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第三十五話 新宿の霊能力者


 新宿駅東口から徒歩数分。ひしめき合う古い雑居ビル群は、まるで迷路のように多種多様な看板を掲げている。その一角、古びたレンガ造りの建物の前で、ブレザー姿の女子高生二人が不安げに立ち尽くしていた。


「やっぱり、怖いよ……」

 丸眼鏡をかけたロングヘアの女子高生は震える声で呟いた。


「ここまで来たんだから、せめて話だけでも聞いてみようよ」

 隣の短いボブヘアの女子高生が少し呆れたように促す。二人は動けないまま、何度も同じようなやり取りを繰り返していた。


「お願い、千奈(ちな)、絶対一緒に来て。一人じゃ、どうしても……」


 眼鏡の女子高生は懇願するように言った。千奈と呼ばれた女子高生がため息をつきながらも頷いた。


「わかったよ。話を聞いて、佳南(かなみ)の不安が少しでもなくなったらいいね」

 重たい硝子の扉に手をかけ、二人は薄暗い建物の中へと消えていった。



一方、同じ頃。


「レイち! ウチ、なんかめっちゃワクワクしてきた!」


 隣で鈴那が興奮した様子で騒いでいる。怜衣は、なぜこんな場所にいるのだろうかと、心の中で深くため息をついた。


「どんな人なんやろなぁ……新宿一の霊能力者、()()()()って!」


 鈴那は待ちきれない様子で扉をすり抜け、建物の中へ消える。怜衣も仕方なく後に続いた。





 羽仁塚の部屋に鈴那が突然現れたのは、その日の朝のことだった。普段のおちゃらけた様子とは打って変わり、真剣な表情で鈴那は言った。


「二人にお願いがあんねん。これから一緒に出かけてくれへん?」


 首を傾げる怜衣と釉乃に、鈴那は重々しく問いかけた。理由を尋ねる釉乃に、鈴那は一呼吸置いてから、真剣な眼差しで話し始めた。


「実はな……ウチ、ずっと気になっとることがあんねや。聞いてくれる?」


 鈴那の真剣な様子に、怜衣と釉乃も自然と背筋を伸ばした。


「ウチ、小さい頃から不思議に思っとるんや。本物の霊能力者って、ほんまにおるんかなって!」


「えっと、霊能力……?」

 怜衣は思わず聞き返した。


「プッ……アハハハハ!」


「ちょっと、酷い! 釉ねえ、笑わんといてや!」

 笑い出した釉乃に、鈴那は顔をしかめた。


「ごめんごめん。一体何事かと思ったら、鈴那ちゃんらしいわね」


「ウチは真剣に聞いとるのに!」


「ふふふ、メリーちゃんはいつも突拍子もないことを言うわね」

 二人のやり取りを見ていた羽仁塚が顔を出すと、鈴那はますますむきになった。


「ハニやんまでウチの話を笑うなんて……もうええ! レイち! ウチら二人で見に行こ!」


「え、え、私?」

 鈴那は勢いよく立ち上がり、早く行くようにと急かした。突然の展開に、怜衣は助けを求めるように釉乃を見た。しかし、釉乃の口から出たのは予想外の言葉だった。


「確か、新宿の東口ならそういう占い師の店があるわよ」


「ほんま? よし、行ってみよう!」

「ちょ、ちょっと……」


 すっかり目的が決まった鈴那は、怜衣の背中を押した。言われるがまま部屋を出る怜衣。


「あ! 二人とも、あんまり変なものには近づきすぎちゃダメよ――」


後ろで釉乃の声が聞こえたが、鈴那は生返事をして先を急いだ。





「お、ここやな。【千眼珠藻、霊視鑑定処】……なかなか妖しげな雰囲気やん」


 雑居ビルの階段を四階まで上がると、扉には巨大な目玉が描かれていた。明らかに胡散臭いデザインに怜衣は顔をしかめたが、鈴那はすっかりその雰囲気に呑まれているようだった。


「あ、さっきの女の子たちや」


 扉をくぐると、薄暗い待合室のような空間が広がっていた。壁には何枚かの女性の写真が貼られている。近づいて見ると、どうやらここに所属する占い師たちの紹介らしい。どの写真の人物も、いかにも怪しげな肩書きと服装でカメラを見つめている。


「レイち、これ見て!」


「この人が【千眼珠藻(せんがんたまも)】……」


 鈴那が指差した写真は、他のものより一際大きく飾られていた。真っ赤な民族衣装で全身を覆い隠したその人物は、顔のほとんどが影になっていてよく見えない。ただ、奥深くから覗く瞳だけが、異様な光を放っているように感じられた。


『お次の方……どうぞ、中へお入りください』


 天井のスピーカーから、低い声が響いた。二人の女子高生はその声に導かれるように立ち上がり、暗幕で仕切られた奥へと消えていった。


「あの奥に、噂の霊能力者がおるんやな!」


 鈴那は目を輝かせ、二人の後を追おうとした。その時、怜衣は突然、背後から強い視線を感じた。冷たい汗が背中を伝い、ぞっとするような感覚に全身が粟立った。

 ハッとして振り返ると、先ほど見た占い師たちの写真が並ぶ壁の前に、信じられないものが立っていた。


 後ろ姿だけでもわかる。それは、生きた人間ではない。


 着物のような奇妙な衣を纏い、地面まで伸びた黒く長い髪は不自然に折れ曲がっている。微動だにしないその姿は、まるで人形のようだった。


 やがて、ソレは怜衣の存在に気づいたのか、ゆっくりと、ギシリ、と音を立てるように首だけをこちらに向けた。


 怜衣は息を呑み、凍り付いたようにそれを見つめていた。真っ黒な長い髪で隠れた中で、爛々と光る二つの赤い点が、獲物を定める獣のように、怜衣を捉えて離さない。



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