第5話: オーディション当日
オーディションの前夜、律希は音楽協会の部屋で静かに準備を整えていた。部屋の中はすっかり落ち着いており、明日のことを考えると緊張感が自然と湧き上がってきたが、同時に不思議な安堵感もあった。これまでの数日間、リュートを手にして心の中で演奏を繰り返し、理論で学んだことを実際の音楽にどう活かすかを模索してきたからだ。
リュートはすでに手にしており、演奏する準備は整っていた。律希は音楽理論書を閉じると、深呼吸をして弦を軽く弾き、リュートの音を確認した。和音が響き、指先に伝わる感覚が心地よい。心の中でイメージした音楽が、この楽器を通じて現実になっていく感覚に包まれていた。
「明日、オーディションだ。」律希は心の中で何度も自分に言い聞かせる。音楽大学で学んだ基礎知識はあるが、実際にリュートを弾くとなると違う感覚が必要だ。ギターとの違いを理解し、リズムや音色の微妙な変化を感じながら演奏することが、今回のオーディションに向けて最も大切な部分だと彼は思っていた。
オーディション当日、律希は普段通り静かな朝を迎えた。音楽協会から提供された部屋に身を置き、心の中で自分を落ち着けた。自信を持って演奏に臨むことができるよう、しっかりと心を整えていった。
「自分の音楽を信じて、思い切り演奏しよう。」律希はその言葉を心の中で繰り返し、オーディションに向けて心の準備を整えた。気持ちをリラックスさせるために、深呼吸を何度も繰り返した。
音楽協会に到着し、律希はリュートを抱えて舞台に向かう。会場にはすでに他の参加者たちが待機しており、みんなそれぞれ緊張している様子だった。律希はその中で少し気持ちを落ち着け、順番を待ちながら自分を確かめていた。
スタッフから名前が呼ばれると、律希は一歩前に進んだ。舞台に立ち、リュートをセットする。その瞬間、周りの音が少し遠く感じられ、彼は深く息を吸い込んだ。
「自分の音楽を信じて。」律希はリュートに触れ、演奏を始める準備を整えた。
最初に軽く弦を弾き、音がちゃんと響くかを確認した。少し手が震えていたが、その震えが演奏を始めると次第に落ち着いていくのを感じた。音が広がるとともに、律希の心は次第に音楽に包み込まれていった。リズムが流れ、メロディがそのリズムに乗り、律希の手は自然に動き始めた。
最初は少し緊張していたが、そのうち音楽の流れに身を任せることができるようになってきた。指先の感覚がしっかりと弦を感じ、リズムが体を包み込むと、律希は次第に自分が奏でる音楽の中に引き込まれていった。
最初のメロディを奏でると、律希はその響きに胸が高鳴るのを感じた。リュートの音色はギターとはまた違った深みがあり、柔らかく響く音が広間に広がっていく。その音が広がると、律希はまるで自分の思いが音楽を通して伝わっていくような感覚を覚えた。
リズムを刻みながら、次第に手が動き、音楽が進んでいくにつれて、律希は自然とリラックスしてきた。最初の緊張感が少しずつほぐれ、音楽そのものに集中できるようになった。リュートの弦を優しく、でも確実に弾きながら、メロディをしっかりと歌わせることに集中していた。
その瞬間、律希の手はまるで無意識に動き出すような感覚を覚えた。自分が奏でる音がどんどん流れ込み、次々と響き渡る。その音が広がるたびに、律希は自分がこの音楽の中に完全に没頭しているのを感じた。リズムが体を包み込み、メロディが音とともに心を震わせ、律希はただその音楽を感じ、音の中に溶け込んでいった。
演奏が進んでいく中で、律希は自然に手を動かし、弦を弾く力加減を微調整しながら、音楽をさらに深く表現しようとした。リズムの変化、メロディのフレーズ、和音の進行に合わせて、音色が変わるたびに自分の気持ちが音楽に乗っていくのを感じた。次のフレーズがどんな響きを生み出すのか、それを感じ取るたびに、律希は心の中で「この音楽を、今ここで伝えよう」と思った。
演奏の終わりが近づくと、律希は少しだけ力を入れて最後のフレーズを弾いた。その音が広がり、会場に響くその瞬間、彼は音楽が自分の手から離れ、広がっていくのを感じた。音が途切れると、広間にしばらく静寂が広がった。
その静けさが、律希の胸に深く染み込んだ。少しの間、その場に立ち尽くしていたが、やがてスタッフの拍手が広間に響き渡り、律希は軽く頭を下げた。彼はその拍手に胸を打たれ、無意識に安心の息をついた。
「ありがとうございました。」律希はその言葉を口に出し、深く礼をした。演奏中に感じた全ての思いが、心からの感謝となってその言葉に込められた。