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02

わたしは、それが何よりも恐ろしかった…、震えるほどに、涙するほどに、ただ、ただ、恐ろしく、哀しかったのです

わたしは一度などとは言わず、幾度となく彼らに問いました




わたしが恐ろしくはないのですか


「恐いことなんてちっともありません」


わたしが恐ろしくはないのですか


「ちっこい頃にやんちゃして聖者さんに怒られた時は恐かったがなぁ、ははは!」


わたしが恐ろしくはないのですか


「いいえちーっとも、こんなにお優しいのに」


わたしが恐ろしくはないのですか


「貴方様は…ご自身が恐ろしくてたまらないのですね」





わたしがそれを問うと、皆は優しく、寂しそうに笑って答えてくれました







話す合間にも、遠く近く、彼方より何処より、淡く発光するソレが

私目掛けて飛来し、わたしの身の内に融けていきます


わたしの意志など関係なく


昼となく、夜となく



わたしは気でも狂ってしまえばいい、と

いつも、いつも、思うのです


しかし、わたしの理性を繋ぎとめるのは


温かくも儚い、彼らでした





わたしは彼らを失いたくはなく、幾度となく彼らから離れました


しかし、彼らは哀れなわたしを見つけ出し、慈悲を持ってわたしを孤独にはしませんでした


誰にも触れぬよう、別の土地へ移れば、そこで別の人々がわたしを見つけることもありました


何処に隠れても、この淡い光が、わたしの居場所を彼らに教えたのです







永遠に続くかと思われたソレにも、しかし、終わりがあったのですね






ある時、村が襲われたのです






「聖者さま! ここにおられたのですか!!」


「スウォル? どうしたのです、そんなに慌てて」


「はやくっ、早くお逃げ下さい!」


「どうしたのです、説明を」


「何をぐずぐずしているのですか!

 今すぐここか、」


「スウォル……?」



わたしを押し出すようにしていたスウォルから

淡いソレが滲み出て、わたしの体内に融けていきました


彼の背中からは、禍々しく光る一本の槍が生え

それが、スウォルの命を奪ったのだとすぐに分かりました

村の方からも、幾つもの淡い光がわたし目掛けて飛んできます



「…なんということを!」


「こりゃ…驚いたぜぇ…まさか本当に存在していたとはな! 来い!!」



槍の持ち主はスウォルの身体を足で押さえつけて槍を乱暴に引き抜くと

わたしの髪を掴んで村の広場に引き摺っていきました

争ったことなどないわたしには、抗う術もなく

引き倒されるように土を舐めたわたしが見たものは



幼いころからその成長を見てきた、我が子も同然の、村人たちの死体の山でした



「ヒサド、タルナ、ラナン、リムカ、皆……っ

 なんという無慈悲な行いを……!!」


「せ、聖者さまっ」


「リュハンナっ貴女は生きていたのですね

 それにサラル、エルムナも」


「エルザおばちゃんもいるよっ、爺ちゃんもっ他の大人も!」


「ベラベラとうるせぇんだよ!」


「ぐっ」


「きゃあ?! 聖者さま!!」


「黙れ糞ガキども!」



頭を踏みつけられながらも、子供達の向こうに、横たわる大人の姿を確認することができました

恐らく子供達を庇って暴力を受けたのでしょう

怪我の状態は分かりませんでしたが、

呼吸のたびに上下する身体を見て、生きていることは確認できました


しかし、彼らの怪我がどの程度深刻なものか分からないのは、わたしにとってこの上ない恐怖でした

怪我でも病でも、弱っている者から喰らわれていくからです





「何を騒いでいる?」


「隊長っ丁度いいところにお戻り下さいました、こいつがそうです」


「ほう? この男がか」


「ええ、私の目の前で人間の魂を喰らいました」


「なるほどな」



ピュィィィイイイイイ……



「召集ですか」


「これ以上山狩りをしても無意味だ

 手柄だったなヴェドム、陛下にお前の名を伝えておこう」


「は!、ありがたき幸せ」



やがて草を踏む音、小枝を折る音、複数の足音が方々から聞こえてきました



「隊長、もう見つかったのですか?」


「ああ、お前達ご苦労だったな」


「予想以上にすんなりと事が運びましたね」


「この男が?」


「そうらしい」


「随分な優男ですね」


「ヴェドムに踏み潰されているところを見ると、とてもそんな風には見えないな」


「バァーカ、オレはちゃぁんとこの眼で見たんだよ

 この化け物が魂を喰らうところをな」


「聖者さまは化け物なんかじゃない!」


「るせぇ! 黙れってのがわかんねぇのか!!」



ごっ



「サラル!」


「エルムナどうしようサラルに石がっ」


「おいおい、オレこんくらいのガキがいるんだぜぇ?

 カワイソーだろ、カンベンしろよなァ」


「バァッカ、ニヤニヤしながら言ったって説得力ねぇーよ」


「このっ、外道が!」


「誰が喋っていいっつった、アァ?」


「ッグ!、ぎ……」


「それにしても、こいつホントに陛下御所望の化け物なんですかね?」


「さてな、魂を喰らう化け物というのはよく聞く話だが」


「ここに来るまでに散々外れクジでしたしね」


「なぁに、首を斬り落とせば分かる

 陛下は永遠の命を御所望なのだから」


「あ、オレさっき山小屋で斧を見つけました

 ちょっくら行って取ってきますよ」


「ああ」



首を?



「…やめなさい、死にたいのですか」


「あぁん? 学習能力がねーのかテメェは

 誰が、いつ、喋っていいっつったってんだよォ!」



ごりっ!



「ッ、…わ…るいことは、言いません、やめなさい」


「くく、ヴェドム手加減してやれよぉ

 それにしてもこいつダメですわ隊長、エラそーに命乞いしてますよ

 聖者サマなんて呼ばれていい気になってんじゃないスかね?」


「まぁ何でもいい

 今のうちに喋らせておけ、もしまた外れなら、そこで終わりだ

 もっとも本物ならば首はまた元通り、元気よく口を開くのだろうがな」


「そしたら口を縫い付けておきましょうや」


「そりゃ名案だわ」


「おぅよ、洒落も利いてんだろ?」


「おーい、斧持って来たぞ」


「おー来た来た」



愚かなっ



「リュハンナっ、エルムナっ、起きられる者は無理にでも起こして逃げなさい!」


「おー、何か叫び始めたぞこいつ」


「やらせろやらせろ」


「で、でも聖者さまっ」


「早くなさい!

 貴方達も巻き添えを喰いたいのですか!!」


「ひ、は、はい!」


「あぁ?、おい、ガキどもを捕まえろっ

 こいつ自爆の魔術でも使うんじゃねぇか?」


「きゃっ?!」


「やめろっはなせったら!」


「おー捕まえた捕まえた、お優しい聖者サマはこれで自爆なんかできねーな」



もう、駄目なのですか……



「さーて、じゃあ断頭式といこうや、よっとォ!」


「ッ!」



掛け声と共に、わたしの頭は、斬り落とされました




その瞬間、わたしは、わたしの考えが正しいことを、身をもって知りました







そのことにいつ気付いたのかは、もう記憶にはありません


しかし、そのことは、いつもわたしの頭の中にありました




わたしの身体には、昼といわず、夜といわず、絶えず何処より魂が引き寄せられ

それは、短期間か長期間かは決まっておらず、わたしの体内に留まり

何かの弾みでわたしの身体を出て、空へと消えていくのが常でした


しかし、それだけではなく


魂は、わたしの肉体を損なうことのないよう、常にわたしに消費されるものだということも、

わたしには理解できていました



怪我を負えば、すぐさまそれに見合った魂が消費され

わたしの身体は、老いも病も、受け付けないのですから


森で少し大きな怪我を負った時も

すぐ傍で、弱っていた動物の命が、引き摺り出され、わたしの体内に消え



怪我は瞬く間に初めから無いもののようにされていたのですから






ですから





ですから、首を斬り落とされれば



どのような事態になるか



わたしにはもう、答えが分かっていたのです






その瞬間、


苦悶の声も、引き裂くような悲鳴も、何も無く


辺りは唐突に静寂に包まれました




わたしの首が斬り落とされたことで




わたしの、首が、斬り落とされたことで、

周囲のものは、人も、植物も、動物も、無差別にその命を奪われたのです


人々の声も、生活の音も、木々のざわめきも、水のせせらぎも、

小鳥の美しい歌声も、遠く聞こえる動物の鳴き声も、なにも……何一つ、何もかも



すべての命ある音が失われた世界で



わたしは首を斬り落とされたまま






わたしの頬を涙が伝い、その跡が冷えていくのを、ただ






ただ、感じていました

次で完結でしょうか、あぅぅ……

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