。私たち、ほんとにやっていけるんでしょうか……」

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