第五十五話 『【カシマさんの友達】』体験者:m.s(44) Webライター
【闇配信アイドル】歌う呪い、夢川りるの「秘密の歌」を聞いた者は…
どうも、深夜徘徊系怪異ウォッチャーの深淵冥だ。今日のターゲットは、最新のデジタル技術と最古の怨念が融合した、極めて悪質な「接触型」の呪い。
バーチャルアイドル・夢川りる。
見た目は「夢かわいい」を具現化したようなロリボイスの女の子。だが、彼女の配信はただの「萌え」じゃ終わらない。とある発言で世間を賑わし、炎上、失踪した後、彼女は突然、活動方針を変えた。現在はホラーソングや都市伝説をテーマにした「ホラドル」として、一部で熱狂的な支持を集めている。特にヤバいのが、彼女が深夜の配信で披露したという、通称「秘密の歌」だ。
01. 闇夜に響く甘い誘惑と「カシマさん」
あれは、夜中の2時を回った頃の出来事だ。オッドアイの美少女バーチャル配信アイドル、りるがマイクに顔を寄せ、微かに鼻にかかったロリボイスで告げた。
「今日はね、りるのとっておきの、秘密の歌を歌うんだ」
その瞬間、モニターのりるの瞳が、一瞬だけ、モニターの光を吸い込むように淀んだ紫に変わったのを目撃したリスナーもいるらしい。そして、彼女の口から出たワードが、呪いを専門とするオレたちを戦慄させた。
「秘密の歌。それはね、“カシマさん”の歌」
カシマレイコ。古くからよく語られる都市伝説、足のない女性の霊。名前をフルで呼んだ者は呪われるという、最悪クラスの怪異だ。りるは、その歌を「カシマさんから直接教えてもらった」と嘯いた。その時の声は、甘さが消え、水気を含んだような、異様に冷たい音色だったという。
そして、音楽が始まった。
02. 歌声が「変質」する瞬間
流れたのは、日本の童歌に似ていながら、脳の奥底を掻き乱すような不協和音を孕んだメロディ。りるは歌い始めた。
その声は、もう、いつものロリボイスではない。
喉の奥にへばりついた痰を無理やり引きはがすような、かすれた、女の声。
歌が進むにつれて、りるの表情も恐怖の変貌を遂げた。笑顔なのに、目だけが恐ろしいほどの無感情に支配されていく。まるで、瞳の奥に「人の形をした何かではない、漆黒の虚無」が宿っているようだった
そして、一番の最後のフレーズ。
「ね、あなたも 足が 欲しいでしょ」
この瞬間、部屋の明かりが点滅し、配信画面は一度暗転した。復旧した画面は、もはや「夢かわいい」背景ではない。湿ったコンクリートの壁と、汚れたタイル張りの床。そして、りるの衣装には、泥と血のような、赤黒いシミがついていたという。
りるは、再び歌い始める。二番の歌詞は、「足が奪われた経緯」を語っているかのような、おぞましい内容だった。
「……から 這い出て くるから、 足をもぎって 持っていかれた」
03. 呪いの連鎖:コメント欄の異変と「オトモダチ」
二番のサビ。怨嗟と悲鳴が混じり合った歌声が響き渡ると同時に、コメント欄に異変が起きた。
「カシマさんの足、りるが持ってるよ」
「カシマさんの足、りるが持ってるよ」
「カシマさんの足、りるが持ってるよ」
大量のBOTコメントが、呪文のように画面を埋め尽くしたという。りるは、その光景を満足そうに見つめていたというから恐ろしい。
そして、彼女は呪いの核心を歌い始めた。
「カコ」と「シマ」と「レイ」
名前の音を意図的に間違え、ひっくり返す。これは呪いを回避するためではない。呪いの対象を広げ、複雑に絡ませるための「変調」だ。
最後の音と共に、配信は再び暗転。今度は五秒間の沈黙。そして、漆黒の画面の奥から聞こえてきたのは、低く、湿った、女のすすり泣きのような音。
六秒目、画面に映し出されたのは、超至近距離のりるの「素顔」だった。メイクは崩れ、頬は土気色。口からこめかみまで大きな×印のように裂け、黒い液体が垂れ、その瞳は、画面の向こうの視聴者全員を射抜いていた。
そして、唇が、音もなく紡いだ最後の言葉。
「…誰の、足?」
04. 現実への侵食:足の怪異
翌朝、全国各地で奇妙な現象が報告された。
• 深夜の原因不明の漏水、および、水周りからの異臭騒ぎ。
• 数名の住民が、「足がない」「足の感覚が消えた」と訴え、救急搬送。
• 症状は一様に奇妙だ。「骨には異常がないが、足首から下の皮膚が死体のように冷たい」
被害者の自宅からは、共通して二つの証拠品が見つかっている。
• 床や壁に、血や泥のようなもので描かれた、「夢川りる」のサイン?
• 小さな、古い陶器製の人形の「足」
この事件を捜査していた警察官も呪いの餌食になった。彼は、配信の録画ファイルから、りるの歌声に混じって聞こえる、別の女性の声を特定した。
「Dies iræ, dies illa……」
次の瞬間、彼の足の感覚は完全に失われた。そして、彼の病室のトイレの鏡には、赤い文字でこんなメッセージが浮かび上がっていたという。
「りるの、お友達」
05. 終わりに:呪いのリッピング動画
夢川りるの配信は切断されたまま。しかし、その「秘密の歌」は、ネットの闇の片隅で、違法なリッピング動画として生き続けている。
もし、アナタが好奇心からその動画を見てしまったら、深夜、ふとトイレに立った時、気をつけろ。水が流れ始めた瞬間、どこからともなく、あの甘ったるいロリボイスが聞こえてくるだろう。
「ねえ、りるの足、どこにいった?」
その声に、もし、「誰の足か」と問いかけてしまったら、最後だ。
彼女の、いや、彼らの呪いは、歌と、画面の光を通じて、今も静かに、「カシマさんの新しいお友達」を増やし続けている。
--- 接触注意レベル:MAX。絶対に歌を最後まで聞くな。 ---




