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第8走 森の逃走劇



「それにしても、うるさい馬だね。戦い慣れしてるんじゃないのかい」


「いやあ、俺でうるさいっていってたらもたねえぞお……。

じゃなくて!そりゃあ、鉄壁の守りがあったからなあ。俺ぁ好きなように走ってただけなんだ」


「ああ、黄金鬼オーレンの固有スキルか!!

すべての負の効果を無効にする鬼鎧黄金キガイ・オウゴンと、仲間の受けるダメージをすべてその身に受け続けるという黄金鬼障オウゴン・バリアがあれば、確かに何も恐れることはない!」


「アーウン、ソウダネ……。俺はもうしらねえぞお……」



この世界の生物は、日本でいうと理系と文系のようなノリで、魔法系と物理系にわかれている。

魔法は自らの魔法のみならず召喚術で使い魔や精霊などを呼び出せるようになるが、スキル技はない。

一方で、物理系はパワーである。すべては己の力のみだが鍛え抜いた肉体にはスキルが宿るのだ。もちろん魔法はない。

理系と文系と例えたように、これは絶対的な区別ではない。魔法系と物理系をうまく混ぜ合わせた技も多数あり、たくさんの研究者が日々研究を行っているようだ。


おわかりだろうがオーレンは物理系を極めた男であった。そして、その恩恵を一身に受けていたのが俺である。



「ま、まあ、だからだな!遅滞魔法スローリーなんて魔法も知らねえし、アイアンホーンなんてただの牛肉だったんだ……。俺ぁ所詮、馬でしかないんだあ」


「なあに言ってんだい!オーレンの活躍には、いつだってあんたがいるじゃないか」


「でもそれは、」


「その辺の馬が、崩壊する大地ルインド・テラ砂骨海デッドデューンなんてところ越えられるわけないだろう!」


「ウ、その名前を聞くと、胃があ」



オーレンとふらふらと旅をしていると、なぜかとんでもないところを越えさせられた。ちょっと遠回りすれば初心者向けの道もあるにも関わらずだ。

気付いた時にはもう引き返せなくて、奈落へと崩れ落ちる地面を泣きながら飛び移ったり、3秒でも同じ場所にいると足が呑まれる砂漠を泣きながら越えたり、あのクソ野郎は背中の上でのんきに酒なんか飲みやがってんだ!思い出す度に腹が煮え滾る思いである。これが遺憾の意というやつだ。



「追え!逃がすな!」


「ち、しつこい男は嫌われるよ!」



後ろから絶え間なく聞こえる騒音に、そろそろ耳も慣れてきた。

俺が必死にぱかぱかと走っても、距離は離れるどころかむしろ……。



「もう諦めたらどうだい!」



マーニが叫ぶ。

夜の森を駆け抜けるナイトハウルたちは、並の騎馬よりも俊敏で、かつ統率が取れていた。


そもそも、俺たち馬は人間を乗せることを前提に育てられた生き物だ。

騎乗されたときの安定感、速度、持続力……どれをとっても、背に乗るものの意志を汲み取りながら走るための構造をしている。


だが、ナイトハウルは違う。あれは"戦闘用"の魔獣だ。騎士の命令を受け、敵を狩るために動く獣。


単純なスピードだけなら、俺のほうが上かもしれない。だが、相手は足並みを揃え、狩るために連携している。このままでは囲まれるだろう。



「左に寄ってるよ! 真っ直ぐ走るんだ!」


「ああ、俺の斜行癖があ!」


「もっとスピードを上げな!」


「し、しぬう……。もうゴール板何回見たあ?」



敵の方が数で勝っている状況だ。

ナイトハウルの群れがフィロを包囲しようと、右から左から走り寄ってくる。

獣の咆哮と蹄音が混じり、戦場に轟いた。

 


「包囲しろ! 抜かれるな!!!」


「こいつら、こっちの速度に合わせてる!!」


「うわあ!!ほ、包囲網だぁ!!」



思わず絶望の叫びをあげる。

じわじわと両側から挟まれていく感じが、たまらなく嫌だった。



「はっ、やられるもんかよ!!!」



マーニが立ち上がるように腰を浮かせ、剣を抜く。



「あたしが道を開ける!!」



その剣閃は、夜を割くようだった。

ナイトハウルの一体の首が吹き飛び、血しぶきが闇夜に散る。



「グルルルッ!!」


「ち、抜かれた! 持ちこたえな!!」



だが、ナイトハウルは怯まない。

教会騎士たちは統制を乱すことなく、新たな配置に切り替えようとしていた。



「こりゃあ、さすがに厳しいね……」



マーニが舌打ちする。

声色に焦りが混じっていた。



「囲まれたら終わりだよ。フィロ!

死ぬ気で走りな!!」


「うおおおっ!げ、限界ぃ!」



限界を超越する、全力疾走だった。

それでも背後から忍び寄る死の気配に、だんだんと本能を解き放たれていく。

前脚が空を蹴る。地を蹴るたびに衝撃が身体を揺らし、風が肌を裂くように吹き抜けた。



「        」



ふと横に気配を感じた。

それが視界に映り込む。黒い影だ。

俺の馬体の半分もないそれは、懐かしい形をしていた。



「っ!、お前は……」



ぎらりと鋭い目が俺を睨み上げた。

黒い体、細い足、左目のブリンカー、サラブレッドだ。この世界では見たこともない、小柄な競走馬が並走していた。



「はやい……!なんと、早い馬か!」



不意に騎士たちが驚愕の声をあげた。

気がつけば、ナイトハウルははるか後方にいて。



「なっ……!? ありえない!!」



教会騎士団の指揮官が声を張り上げた。

気がつけば、隣にいた競走馬は姿を消していた。



「ナイトハウルを振り切る馬など……どこの魔獣だ!!」


「お、俺は、馬だあ!一緒にするな!」


「今がチャンスだよ! フィロ、走り抜けぇ!!」



ふわりと蹄が光を帯びた。

やっと、俺の魔法が発動してくれたらしい。

光が俺の走りを描き出す。


黄金の軌跡は、どこに繋がっているのだろう。

――"この脚は、もう止まらない"



「さあ、ウィニングランだぁ!」



まるで風そのものになったかのように、森を駆け抜けた。

騎士団の包囲を突破し、ナイトハウルの群れを振り切り、遠ざかっていく敵の怒号を背に、ただひたすらに駆け続けた。



「――――やったな、フィロ」



ふと、マーニが小さく笑う。



「……あんた、ホントにすげぇ馬だよ」


「俺は走ってただけだよ、マーニ」



追跡されないように、できるだけ道なき道を突っ走る。

空には宝石を砕いたような星が、散らばっていた。



「それにしても、なんだったんだあ?」



一瞬、たしかに見えた懐かしいサラブレッドの姿は、どこか見覚えがあった。











夜の森を駆け抜けた逃走劇がひと段落し、フィロはようやく立ち止まった。

森を抜けた先にあった、どこまでも広がる草原の隅で足を休めることにしたのだ。



「……ティア、まだ起きないなあ」



背中に乗っていた少女は、まだ目を覚まさない。

フィロはティアを覗き込む。長い睫毛に縁取られた瞳はまだ開かなそうだ。



「……つっかれたー!」



まだ警戒は解けないので寝転ぶころはしなかったが、今すぐにでも馬体をごろりと地面に擦り付けたい気分であった。

マーニはそんなフィロを横目に、ティアの髪を撫でる。



「おい、フィロ。あんた、ティアのことはちゃんと聞いているのかい?」


「……まあ、なんとなくは……」



フィロは言葉を濁す。

断片的なことしか聞いてなかったが、ティアが過ごしてきた環境が地獄だったことは察しがついていた。



「なあ、マーニ……。幼馴染だとは聞いたが、ティアのこと昔から知ってたのか?」


「……ああ、知ってるどころの話じゃない」



そう言って、マーニは少し遠くを見つめるように目を細めた。


マーニがティアと出会ったのは、ティアがまだ三歳になる前だった。

もちろん、その日のこともよく覚えていた。聖女の魂を持つとされ、王に見初められたその日のことを。



「あの日から、ティアは聖女として生きなきゃならなくなったんだ。

あの歳の子どもが、家族からも普通の人間扱いされなくなるってのはまさに地獄さね」



ティアの両親は、ティアを聖女としてしか見なくなった。

彼女の名前を呼ぶことはなく、「聖女様」と呼び、まるで使用人のようだった。


周囲の人間も、彼女に跪き、崇めるばかり。

子どもらしい遊びをすることも、甘えることも許されなかった。



「……けどな、ティアはあたしを受け入れたんだ」



マーニは当時、ティアの遊び相手として、教会に送り込まれた。だが、それは表向きの役目で、本当の役割は「監視」だった。



「……ニアークの聖女はな、王の道具なんだよ。

王の絶対的な支配を示す存在。それを利用しようとする輩がいねぇとも限らねぇから、常に監視がつくんだ。あたしもその一人だった」



王が直接選んだ、優秀なトロイの一人。

それが、幼き日のマーニだった。



「けどよ、ティアは、最初からあたしに気づいてやがった。

『あなたはわたくしを見張るためにいるんでしょう?』って、あの歳で言うんだから、怖えったらありゃしねぇよ」



それでもティアは、マーニを拒絶しなかった。

もしかしたらマーニの抱えるものに気がついていたのかもしれない。



『まったく、聖女様ってのは、自分の将来も決められないのかよ?』



マーニがある日、何気なくそう尋ねた時のことだった。



『……聖女っていうのは、ただの人間なの。だけど、みんながそれを許してくれないの』



ティアの声は、驚くほど淡々としていた。

それは自分自身に言い聞かせているようで、痛々しくもあった。



『本当の聖女様は、もういないわ。

わたくしは、ただそっくりな姿で生まれただけ。

それなのにわたくしは聖女にならなくてはならない』



その瞬間、マーニは悟った。ティアはすでに「聖女」として生きる覚悟を決めていたのだと。



「なあ、本当にティアは」


「おっと。その話はティアが起きてからにしよう。

それにまだ話は終わってないよ。あたしも満足していなかった。ティアと似たものを抱えていたんだ」



マーニには密かに抱いていた思いがあった。

彼女は、王の道具として生きることを強制されるティアとはまた別で、ただ女というだけで否定され続けてきた。


どれだけ剣を振るい、知恵を巡らせ、努力を重ねても、「女だから」という理由で男よりも劣ると決めつけられる。

それが、マーニの生きてきた世界だった。


そんな彼女が唯一、自分の生き方を肯定できたものがある。

『黄金の誇り』という一冊の本が、マーニに救いをもたらした。かつてフィロとオーレンが旅をした記録をまとめた書物である。



「――あたしは、あの本を読んで、あんたに憧れたんだよ、フィロ」



どこまでも駆ける馬。

戦場を駆け抜け、どんな困難も乗り越える存在。

「黄金の誇り」――それはフィロの二つ名でもあった。



「女だから何かを諦めるなんざ、まっぴらだった。でも、あの本を読んで……世界にはそんなくだらねぇ枠組みなんざ関係ねぇヤツがいるって、信じられたんだ」



だからこそ、マーニはフィロに憧れた。

強く、誇り高く、誰にも縛られず、自由気ままに世界を駆け巡る、そんな馬に。



「ち、ちょっとその本見せてもらって良いですかねえ」


「お?なんだ、サインでもくれるのか?」


「それは保留で!」



マーニが懐からボロボロの本を取り出し、フィロの鼻先に突きつける。

表紙には、金の箔押しで『黄金の誇り』の文字とぴかぴかに美化されたオーレンとフィロの絵だった。



「うわあ!誰だこのイケメン!?

じゃなくて、えーと、作者、作者は……?」


「汚すなよ!ほら、サインならこの辺だろ!」


「馬にサイン求めるなよお!

しかも作者名掠れて読めないし」


「拾った本だからな。あたしも作者のことは知らない」


「うそん。ちなみにこの本は人気なのか?」


「何言ってんだい!世界中で読まれてる英雄譚だよ!」


「……なんてぇ?」



フィロの耳がへろりと倒れる。

どうやらこの本の作者を探すことも、旅の目的の1つになったらしい。

やっと静かになった周囲に、フィロとマーニはやっと一息つくことができた。





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