姫と辺境の晩餐
「……ここは?」
柔らかな声に振り向くと、ベッドの上でエリシア姫が身を起こしていた。
薄い寝間着姿、解けた金髪が肩に流れ、頬はまだ青ざめている。
――ヤバい。美しさが反則級だ。
「ここはガルデン辺境伯領。命は助かった」
俺が答えると、姫はわずかに息を吐き、胸を押さえた。
「……そう、ですか……」
そのまま視線を落とす。
だが、腹の音が――ぐぅぅぅ……。
……おい、今の音、絶対聞こえたぞ。
「腹、減ってるだろ?」
俺は笑って、厨房に向かった。
⸻
「というわけで、アルノ様が腕を振るいます!」
「おお、出た、アルノ様の料理ショー!」
メイド隊が目を輝かせる中、俺は鍋を火にかけ、魔獣肉を取り出す。
素材はブラックファングの上質な部位。
下処理して香草と塩で揉み込み、魔石オーブンで焼き上げる。
仕上げに、俺の“転生チートスパイス”をひと振り。
ジュワァァァ……!
肉汁が弾け、芳醇な香りが厨房を満たした。
「ぐっ……また飯テロが始まった……!」
リュシアが悶絶しながら、鼻を押さえる。
⸻
「どうぞ」
俺は皿を姫の前に置いた。
分厚いロースト肉、付け合わせの香草ポテト、スープ。
見た目は高級レストラン、匂いは……破壊力抜群。
姫は恐る恐るフォークを手に取り、一口――。
「……っ……おいしい……!」
瞳が大きく見開かれ、頬がほんのり赤く染まる。
「なに、この……お肉……とろける……」
小さな声で呟き、次の瞬間には夢中で食べ始めた。
――やばい、ギャップ萌えってこういうことか。
普段は気高い姫様が、子犬みたいに幸せそうな顔で肉を頬張ってるとか……反則。
「アルノ様、姫にこんな料理を出すなんて……ずるい」
リュシアがじと目で睨んでくる。
「お前らも後で食わせてやるよ」
「ほんとですか!?」「やったー!」
メイド隊が歓声を上げる。……戦場の殺し屋集団とは思えないテンションだな。
⸻
「……ありがとう。本当に、ありがとう……」
食後、姫は深く頭を下げた。
「いいよ。……で、詳しく教えてくれないか? 王都で何が起きたか」
姫の表情が曇る。
「……数週間前、魔獣の大群が突如として国境を突破しました。
そして、その混乱に乗じて……大貴族たちが反旗を翻したのです」
「裏切り、か」
「ええ。内側から扉を開けられ、王都は……炎に包まれました」
声が震える。
「父と兄は……もう」
姫の目に涙が滲む。
――胸が痛む。でも、ここで慰めるだけじゃダメだ。
「……奪還する」
俺は低く言った。
姫が顔を上げる。
「……え?」
「このままじゃ、ガルデンも危ない。
守るだけじゃ生き残れない。取り返すんだ、王都を」
「……無茶です」
姫は即座に否定した。
「相手は魔獣の軍勢と、裏切り貴族の連合。
辺境の軍だけで勝てるわけが――」
「勝てるさ」
俺は笑った。
「俺と、この領地の力を舐めるなよ」
その瞬間、姫の瞳が揺れた。
――ちょっとだけ、俺を信じた。そんな顔だった。
⸻
「アルノ坊ちゃま」
執務室に戻ると、バルドが報告を持ってきた。
「東方の商隊が国境を越えたとのこと。
しかも――妙な武具を携えております」
「妙な武具?」
「はい、鉄でできた筒状の器具。火薬ではなく……魔力で弾を飛ばすとか」
――魔導銃、か?
俺はニヤリと笑った。
「面白いな。会ってみたい。
……東方、か」
脳裏に、神界で聞いた“もう一人の転生者”の言葉がよぎる。
『お前以外にも、数人送り込んだ』
――もしかして、そいつか?
外の風が一層冷たくなった気がした。
これから動き出す。
俺の戦いも、世界の命運も。




