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第七話 理由を聞かせて

 きらびやかな繁華街を抜け、喧騒の少ない路地に入る。駅前の大きな道路と比べると1/5の幅も無いような、いかにも住宅街といった場所へ辿り着いた。


「もう少しだよー。あそこの角曲がったらもう見えるから」


 古い集合住宅が建ち並ぶ私道の先を指差して、釉乃は顔だけこちらを向けて言った。


「こっち側って初めて来ました。なんてゆうか、全然違う街みたい」


 騒がしい駅前から離れたそこは、知りえた街とは別の顔で生活が営まれていた。まだ見ぬ歓楽街の別の表情を垣間見た様な気がして少しだけ好奇心が疼く。


「この辺は近くに住んでる人くらいしか来ないからね。あ、見えたよ。あそこ」


 車がすれ違えない程狭い道幅の両側には、見るからに古い建物が並んでいる。形は違えどさほど築年数は変わらないのだろう。所々割れた外壁、電灯に照らされて光る苔のような植物に劣化が見てとれる。周囲を見上げていると、釉乃が肩を叩いて呼んでいた。彼女はその中で異質な、隙間なく嵌まる一つのマンションを指差す。


「え!? 釉乃さん、こんなすごい場所(ところ)に住んでるんですか?」


 彼女が示したマンションは他の建物よりかなり新しく見える。古いビルとビルに挟まれるように、細長い隙間に立つ外観はまるでビジネスホテルの様だった。釉乃はわざとらしく口角を上げて答えた。


「まぁね? って言いたいところだけど……、私もただの居候だよ。ここは【ハニーちゃん】のマンションだからね」


「は、ハニーちゃん?」


「会えばわかるよ。怖い(ひと)じゃないから心配しなくて平気よ」


 そう言って釉乃はマンションのエントランスの扉をすり抜けていった。少し遅れて、慌てた様に黒い身体の怜衣もすり抜けたのであった。



 エントランスは外から見た時よりもずっと広かった。入ってすぐ正面の壁にはこのマンションの名称なのか。【アーバンプライム新羽】と大きく画かれている。


「ところでさ、さっきのどうだった?」


 見慣れない高価なマンションの内観に気を取られていた怜衣は慌てて聞き直す。


「ど、どうって……、何がですか?」


 エレベーターの前で立ち止まる釉乃は眉を寄せて笑った。


「何って、レイちゃんのその身体の事だよ。ヒトダマからヒトガタに変わってみて、少しは私が話した事を信じてくれたのかなって」


「はぁ……。確かに、釉乃さんの言う通り姿は変わりました、けど……」


「けど?」


 昼間に釉乃から教えて貰った元の姿に戻る方法を思い出す。彼女曰く、霊魂がその姿をより鮮明に現すには、生きている者の恐怖が必要らしい。何故かそれ以上詳しく教えてくれない釉乃は、とにかく信じろとだけしきりに伝えてきた。


「私も釉乃さんみたいに人間らしい見た目に戻るには、幽霊の私を生きている人に認識させればいいんですよね」


「そうだね」


 夕刻、電車の中で脅かした大学生は心底怯えたように泣き喚いていた。その直後、人魂の身体は今の黒い影へと変貌していた。確かに彼女の言う通りに事は進んでいるのであろう。


「その、何て言うか……、お世話になりっぱなしなのに、こんな事言うのおこがましいんですけど……。私は、私の為にやってるけど。釉乃さんは、なぜ会ったばかりの私をこんなに気にかけてくれるのかなって。ひょっとして、他に何か別の目的があるんじゃないかなって……」


 伸ばした人差し指を顎に付けると、釉乃はわざとらしく考えた様に首を傾げた。


「それは、あなたがお友達だから! ……なんて答えじゃ納得しなそうね」


「ごめんなさい、どうしても気になってしまって。私、釉乃さんには感謝してます。何かお返しできるなら、出来る限りの協力はします。だから、何か隠しているのなら、私にも教えてくれませんか?」


 はぐらかそうとする彼女に、食い気味に尋ね返す。


「そうだなぁー……。本当はもう少し仲良くなってから話そうと思っていたんどけれど。怪しまれたままじゃ、レイちゃんも心を開いてくれないだろうし、仕方ないか」


 釉乃は目を瞑ると何か考える様に額を人差し指で叩く。黒い人影は彼女の答えをじっと待つ。



◆◆


 向かい合う二人がエレベーターの前で立ち止まっていると、自動ドアが開く機械音が聞こえてきたのだった。怜衣と釉乃は音につられる様に視線を向ける。


 開かれたエントランスの入り口から一人の男が中へ入ってきた。白いワイシャツを腕捲りした、いかにも会社員といった容貌の男性は、疲れたように短髪頭を掻いてエレベーターに近付く。すぐそばに立つ黒い人影の怜衣に無反応なところを見る限り、この若そうな男性は生きた人間なのだろう。


「……ちょうどいい。面白いもの見せたげる」


 白シャツの男性がエレベーター横の矢印【上】を押すと、すぐに降下するワイヤーの摩擦音が聞こえてきた。鉄の扉はゆっくりと開く。男は中へと足を進めた。


「さ、私達も乗ろう」


「え、あの、さっきの質問の答えは?」


 釉乃は答えないままに扉へと近付く。男がエレベーターの中でボタンを押している。慌てて閉まり始めた扉へ近付いた。

 閉まり掛けたエレベーターの扉をすり抜けると、ボタンに向かい合う男性のすぐ側を通る。通り抜けた瞬間、男は身体を一瞬震わせた。不思議そうに首を傾げて狭いエレベーターの中を見る。


 釉乃は黙ったまま、今度はその人差し指を口の前に立てる。彼女の顔は僅かに笑っていた。



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