第4話: オーディションの準備
律希は音楽協会から戻り、静かな部屋に腰を下ろした。音楽協会が提供してくれたこの部屋は、彼にとって理想的な作業空間であり、集中して練習や作曲に取り組むことができる環境だった。だが、オーディションまでの残り日数は少なく、肝心の楽器がまだ手に入っていないことが彼の中で大きな不安となっていた。
音楽協会から借りるリュートはオーディション前日まで届かない予定であり、実際に演奏を試みる時間が十分に取れないことに焦りを感じていた。しかし、楽器がない今できる準備は他にもある。律希は音楽大学での学びを思い出しながら、オーディションに向けた準備をしっかりと進めることに決めた。
まず、理論面でできることを考えた律希は、帰宅前に音楽理論書を購入してきた。この理論書は、和音やリズム、作曲技法に関してさらなる理解を深めるためのもので、律希にとってはあくまで復習のようなものだったが、実際の演奏にどう活かすかを考えるために重要なステップだと感じた。
「音大で学んだことは基礎が固まっているけれど、実際にリュートを弾くときにどう活かすかは、また別の問題だ。」律希は理論書を広げ、和音進行やリズム、アーティキュレーションについて再確認した。特に、リュートにおける弦の響きがメロディと和音にどう影響を与えるかを考えながら学んだ。
理論書の中には、特にリュートのような弦楽器での演奏に関するテクニックも触れられており、例えば「アルペジオ」を演奏する際に気を付けるべき点や、「レガート」で弾く際の力の加減、リズム感をどう活かすかに関する指針が書かれていた。律希はそのページをじっくりと読みながら、理論の知識を自分の体でどう使うかをイメージしていった。
「リズムと和音の進行は、演奏の全体的な流れにどれだけ影響するか…」律希は何度もその内容を反復し、自分が弾くリュートの響きにどう組み合わせるべきか、考えながらページをめくった。
夜が更けると、律希は理論書を閉じ、心の中で演奏を再現しようとした。ギターを持っているわけではないので、指の動きは机の上でシミュレートするしかなかったが、彼は細かく指を動かし、弦を押さえる位置を確認し、次に弾くべき音を頭の中で思い描きながら手のひらでリズムを刻んだ。
「リュートの弦の感覚は、ギターとは少し違う…。」律希はその違いを感じながらも、ギターと同じように力を込めすぎず、指を滑らせるように弾くことを意識していた。音楽大学で学んだことを思い出し、音色の変化やリズムの取り方をしっかりと脳内でシミュレーションした。
「リズムの取り方を間違えると、音楽の流れが途切れてしまうから、ここを大切にしなければ。」律希は心の中で演奏しながら、そのリズムをどう表現するべきかを何度も反復した。理論書で得た知識を自分の音楽に活かすために、彼は意識を高めていった。
翌日、律希は音楽協会から連絡を受けて、ついにリュートを受け取る準備が整ったという。彼は協会に向かい、少し緊張しながらリュートを手に取った。そのリュートは、見た目にも繊細で、美しい木目が広がっていた。ギターよりも弦が少し硬いが、深みのある音色が響くと彼は感じた。
「この楽器で演奏するのか…」律希はリュートを軽く弾いてみた。音色が部屋に広がり、その響きにしばらく耳を傾けた。リュートは優雅で深みがあり、心に直接響くような音がした。その感触を確かめながら、律希は練習を始めることにした。
最初は少し指が震えていたが、すぐにその弦の感覚に慣れ、リュートを弾く手のひらの感覚を確かめるように、ゆっくりとメロディを奏でた。ギターとの違いに少し戸惑いながらも、彼はその感覚を覚えようと集中した。
「リュートはギターよりも繊細に弾く必要があるんだ。」律希は少しずつ、力を込めすぎず、優しく弦を弾くコツを掴みながら、メロディを奏で続けた。和音を弾く際、リュートならではの響きを引き出すことに意識を向け、リズムの微妙な変化も感じ取るように練習した。
夜、律希はリュートを手にしたまま、何度も何度も練習を繰り返した。理論で学んだことを実際の演奏にどう活かすかを試しながら、心の中でリズムとメロディを再生し、その感覚を体に染み込ませていった。理論書で学んだ和音の進行や、リズムの取り方が、実際の演奏にどれほど影響を与えるかを確認しながら、彼は次第に自信を深めていった。
「これで、準備は整った。」律希はリュートを静かに置き、深呼吸をした。オーディションに向けて、心の中で準備が整ったことを実感していた。