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第1話: 運命の旋律


音坂律希が音楽に心を奪われたのは、小学生の頃、家族と夕食を終えた夜だった。その日もいつもと変わらず、家族揃っての夕食が終わり、リビングでくつろいでいると、父親がリモコンを手にしてテレビをつけた。チャンネルを合わせると、目の前に広がったのは、大きなホールで演奏するオーケストラの映像だった。指揮者がタクトを振り下ろすと、弦楽器が流れるような旋律を奏で始め、管楽器がそれに華やかな音色を加え、全てを支えるように重厚な低音が響き渡る。律希はその瞬間、音楽が持つ力に心を奪われた。


演奏が終わると、画面越しにも伝わる観客の盛大な拍手が響き渡った。律希は胸が高鳴っているのを感じていた。「これが音楽か……」。その夜、彼の心には音楽に対する深い憧れと好奇心が芽生え、それからの彼の人生は音楽と共に歩むことになるのだと確信した。


翌日、学校の音楽室でピアノに触れた律希は、初めてその鍵盤に指を置いた。楽譜も読めず、ただ無理に鍵盤を叩くようなことしかできなかったが、それでも音が鳴ると、彼の心は何とも言えない喜びに包まれた。音楽室で、誰にも見守られずに音を奏でる時間が、彼にとって特別なひとときとなった。音楽は言葉では表現できない感情を、ただ音だけで伝えてくれる。彼はその瞬間から、音楽を通じて何かを表現したいという欲求に駆られた。


放課後の音楽室は、律希にとって特別な場所となった。家庭には楽器がなかった律希は、放課後になると学校の音楽室に通い詰め、毎日のようにピアノを弾いた。誰もいない音楽室で、静寂の中で鍵盤を叩くと、心が落ち着くのを感じた。それは、彼にとって一種の逃避であり、心の平安を保つ唯一の方法だった。


中学校に進学すると、律希は迷わず吹奏楽部に入部した。そこで彼を待っていたのは、初めて触れる楽器との出会いだった。顧問から勧められたのはチューバだった。最初はその大きさに戸惑い、どうしても思うように音が出せなかった。しかし、練習を重ねるうちに、その低音が次第に彼の体の奥深くまで響き渡り、律希は次第にチューバの音色に魅了されていった。「これが僕の音だ」と感じる瞬間があった。それはただの音ではなく、彼の感情を直接表現する手段として、チューバが響く瞬間だった。


吹奏楽部での活動は、彼にとって挑戦と喜びの連続だった。最初のコンクールでは、緊張から思うように演奏できなかったが、それでも仲間たちと共に過ごした時間は、音楽がもたらす団結力を感じる貴重な経験となった。律希は「音楽を通じて誰かに感動を与えたい」という思いを胸に、次第に作曲にも興味を持つようになった。


高校に進学すると、律希の作曲への情熱はさらに膨らんだ。部活動で演奏するだけでは満足できなくなった彼は、作曲に挑戦し始めた。アルバイトで中古の電子ピアノを購入し、自宅でも夜遅くまでピアノに向かってメロディを作り出していった。文化祭では、彼のオリジナル楽曲が吹奏楽部の演奏で披露され、大きな拍手を浴びた。その瞬間、律希は自分の音楽が他者に届いている喜びを感じ、作曲家としての自信を深めた。


音楽大学への進学を目指し、律希は日々の練習と作曲活動を続けながら、その目標に向かって進んでいった。しかし、音楽大学で出会った仲間たちは、すでにプロの世界で活動している者や、極めて優れた技術を持つ者ばかりだった。彼らの演奏は圧倒的で、律希は自分の音楽があまりにも未熟だと感じることが多かった。特に、作曲のクラスでは、周囲の学生が創造性や表現力に溢れ、律希の楽曲は「悪くはないが、何かが足りない」と評価されることが多かった。毎日遅くまで作曲ノートに向かい、新しいアイデアを試すものの、納得できる結果が出ない日々が続いた。


ある日、律希は大学の教授から一言、こう言われた。「技術はあるが、君の音楽には心が足りない」。その言葉は彼の胸に突き刺さり、しばらくその意味を理解できなかった。彼は自分が心を込めて音楽を作っていると思っていたが、周囲が求めるのはもっと深い感情の表現であり、それが足りないと感じた。律希はその後、自己表現の方法を模索しながら、自分の音楽の中にもっと感情を込めることに挑戦した。


卒業後、律希は作曲家見習いとして、音楽業界で仕事を始めた。最初はアルバイトとして楽譜の清書やオーケストレーションの補助をしながら、仕事を覚えていった。彼はいつか自分の音楽を世に出すため、地道に努力を重ねた。仕事に追われる日々が続いたが、彼は決して音楽を諦めなかった。空き時間を見つけては、作曲ノートに新しいメロディを書き留め続けた。


次第に、律希は作曲家としてのスキルを向上させ、多くの依頼が舞い込むようになった。しかし、彼の心の中には常に「自分の音楽」を世に出したいという強い思いがあった。ある日、音楽業界での成功を収めた作曲家の助言を受けて、律希は自分の作品をより多くの人々に届ける方法を模索し始めた。それが彼にとって新たな挑戦となり、さらに一歩前進する決意を固めた。


しかし、律希はその努力が全て報われることなく、ある夜、事故に遭い、命を落としてしまった。その瞬間、彼の意識は闇に包まれたが、次に目を覚ますと、見知らぬ森の中に横たわっていた。周囲には高い木々が生い茂り、遠くからは風に揺れる葉の音が聞こえてくる。空を見上げると、二つの月が輝いていた。どこか幻想的な光景に囲まれ、律希は自分が異世界に転生してしまったことを実感した。


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