婚活令嬢は婚約者を探しています
乙女ゲームヒロインにまずさせたいことをしてもらった。
我が家は貧しいわけではないが、いろいろあってわたくしには婚約者はいなかった。
『もうじき学園に入るのだろう。自分で探してくるといい』
父はわたくしの妹の婚約相手を品定めしながら投げやりに言った。もともと妹ばかり可愛がっていた家族に完全に期待するのを止めた。
なので、学園に入ったら勉強は当然だけど、婚活もがんばらないとと気合を入れていた。
「ケイト嬢」
学園に入ってすぐに一人の男性に声を掛けられた。
「ヘルメスさま。ごきげんよう」
頭を下げて挨拶をすると、
「そんな他人行儀な挨拶をしないでほしいな」
と困ったように微笑まれる。
ヘルメスさまはわたくしが大事な書類を持って外を歩いていた時に書類が風で飛んでしまい、木の枝に引っ掛かっているのを必死に取っていたら手伝ってくれた男性だ。
親切な感じでそれ以来わたくしを気に掛けてくれている。
「最近の様子はどうかな?」
「最近……学園に馴染めて友人も出来てきましたが……?」
それがどうかしましたかと尋ねると、
「いや、ケイト嬢と初めて会った時の木によじ登って書類を取ろうとした光景が忘れられなくて……またあんなことしていないかと思ってさ……」
「いい加減忘れてくださいませ」
婚活中の立場からすればヘルメスさまとはもっと親しくなりたい気もする。ヘルメスさまは侯爵家子息で騎士団長のご子息だとか……。
「それよりも大丈夫なのですか? わたくしばかり気に掛けていて、婚約者さまが良く思われないのでは……」
そっと探りを入れてみる。
「婚約者? そんな人が居ればいいけどな」
笑って話をしているのでそれが本当なら信じたいが幼い時から妹ばかり優遇されている環境下で育ったので警戒心はしっかり育っているので、ヘルメスさまが去った後。
「ねえ、キャシー。ヘルメスさまの婚約者って……」
「シンフォニー辺境伯令嬢のエリーザさまよ」
やっぱりいるわよね。騎士団の子息が婚約者がいないわけないし貴族令息ってよほどの問題児か家に何かない限り婚約者が決まっているはずだ。
「シンフォニー辺境伯令嬢は学園には…………」
「一つ上の学年にいるわね……」
「………なんとか会う機会ないかしら」
婚約者がわたくしにちょっかい出していたら不快に決まっている。早めに対応をしないと命の危険にさらされる気がする。
「………それなら同じクラスにシンフォニー辺境伯に伝手がある令嬢が居たわよ」
「なら、その方を通して話をしに行かないと……」
こっちは婚活中なのだ。婚活相手にいいかもと思ってあいまいな態度で接していたけど、あそこまでぐいぐい来るならば早めに対応をしないといけない。
「――ぎりぎりだったわね」
クラスメイトに頼んでシンフォニー辺境伯令嬢に会えないか頼んでみたらお茶会に呼ばれてそんなことを言われた。
「もう少し遅かったらわたくしが直接会いに行っていたわ」
「……………」
そんな事態にならなくてよかった。胸を撫で下ろしてもこれから何をされるのかと不安もある。こちらは男爵令嬢だ。どんな扱いをされてもおかしくないし、家族が何かをしてくれるという期待はとっくの昔に捨ててあるし。
「…………失礼ですが、貴方のことは調べさせてもらいました」
「婚約者に付きまとう害虫は調べるのが当然だと思います」
自分が害虫同然だと自虐的に告げると、
「勝手に口を開くのは」
と別のご令嬢が窘める。
だが、その窘めた令嬢にそっと手を伸ばしてそれ以外の言葉を止める様は流石辺境伯令嬢だなと感心するしかない。
「成績は優秀。身の丈も理解している」
成績が優秀って、10位以内に入れていないのにそれは言い過ぎではないだろうか。
「男爵令嬢が独学で、そこまで入れる時点で優秀だわ。家族間の様子も含めて」
「……………」
そこまで分かるんだ。その情報量だけで高位貴族の恐ろしさが垣間見える。
「そう。ね」
どこか面白がっている辺境伯令嬢の次の言葉は思っていなかったことであった。
「どういうことだっ⁉」
後日ヘルメスさまが慌てたようにこちらに向かってくる。
「なんで、ケイト嬢が辺境伯家の次男に……」
「ああ。お聞きになったのですね」
辺境伯令嬢……エリーザさまが提案したのは自分の弟との婚約。
辺境伯というその名の通り辺境に嫁ぐのは嫌だと婚約者が見つからない状況だったので婚約者がいないのなら考えてほしいと言われて二つ返事で引き受けた。
嫡男の結婚すらも大変だったのに、跡継ぎでもない次男はもっと大変で見つからなかったし、成人しても辺境伯領に残って国外からの侵略者に対抗する手段として残っている必要があるのでますます旨味もない。
そんな相手だから売れ残っていたが、婚活をしていたわたくしにとって渡りに船。しかも辺境伯領なら家族とも実際距離が出来て疎遠になるだろう。
「わたくしが婚約相手を探していると知って紹介してくれたんですよ」
「だが、そんな素振りは……」
焦っている様を見て、エリーザさまの取り巻きになったことで知りえた情報ではエリーザさまはほとんど辺境伯領にいるだろうからその間に愛人を持ちたいと常々宣言していたとか、わたくしのような情報が入りにくい男爵令嬢ならいいように扱えると思っていたという話を聞かされて、やはりそんなものだったかと納得した。
「そうですか? 婚約者の有無を尋ねましたよ。ああ、そう言えばヘルメスさまはおられないと言われましたよね」
思いだしたように頬に手をやり、
「わたくし嘘を吐く方はお断りなので」
人を何だと思っているのだと冷たく伝えて、そっとその場を後にする。
ヘルメスさまに構っている暇はない。今日はずっと文通をし続けていた婚約者との初顔合わせなのだ。
正直、不安が大きいがあの家族と引き離してくれるのならどんな方でも大歓迎だ。
(エリーザさまを見ている限り性格に問題はなさそうだし、手紙の内容も代筆でない限りは相性がよさそうだ)
高望みはしていない相手だったので、どんな方が来ても大丈夫だと待ち合わせ場所である中庭まで向かって行った。
初めて会う婚約者は最悪な想像をしていたからこそ何でこんな方が婚約者が見つからなかったのかと首を傾げるほどの相手だったと言うことだけ明記しておく。