幕間:坊ちゃま、厨房を制す
「――料理がしたい」
五歳の俺は、真剣な顔でそう言った。
広い執務室にいたのは、父ジークフリートと執事バルド。
「……は?」
父の眉がピクリと動く。
「坊ちゃま、剣の稽古の間違いでは?」
「違う。料理だ」
「……なぜ?」
「腹が減ったから」
「…………」
沈黙。次の瞬間、父が爆笑した。
「ははは! 面白い! よし、厨房に行ってこい!」
「ジーク様! 止めないのですか!」
バルドが青ざめるのを横目に、俺は厨房へ突撃した。
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厨房は戦場のように忙しかった。
大きな鍋から立ち上る湯気、焼き肉の香ばしい匂い。
「坊ちゃま!? な、なぜここに!」
料理長が慌てふためく。
「俺に包丁を貸せ」
「い、いけません! お手を怪我でもしたら――」
「バルド、持ってこい」
「坊ちゃま……わかりました。しかし、怪我をなさらぬよう」
渋々バルドが子供用の小さな包丁を持ってくる。
俺は手を洗い、まな板の前に立った。
――よし、始めるか。
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転生特典の一つ、《味覚最適化》。
さらに、俺は《調理スキル》を所持していた。
包丁を握った瞬間、脳裏にレシピが流れ込む。
「……なるほど、こういうことか」
野菜を刻む音が響く。
トトトトトッ!
「え、速っ……!」
メイド見習いの少女たちが目を丸くする。
「五歳児の動きじゃない!」
「坊ちゃま、手元をお気をつけて!」
「大丈夫だ」
俺は平然と返しながら、鍋に魔獣肉を投入。
塩と香草を加え、火加減を調整する。
最後に――現代知識で作った“即席ブイヨン”を投入。
ジュワァァァ……!
香りが弾け、厨房が静まり返った。
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「できた」
俺が差し出した皿に、皆の視線が集まる。
香ばしく焼き上げた魔獣肉のステーキ、ソースは深いコクと旨味。
付け合わせの野菜も彩り鮮やか。
料理長がゴクリと唾を飲み込んだ。
「……失礼して」
一口――。
「……っ! な、なんだこの旨さはぁぁぁっ!!」
料理長が叫び、膝をついた。
「肉がとろける……ソースが……深い……!」
メイド見習いが一口食べて、頬を染める。
「お、おいしい……! 坊ちゃま、何者……?」
「ただの五歳児だ」
俺は平然と答えた。
⸻
そこに父が現れた。
「おお、これは何の騒ぎだ?」
「ジーク様! 坊ちゃまが……坊ちゃまが!」
料理長が涙を流しながら皿を差し出す。
父が肉を口に運び――。
「……ッ!? こ、これは……!
坊主、剣ではなく料理人になる気か!」
「いや、剣もやる」
「どっちもやるのか!? 欲張りだな!」
父が爆笑し、バルドは額を押さえた。
その日を境に――俺は厨房を完全に掌握した。
料理長が泣きながら「私の立場がぁぁ!」と叫んだのは、また別の話だ。




