第21話: 音坂律希の演奏
会場は静寂に包まれていた。観客たちが一斉に律希に注目する中、彼は深く息を吸い込むと、舞台に向かって歩みを進めた。彼の足取りは少し重く感じられたが、それでも確実に音楽の世界に向かって踏み出していく。予選を通過したとはいえ、本選という大きな舞台で演奏することに対する緊張は、律希の胸をぎゅっと締め付けていた。
だが、その緊張を感じつつも、律希は心の中でこう呟いた。
「自分の音楽を、しっかりと届けよう。」
舞台に上がり、アルペイロの前に座った律希は、その瞬間から周囲の音をシャットアウトし、目の前の楽器に集中した。観客が静まり返り、舞台の上で自分だけが存在しているような感覚に包まれる。音楽を奏でる準備が整った律希は、指をアルペイロの鍵盤に置いた。
曲の冒頭は、優しく穏やかな和声から始まる。律希の指が軽やかに鍵盤を叩くと、最初のメロディが流れ出し、会場に温かい音が広がった。最初のフレーズは少し控えめで、希望を感じさせるような柔らかいメロディだった。和声はシンプルだが、心の中に浮かぶ「始まり」の感情が音に込められているようだった。彼が異世界に転生し、まだ新しい世界での生活が始まったばかりの頃の不安と期待が、静かに音楽として表現されていった。
律希はそのメロディに乗せて、自分の心を表現していく。音楽が進むにつれて、和声が少しずつ変化し、メロディも成長していく。リズムがしっかりと打ち込まれると、次第に音楽が力強さを増し、彼の中で何かが決意されたように感じた。和声の変化に合わせて、律希の演奏も少しずつ力強くなり、曲の中に込められた「挑戦」の感情が聴衆にも伝わってくる。
「ここからだ。」律希は心の中で呟き、演奏を続けた。曲が進むにつれて、メロディが次第に跳躍し、和声が複雑に絡み合う。リズムも次第に速くなり、音楽が激しさを帯びていく。これは、律希が異世界で直面した数々の困難や挑戦を反映させた部分だ。彼はそのリズムの変化に合わせて、力強く鍵盤を叩きながら、音楽の進行に身を任せた。
そして、曲の中盤に差し掛かると、和声は一瞬不安定に変化し、リズムが少し揺れ動くように感じられた。その部分では、律希が異世界で経験した葛藤が音楽に込められている。メロディは跳ねるように変化し、和声も急激に変わっていく。その変化に、律希はすぐに反応し、演奏を続けた。音楽の中で感じる「不安」と「葛藤」を、彼はそのまま表現しながらも、次第に安定を取り戻し、進んでいく。
曲の後半に差し掛かると、リズムが再び落ち着き、和声も安定したものになり、メロディが力強く戻っていく。律希はその時、異世界での生活の中で感じた「成長」を音楽に込めて演奏していた。曲の中で表現される「希望」や「挑戦」の感情が、次第に確固たるものとして形作られていく。そして、音楽は再び壮大な展開へと進んでいく。
律希の指が速く、そして力強く鍵盤を叩きながら、曲は最後に向かって収束していく。和声は穏やかに戻り、メロディも再び静かな美しさを取り戻す。曲の終わりが近づくと、律希は最後の和声を優しく奏でながら、静かに締めくくった。その音が会場に響き、観客たちはしばらくその余韻に浸っていた。
演奏が終わると、律希は静かに頭を下げた。会場にはしばらくの間、静けさが漂った後、拍手が響き渡った。律希はその拍手に応えながら、心の中で少しほっとした。完璧な演奏だったとは思わないが、それでも全力を尽くして自分の音楽を表現できたことに満足していた。自分の思いを、音楽を通して伝えられたと感じた瞬間だった。
観客たちは律希の演奏に感動し、その余韻に浸りながら、次の演奏者を待った。律希はステージを降りると、少しだけ緊張が解け、ほっとした気持ちで次の演奏者の演奏を聞きながら心を落ち着けていた。次に進むためにはまだ多くの試練が待っているが、今日の演奏で自分の音楽をしっかりと伝えられたことに、彼は確かな手応えを感じていた。




