第36話: 新たな楽器を手に入れて
律希は、音楽活動を続ける中で、ずっと手に入れたかった楽器、「チューバ」を購入する決意を固めた。中学時代、吹奏楽部でチューバを担当していたことが律希にとって大きな影響を与え、その重厚で深みのある音色が今でも彼の心に強く残っていた。その思い出が、今でも彼の音楽の根底に根付いている。
「あの感覚をもう一度味わいたい。」律希は静かに心の中で決意した。音楽活動を通して得た収益を使い、この楽器を手に入れることで、再びあの時のように音楽と向き合いたいと思った。
町の楽器店へ向かう途中、律希の胸はどこか高揚していた。何度も通った道、何度も目にしたことのある楽器店。しかし、今回ばかりはその扉を開けるとき、心の中に新しい興奮を感じていた。中学時代の自分に戻るような、そんな感覚だ。
楽器店に到着した律希は、最初に目を引いたのは、店の中央に陳列されている金属の輝くチューバだった。どっしりとしたその姿は、かつて自分が吹奏楽部で演奏していたチューバそのものであり、まさに自分が探していたものだと直感した。
店内に入ると、店員が明るい声で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ!ご覧になりたい楽器はございますか?」
律希は少し照れくさそうに答えた。「ええ、チューバを見たくて。昔使っていた楽器に似たものがあればと思って。」
店員はにっこりと笑い、すぐにチューバが並んでいる場所に案内してくれた。並んでいるチューバの中から、律希は一番目を引いたものを手に取った。金属の光沢、そしてその重み。思わず深呼吸しながら、律希はその楽器を手にし、しっかりと両手で抱えた。あの頃と同じ感覚だ。
「どうぞ、お試しください。」店員が言うと、律希は少し戸惑いながらも楽器を構え、息を吸い込んで、ゆっくりと音を出してみた。最初に響いた音は、深くて、温かい。あの懐かしい音色が、体の中にしっかりと染み込んでくるように感じられた。
しかし、律希はすぐに演奏をやめ、次に気になる別のチューバに目を向けた。少し違うデザインで、やや軽量なタイプだ。彼はそのチューバを手に取ると、少し緊張した面持ちで再び息を吸い込んだ。音が出るまでに少しだけ時間がかかったが、次に響いた音は、やや高めで明るい音色だった。比較的軽い音で、少し華やかさが感じられる。
律希はその音色を聴き比べながら、じっくりと自分の心に問いかけた。この音が、今の自分の音楽にどんな影響を与えるだろうか。中学時代の自分が奏でた音とは少し違うかもしれないが、それでも新たな一歩を踏み出すには最適な音色だと感じた。
店員が再び声をかける。
「どちらのチューバもいい音を出しますが、どうでしょうか?試奏してみて、気に入ったものを選んでいただければと思います。」
律希はその言葉に背中を押されるように、再び両方のチューバを試奏し始めた。ひとつひとつの音に込められたニュアンスや深みを感じながら、どちらの楽器が自分にとって最適かを考えた。音色の違いを慎重に聴き比べ、時折目を閉じて、両方の楽器の音が自分の音楽にどうフィットするかを感じ取ろうとした。
その間、律希は過去の自分を振り返る。あの頃のチューバの音色が、どうしてあんなにも心に響いたのかを思い出しながら。中学時代にあの楽器を手にして演奏していた時の感覚、そして演奏を通じて見えてきた世界の広がり。音楽はただの音の集まりではなく、感情を揺さぶり、物語を紡ぐ力を持っていることを、律希はその時に学んだ。
数十分後、律希は再び店員に向かって言った。「このチューバに決めました。」
店員は驚きながらも微笑み、「良い選択ですね。こちらのチューバは、音色もバランスが良くて、長時間演奏していても疲れにくいものです。」
律希はその言葉に頷き、再度確認した。音色や演奏のしやすさをしっかりとチェックした上で、自分の直感に従って選んだ楽器がこれであると確信した。
「ありがとうございます。これにします。」律希はしっかりとチューバを抱え、支払いを済ませた。
その時、律希はその金額を初めて知ることとなった。「1,500ルナ。」店員が告げた額に、律希は少し驚いたが、すぐに納得した。これは音楽家として、自分の未来のための投資だ。支払いを終えると、律希はチューバを大事に抱えて店を出た。
自宅に戻った律希は、新たに手に入れたチューバを丁寧に置き、じっと見つめた。自分がこの楽器とどんな音楽を奏でていくのか、想像するだけで胸が高鳴る。中学時代に感じたあの情熱を再び呼び起こし、新たな音楽を奏でるための準備をしっかりと整えようと決意した。




