王国からの逃亡者
討伐戦から三日後、俺たちは領都に戻った。
城門をくぐると、兵士たちの歓声が響く。
「お帰りなさいませ、閣下!」「おお、アルノ様が初陣を!」
……いや、そんなに騒がれると恥ずかしいんだが。
けど、悪い気はしない。
父の執務室に入ると、机の上には山のような報告書が積まれていた。
「……やはり、王都からの連絡は途絶えたままか」
父が重々しい声で呟く。
「三度鷹を送ったが戻らず、商人の往来もない。……妙だ」
「魔獣の侵攻で街道が塞がれたんじゃ?」
俺がそう言うと、父は首を振る。
「なら、王都から増援の要請があってもおかしくない。だが、それもない。沈黙が長すぎる」
沈黙。
嫌な予感が、胸の奥でじわりと広がる。
⸻
その夜。
俺は城壁の上で夜風に吹かれていた。
満天の星空。遠くの森からは獣の遠吠え。
――王国に何が起きている?
考え込んでいると――。
「報告!」
駆け込んできた兵士が、膝をつき叫んだ。
「城門前に、倒れていた者がいます! 女です!」
「……女?」
兵士の焦り方が尋常じゃない。俺は即座に動いた。
⸻
城門前。
松明に照らされた石畳の上で、少女が横たわっていた。
ボロボロのドレス、切れた靴、血の滲んだ腕。
それでも、彼女の美しさは隠しきれなかった。
絹糸のような金髪、透き通る白い肌、閉じた瞼の長い睫毛。
……おいおい、これは――。
「誰だ、この子は?」
「身分証らしきものが……これを」
兵士が差し出したのは、王家の紋章が刻まれたペンダントだった。
――まさか。
「……王国の姫君、だと?」
俺は息を呑んだ。
⸻
応急処置の後、彼女は客間で目を覚ました。
薄く開いた瞳は、瑠璃色の宝石のように澄んでいる。
「……ここは?」
「ガルデン辺境伯領。あなたは俺たちに保護された」
俺がそう答えると、彼女は安堵したように息を吐いた。
「……よかった……まだ……無事な土地が……」
声は震えていた。
「何があった? 王都は?」
俺が問いかけると、彼女は唇を噛み、言葉を絞り出した。
「……王都は……陥落しました」
空気が凍りついた。
「魔獣の群れが突如として押し寄せ……そして、内乱が……」
「内乱?」
「……王国の大貴族が、裏切ったのです。王は……もう……」
彼女の目に涙が滲む。
――終わったのか、王国。
いや、終わらせるものか。
胸の奥で、何かが燃え上がった。
「名前を聞いても?」
「……エリシア。エリシア・フォン・ルーベンス」
「エリシア姫、安心しろ。ここは安全だ。……いや、安全にしてみせる」
俺は拳を握りしめた。
――守るだけじゃ足りない。
奪われたなら、奪い返す。
この世界で生きるなら、徹底的にやってやる。
⸻
姫は疲労で再び眠りについた。
その横顔を見ながら、俺は決意を固める。
王国は沈黙した。
なら――俺が動く番だ。




