第43話: 音楽家としての新たな仕事
定期演奏会が終わり、律希はしばらくの間、自己の音楽活動に一区切りをつけていた。自作曲が無事に吹奏楽団で演奏され、その成功を感じたことは大きな自信となった。しかし、それと同時に律希は次のステップを模索していた。音楽家として成長を続けるためには、演奏や作曲だけでなく、他の面でも多くの経験を積むべきだと感じていたからだ。
そんなある日、律希が音楽協会に出向いた際に、懐かしい人物から連絡が来た。それは、以前に楽譜を出版した時に担当してくれたセラ・グラントからだった。セラは冷静で優れた音楽的センスを持ち、律希の楽譜出版時に非常にお世話になった女性であり、律希の音楽的な成長をよく理解していた。今回も彼女からの提案があった。
「律希さん、久しぶりですね。」セラからの連絡はとても優れたタイミングでやってきた。「あなたにお願いしたい仕事があるのです。音楽出版社の方で、作曲譜の編集と出版に携わってもらえないかという話がありました。」
律希はその言葉に驚きつつも興味を持った。音楽の理論や作曲を手がけることは自分の職業であったが、出版業務や他の作曲家の楽譜を手伝うことにはまだ経験が少なかった。しかし、セラからの信頼を受けたこの仕事に挑戦してみることに決めた。
セラの案内で、律希は再び音楽出版社のオフィスを訪れることになった。少し緊張しながらも、久しぶりに訪れたこの場所には懐かしさが漂っていた。オフィス内には、作曲家たちの楽譜や音楽に関する書籍が所狭しと並んでおり、律希はその空間に自然と吸い寄せられるような感覚を覚えた。
「律希さん、こっちです。」セラが声をかけて、律希を自分のデスクへと案内した。
「今回は、あなたにこちらの楽譜の編集作業をお願いしたいんです。」セラは手元の楽譜を広げて見せた。「他の作曲家が書いたものですが、少し手を加えて、より演奏しやすいように調整してほしいという依頼です。」
律希はその楽譜を手に取ると、最初に感じたのはその複雑さだった。和音進行やメロディの流れ、リズムなどが入り組んでいて、少し調整が必要だと感じた。セラは、律希がどのようにその楽譜を修正するか、具体的に期待している点を説明した。
「演奏者にとって、少しでも分かりやすく、演奏しやすい形にするのが私たちの仕事です。特に、リズムやフレーズの分かりやすさを大切にしています。」セラは律希に向かって穏やかに説明した。
律希はその言葉にうなずきながら、楽譜を見つめた。自分の作曲だけでなく、他の作曲家の作品に手を加える作業に対して、少しの緊張と興奮を感じていた。自分が手を加えた作品が、演奏者にとって演奏しやすく、聴衆にとって心地よいものになることを考えると、どこかワクワクとした気持ちが湧いてきた。
「まずは、少しメロディを修正し、和音進行を滑らかにします。それから、リズムのアクセントを少し変えてみることで、演奏の際により強調できる部分を作りましょう。」律希は自分の考えを口にしながら、楽譜を手直しし始めた。
彼は譜面に向かい、音楽の流れを感じながら、どのようにして演奏がスムーズに進むように調整するかを考えた。和音が不安定な部分や、リズムが跳ねてしまうところを修正し、音楽全体の流れを美しく繋げるように工夫した。律希の手は、スムーズに譜面を進め、少しずつ作品が整っていく様子を感じながら進めた。
作業を進めるうちに、律希はその楽譜がどんどんと息を吹き返していくのを感じた。元々良い曲であったものが、少しの修正でさらに良くなり、演奏者にとっても分かりやすく、楽しく演奏できる曲になる。律希はその過程を楽しみながら、次第にその楽譜に自分の色を加えていった。
数時間後、律希は完成した修正楽譜をセラに手渡した。セラはその出来栄えを見て、満足そうに頷いた。
「素晴らしい出来です、律希さん。これで演奏者も問題なく演奏できますし、楽譜もより魅力的になりました。ありがとうございます。」セラはそう言って、律希に感謝の気持ちを伝えた。
律希は少し照れくさそうに笑いながらも、その言葉に満足していた。作曲家としてだけでなく、音楽を他の人に伝える手助けをすることがこんなに楽しいとは思っていなかった。音楽を伝える方法がひとつ増えたことで、彼の音楽家としての幅が広がったような気がした。
「これからももっとたくさんの作品を手がけていきたいですね。」律希は思いながら、セラと次の作業について話し合った。
その後も律希は、セラと共に数曲の楽譜を手直しし、次第に音楽出版社での仕事が彼にとって楽しく、充実したものとなっていった。音楽の理論や作曲の技術を生かしつつ、作品を完成させていく過程に喜びを感じる日々が続いた。
音楽の作り手として、またその作品を世に出す側として、律希はますます音楽家として成長していくのであった。




