刃と影、祝宴の裏で
広間を満たす香ばしい匂いと、黄金色の灯火。
長卓には山のような料理が並んでいた。
西方の豪快な肉料理に、東方の繊細な蒸し物――そして、俺が仕込んだ特製シチューまである。
辺境伯領と東方、両文化の“饗宴”だ。
「ふむ、見事なものだな」
低く響く声の主は、東方からの使者――リュウレン。
黒髪を後ろで結い、深紅の衣を纏った男だ。
切れ長の目は、笑っていても油断ならない。
その隣には、いつもの無表情で座るカイがいる。
「こちらは……坊ちゃまお手製のシチューです」
メイド長のリュシアが恭しく皿を置いた。
瞬間、広間の空気が変わる。
ふわりと立ち上る香りに、誰もが息を呑んだ。
「……なんだ、この香りは」
「肉の旨味と、野菜の甘味が……溶け合っている」
リュウレンの視線が俺に向く。
「これは、貴公の技か」
「ああ。辺境の特産を使っただけだ」
俺が肩をすくめると、彼は唇の端をわずかに上げた。
「……恐ろしいな。戦も統治もできる上に、料理まで」
「俺は欲張りなんでな」
周囲ではメイドたちがざわめいていた。
「坊ちゃま、やっぱり最高です……!」
「はぁ……一生ついていきます……」
――お前ら、声に出てるぞ。
「アルノ様、私もいただきますね」
横から柔らかな声。
振り向けば、エリシア姫が上品にスプーンを手にしていた。
月光のような髪、蒼い瞳。
一口食べた瞬間、頬がわずかに緩む。
「……美味しい。心が温まる味です」
「そりゃよかった」
俺が笑うと、姫はほんのりと赤くなる。
――ん? なんで頬染めてんだ。
「坊ちゃま、姫様のこと、見すぎですわ」
背後からリュシアの声。耳元に吐息。
「ちょ、近い」
「ふふっ」
くそ、メイド隊、今日も自由すぎる。
「――さて」
杯を置き、リュウレンが口を開いた。
「本題だ。正式に、辺境伯領と東方との軍事同盟を締結する」
広間に緊張が走る。
「だが――」
その視線が俺を射抜いた。
「この盟約、貴公が“守りきれる”なら、だ」
挑発めいた微笑。
俺はグラスを傾け、静かに笑った。
「言うな、試したいんだろ。……いいぜ。どんな手を使っても」
――その時だった。
蝋燭の炎が揺れた。
一瞬、風が吹き込んだように。
だが、窓は閉じている。
「……リュシア」
「察知済みです」
メイド長の声が低くなる。
次の瞬間、広間の扉が音もなく開いた。
黒い影が、音もなく滑り込む。
十、二十……いや、それ以上。
暗殺者だ。
「坊ちゃま、後ろへ――」
「下がれ、俺がやる」
俺は立ち上がり、腰の剣を抜いた。
刃が燭光を反射し、冷たく光る。
「“宴”にしては物騒だな」
先頭の男が口を開く。
黒装束、顔の下半分を覆う仮面。
「辺境伯アルノ、そして東方の使者。……首を頂く」
「誰の差し金だ」
「死ぬ者に名乗る義理はない」
――なるほど。無駄口叩く気はあるらしい。
「リュシア、メイド隊を動かせ」
「はっ!」
十名のメイドが、一斉に武器を抜いた。
黒と白のメイド服が舞い、剣閃と魔力が交差する。
「侵入者は排除します!」
「坊ちゃまに指一本触れさせません!」
――よし、相変わらず頼もしい。
だが、暗殺者たちも只者じゃない。
影に溶けるように姿を消し、背後からナイフを振るう。
「――ちっ」
メイドの一人が肩を掠められた。
すぐに反撃して倒したが、血が床に滴る。
「舐めるな!」
魔導銃の轟音が響き、影の一人が吹き飛ぶ。
しかし――。
「くだらん連中だ」
闇の奥から、低い声。
歩み出たのは、仮面の男。
他の暗殺者とは違う、圧。
背に長い刀、全身に絡む黒い魔力。
「名乗れ」
俺が問うと、仮面がわずかに歪んだ。
「――ヴァレン。貴様の首を取る者の名だ」
言葉と同時に、ヴァレンの姿が消えた。
速い。
次の瞬間、俺の首筋に冷たい刃。
「……遅い」
俺は振り返りざまに剣を払った。
ガキィィィンッ!
火花が散り、ヴァレンの仮面がわずかに裂ける。
その下の口元が、笑った。
「面白い」
「なら、もっと楽しませろ」
俺は足元に魔力を叩き込み、一気に踏み込む。
ヴァレンの影が裂け、黒煙が弾けた。
しかし――奴は吹き飛びながらも壁を蹴り、天井へ逃れる。
「まだ死ぬ気はない。だが、また会うぞ――辺境伯」
闇が渦巻き、姿が掻き消えた。
「坊ちゃま、追いますか!」
「いや、今は守りを固めろ」
俺が命じた瞬間――。
ズドンッ!
轟音と共に、床が砕けた。
視線を向けると、黒装束の一団が吹き飛んでいる。
その中央に立っていたのは――。
「……父上」
ジークフリート。
銀髪を後ろで束ね、巨体に似合わぬ速さで拳を振り抜いていた。
暗殺者たちは、まるで紙屑のように転がる。
「退屈しのぎだ。まだ鈍っちゃいないな」
低く笑う父の瞳は、若い頃と変わらず獰猛だった。
「父上、引退したんじゃ……」
「口実だ。お前の邪魔はせん。ただ、可愛い息子の宴に水を差されて黙っていられるか」
――この人、やっぱ怪物だ。
「……後は任せる」
そう言い残し、父はゆっくりと席に戻った。
あの背中を見送る俺の胸に、熱いものがこみ上げる。
やがて暗殺者たちを制圧し、広間は再び静けさを取り戻した。
リュウレンは杯を傾けながら、口元に笑みを浮かべている。
「見事だな。辺境伯領――いや、アルノ殿。盟約を交わすに値する」
その目に、わずかな興味と……警戒が混ざっていた。
宴は続いた。だが、俺の頭の片隅には、ヴァレンの言葉が残っていた。
『また会うぞ、辺境伯』
――裏で糸を引く奴らは、一体どこまで俺たちの力を試す気だ?
夜が深まる中、静かに嵐の気配が近づいていた。




